母と飛竜の戦いは、凄まじいものだった。
飛竜は、母に対して容赦なく巨体をいかした突進をしたり、灼熱のブレスを吐いたりしていた。
一方の母はそれらの攻撃を避け、少しずつ、しかし確実に攻撃を加えていく。
やがて飛竜が大きく翼を開いて後退すると、両者は睨み合い、そのまま動かなくなった。母も飛竜も真剣な表情を崩さない。
「わぁ…!」
私は、母と飛竜との戦いに魅入ってしまっていた。
飛竜に対する恐怖心を忘れ、もっとよく見えるような場所に移動しようとして、何の警戒もなく一歩を踏み出した時、私は、枯れ枝をパキッと踏み折り、音を立ててしまった。
「あっ…!」
「クレハっ!?」
急に名前を呼ばれたので顔を上げると、そこには驚きの表情を露にした母と、こちらを睨みつける飛竜の姿があった。
「早く逃げなさいっ!!!」
「えっ…あ…!」
私は、母に言われた通りにすぐ村へ走り帰ろうと思ったが、飛竜に睨まれて腰を抜かしてしまっていた。
脚に力が入らない。
「逃げてっ!!!」
母の悲鳴。
前を見ると、飛竜がこちらに向かって炎のブレスを吐いていた。
迫り来る、死のブレス―――。
その時の私には、迫ってくる炎のブレスが、やけにゆっくりと見えた。
視界の端に、こちらに向かって駆けてくる母の姿が見えたのがこの時で、次の瞬間には、私は母に抱かれていた。
衝撃。
爆発音。
灼熱。
―――私と母は、何度も地面を転がった。
気が付くと、私は地面に横たわっていた。
痛む身体を起こし、すぐ隣で横になっている母へと歩み寄る。
「おかあ…さん…?」
「クレハ…無事…なのね…?」
母の声が弱々しかった。
母は仰向けになっていたが、背中から真っ赤な液体が流れ出ている。
「お母さん…!」
「クレハ、早く…逃げなさい…!」
「あ…あぁ…!」
私は混乱した。
この時、飛竜の勝ち誇ったような咆哮が森に響いた事を、私は今でも覚えている。
その咆哮を聞いた私は、傍に落ちていた母の双剣の片方を両手で持ち、飛竜目掛けて我武者羅に駆け出した。
「うわあああああああああっ!!!」
両目から溢れる涙。
あまりにも小さき人の非力な突撃に、飛竜は微動だにしなかった。
しかし、私の突撃は何者かに両肩を捕まれ、阻止されてしまう。
「っ!?」
邪魔をするな、と振り向こうとしたその時、視界いっぱいに光が弾けた。
「逃げるぞ!」
男の人の声だった。
その男は私を抱えると、倒れ動けない母の傍まで駆け寄り、そこで降ろした。
「俺が君のお母さんを運ぶから、君は走れ。いいね?」
「あ、はい…」
私の返事を聞く前に母を抱え上げた男は、村のある方へと駆け出した。
一度だけ、私は飛竜の方を振り向いた。飛竜は混乱しているようで、巨大な尻尾をブンブン振り回していた。
私はその姿をしっかり目に焼き付けると、急いで母を抱えた男を追った。
母を背負った男は、すぐに見つかった。母はその場に寝かされていて、先程の男が介抱している。
「お母さん!」
「クレハ…」
私は母の前に座り、顔を覗き込んだ。
穏やかな、いつもの母の顔がそこにあった。
「クレハ…これから言う事をよくお聞き…。お母さんは、ハンターとして、ここで死にます…。これは、仕方のない事なの…。私は、今までたくさんの命を頂いてきたわ…。今度は、私が命を捧げる…番…」
「お母さん…?何を言ってるのか、私には分かんないよ…!」
「クレハ…あの飛竜を…リオレイアを…恨んでは駄目よ…」
「え…?」
「クレハが大きくなったら…一緒に狩りに行こうって言ったのに…。約束、守れなかったわね…。ごめんね、クレハ…」
「そんな…!お母さん!死んじゃやだよ!お母さん!」
「しっかりと…生きるのよ………―――――」
「お母さん!」
「…」
「お母さあああああんっ!!!」
「…」
「うわあああああああああっ!!!」
村まで、母は男―――本人はジークと名乗った―――が運んでくれた。
ジークもハンターで、母と私が村を出た後に、村へ到着したらしい。
やがて私がいないことに村人が気付き、村長がジークに私の救出と、母の援護を頼んだと、母の葬儀の準備の間に、村長が話してくれた。
そして母は、ハンターとして死んだので、装備は解かずにそのまま埋められることになった。
私は、深緑の防具に包まれた母が地面に埋まるまで、脇目もふらずに見つめ続けた。
翌日。
私は、村長のもとへと向かった。
村長は慰めてくれたが、私は「大丈夫です」と強がっていたのは、ちょっと恥ずかしい思い出である。
「村長。私、ハンターになる」
「母と、同じ道を歩むか…」
村長は、ジークに私の面倒を見てくれないかとお願いした。
ジークは、ひとつの村や街に活動拠点を持たないハンターなので、最初は断ったものの、私の強い意思に折れてしまい、結局「私が一人前になるまで」という条件付きで村に留まることになった。