紅龍ミラバルカンが旧シュレイド城に現れたという知らせは、ユーリから直接ジュンキ達に知らされた。
秘密裏にドンドルマの街を出発したジュンキ達だったが、前回来た時とは打って変わって、禍々しい空模様だった。そのせいか、ただでさえ不気味な旧シュレイド城が、更に気味悪く見えてしまう。
「何か…不気味だな…」
「怖いのか?」
珍しくカズキが弱音を吐いたので、ユウキが面白そうに突いた。それに対してカズキは胸を反らせ、ふんっと鼻息を荒くした。
「これくらいで怖気づくカズキ様じゃあないんだな!」
「お、言ったな!」
元気なユウキとカズキを置いて、ジュンキ、ショウヘイ、チヅル、クレハの竜人4人は、約束通りに付いてきたリオレウスの近くに集まっていた。
「さて、申し訳ないが、今回儂は外で待つことにする」
「え、どうして?」
ジュンキが尋ねると、リオレウスの表情が曇った。
「…紅龍ミラバルカンは、人の世を滅ぼそうとしている。そこへ人との共生を望む儂が入れば、ミラバルカンを怒らせるだけだ」
「そうか…」
口を閉ざしたジュンキの代わりに、チヅルが口を開いた。
「すぐ戻ってくるから、大人しく待っててね?」
「…儂はヌシ達のペットではないのだぞ。無用な心配だ」
迷惑そうな顔をするリオレウスを差し置いて、チヅルはにっこり笑った。
「行こう。時間を無駄にするのは良くない」
ショウヘイの言葉で、ジュンキ達6人は旧シュレイド城へ再び足を踏み入れた。
「…説得。上手くいくとは思えんな…」
ジュンキ達が入っていった旧シュレイド城の暗い入り口を見つめながら、リオレウスはひとり―――いや、一匹呟いた。
「やれやれ…。ハンターのお出ましかな…?」
先日、黒龍ミラボレアスと会話した広場に入るなり、ジュンキ、ショウヘイ、チヅル、クレハにのみ聞こえる声が響いた。
広場の中央には、もちろん黒龍ミラボレアスの姿は無く、代わりに、ミラボレアスにとてもよく似た龍が一匹、鎮座していた。姿形こそミラボレアスと同じだが、体色だけは違った。黒龍ミラボレアスは全てを飲み込むような漆黒の身体だったが、目の前の龍は、血のような深紅色だ。
「ハンター…。人間…。哀れな…。間もなく粛清が行われるというのに、それを見届ける前に今、私の手によって殺される哀れな人間―――」
「誰が哀れな人間だ!」
ジュンキの声に、目の前の龍は驚きに目を見開いた。
「竜人か…!?この時代に、まだ生き残りがいたとは驚きだ…」
目の前の龍が感想を素直に述べている間に、ジュンキ達はその龍の目前まで迫る。
「我が名は紅龍ミラバルカン。お初にお目にかかる…」
「俺はジュンキ」
「ショウヘイだ」
「チヅルです」
「クレハで~す。こっちの2人は竜人じゃないけど、ユウキとカズキっていいます」
「ども」
「よっ」
自己紹介を終えると、ミラバルカンは再び驚きに目を見開いていた。
「竜人が四4も…!人間2人は邪魔だが、致し方あるまい…」
仲間を邪魔呼ばわりされた竜人4人は揃って眉間に皺を寄せたが文句は言わず、ジュンキが話を続ける。
「ミラバルカン。話がある」
「何かな?竜人から話を持ち掛けられるとは、光栄の極みだ」
「俺達の耳には、そちらが人の世界を滅ぼそうとしていると入っている。一体どういう事か、説明してもらいたい」
ジュンキがはっきりと大声で言うと、一瞬だけミラバルカンの顔が苛立ちに歪んだ。だが、すぐに温和な状態に戻る。
「一体どこから、そのような話をお聞きなさったのかな?」
「お前の弟からだ」
今度こそミラバルカンの顔が苛立ちと憎しみに歪んだ。
「ミラボレアスめ…!竜人を味方に着けたか…!面倒なことを…!」
「何か言ったか?」
「…分かりました。包み隠さずお話ししましょう…。人は、我々竜を殺してきました。もう限界なのです…!我々は耐えられない!だから滅ぼすのです…」
「人が滅びた後の、世界の均衡…。それを考えた上での発言か?」
「それは竜の問題です。地上から消えた人間共には、関係無い事かと…」
ショウヘイの質問に対し、ミラバルカンはいとも簡単に反論した。
「そんなことを聞いて、黙っている私達竜人じゃないってことを、あなたは知ってるわよね?」
チヅルの発言に、ミラバルカンはニヤリと笑った。
「逆にお尋ねしましょう。どうですか?人のいない世界は。竜人は、我々竜にとっても貴重な存在。あなた方を殺したりはしませんよ。ああ、そうだ。こういうのはどうでしょう?人を滅ぼすのは止めて、人を竜の奴隷として扱うのです。あなた方竜人は、人と竜の言葉を使える。我々竜の言葉を人間に伝え、人の上に立ち、我々竜と共に暮らすというのは!兄上には私からお話しして―――」
「くだらないわね、そんな話」
クレハがミラバルカンの提案を切り捨てると、ミラバルカンの表情が一変して憎悪に満ちていった。
「そうですか…。あなた方は、あくまで人間の味方をすると?」
「違う。そうじゃない。お前達が、世界の均衡を乱そうとしている。それだけだ」
「くだらない…!」
ジュンキの言葉に、ミラボレアスは怒りを露(あら)わにする。
「そういうお考えなら仕方有りませんな。我々の計画を邪魔させるわけにはいきません。竜人の血が絶えるのは悲しいですが、ここで死んでもらいましょうか…!」
ミラボレアスはそう言うと、天高く咆哮した。
「散れっ!」
「結局こうなるのかよ!」
ジュンキの声に、6人は一斉に散らばった。
「せめて痛みが伴わないよう、一瞬で殺して差し上げます!」
ミラバルカンは身体を大きく反らし、手近なチヅル目掛けてブレスを吐いた。
チヅルはいとも簡単に避けてみせたが、ミラバルカンの吐いたブレスはとてつもなく大きかった事を見逃さない。大まかに見積もっても、チヅルの身長の2倍以上はある。
「なんて大きさだっ!」
ユウキが悪態を吐きながらも、クロオビボウガンを構えて撃つ。弾の中でも値が張る貫通弾を使用したが、ミラバルカンの甲殻の前に弾かれてしまう。ミラバルカンの気を引くのがいいところだろう。
「たああっ!」
ユウキがミラバルカンの注意を引いた隙に、カズキがブロスホーンで突き上げるが、こちらも弾かれてしまう。
「チッ…!」
視界の端に、太刀を構えたショウヘイが走り込んでくるのが見えて、カズキは一旦退く。
「はあっ!」
ショウヘイが斬破刀を一閃。ミラバルカンの脇腹、鱗に覆われていないところを狙ったため、わずかに出血させる事ができた。
ミラバルカンが振り向く。
「小癪な!」
ミラバルカンがショウヘイに噛み付こうと口を開けて迫るが、これをカズキがブロスホーンの対なる大きな盾でこれを防ぐ。
「助かった!」
「礼はいらんぞ!」
カズキは盾を引くと同時に、ミラバルカンの腔内を突いた。これにはミラバルカンもたまらず小さな悲鳴を上げる。
この時、ミラバルカンを挟んで反対側では、鬼人化したチヅルとクレハが、一気にミラバルカンの腹の下で踊り始めたところだった。
「うりゃああああああ!!!」
「てやあああああああ!!!」
二人の猛攻に、ミラバルカンは翼を広げて一気に後退した。悟られないように静かに、しかし確実に尻尾へと攻撃を加えていたジュンキが、危うく踏まれそうになる。
「うわっ!」
ミラボレアスが着地した際の風圧で、ジュンキは尻餅を着いた。そこへミラバルカンの口が迫る。
しかし、その口がジュンキへと辿り着く前に、顔の右半分が爆発した。ユウキが徹甲榴弾を撃ち込んだのだ。
つかさず、ジュンキは脱出する。
「ぐうっ…!やるではないか…!だがそちらの体力が、どれだけ持つかな!?」
ミラバルカンの言いたいことは、ジュンキ、ショウヘイ、チヅル、クレハにはよく分かった。
そもそもの体力が違うのだ。いくら竜の力性を備えた竜人でも、まだ完全に目覚めた訳ではない。持久戦に持ち込まれれば、それだけこちら側の勝率が下がってしまう。
「ジュンキ…!」
「ああ!」
ショウヘイは、ジュンキと目を合わせただけで意思を伝えた。ジュンキとショウヘイの4年間に及ぶ狩りの中で、これが意味するところはひとつだ。
―――すなわち、特攻。
勿論、やたら無闇に突っ込む訳ではなく、相手の隙を見つけたら、だが。
しかし、隙は作るものである。ミラボレアスがブレスを吐こうと身体を反らせたところでジュンキはミラボレアスに向かって左に、ショウヘイは右へと回った。
ブレスは丁度二人の間を通り抜け、虚空で消える。後に残ったのはブレスを吐いた直後で動きが鈍い、隙だらけのミラバルカンだ。
「はあああああ―――!!!」
ジュンキとショウヘイの声が重なり、鏡に移したように左右対称になって太刀を振り回す。タイミングを完全に合わせた、気刃斬りだ。
それは、硬いミラバルカンの鱗を斬り裂く。
「―――あああああッ!!!」
気刃斬りの動作を終えると、ジュンキとショウヘイは太刀を大きく横に振り、その勢いで後退した。その瞬間を待っていたユウキ、カズキ、チヅル、クレハが、続けて猛攻を加える。
「ぐうぅ…!おのれぇ…!」
ミラバルカンの苦言が漏れ聞こえる。ショウヘイが正面に立ち、ジュンキは再び尻尾へと向かった。
「はああっ!」
ジュンキのラスティクレイモアが、ミラバルカンの尻尾を一閃。先端が斬り裂かれて出血する。
正面に立つショウヘイや、側面から絶え間なく攻撃を加えるユウキやカズキ、チヅルやクレハに気を取られているうちに、出来るだけ攻撃をと、ジュンキは一度ラスティクレイモアを構え大きく横に薙いだ。
しかしその攻撃は、直前で避けられてしまう。
「なっ…!」
太刀に身体を持っていかれる中でジュンキは、こちらを振り向いて不気味な笑みを浮かべているミラバルカンを見てしまった。
―――動きを、読まれていた!
太刀は大剣ほど重くはないが、その分長い。そしてなにより、防御が出来ないのだ。
隙だらけのジュンキに向かって、ミラバルカンは鋭い尻尾の先端を振り下ろした。それはいとも簡単にジュンキの身体を守るリオレウスの防具を貫き、左肩口に突き刺さった。
「ぐああああああああッ!!!」
ジュンキの左肩口から、血飛沫が飛び散る。脚の力が抜け、ジュンキはその場に膝をついてしまった。
突き刺さったミラバルカンの尻尾―――先程ジュンキが斬りつけた傷から、ミラバルカンの血液が、ジュンキの体内に直接流れ込んでくる―――。
「ジュンキ!」
悲痛な声が聞こえた。
それと同時にチヅルがジュンキの視界に現れ、その直後に、ミラバルカンが悲鳴を上げながら、尻尾をジュンキの左肩口から引き抜いた。恐らく、ショウヘイか誰かがミラバルカンに、有効な攻撃を加えたのだろう。
「しっかりして!」
チヅルは今にも泣き出しそうな顔をしていた。倒れていたジュンキを抱え、膝の上に寝かせる。
「チヅル…」
「喋っちゃ駄目!」
「大丈夫だから…!」
ジュンキの声に、チヅルは必死に自分のアイテムポーチから何か出そうとしていたのを止めて、ジュンキを見つめた。
―――ジュンキの傷口は、塞がっていた。
「え…?」
「ありがとう、チヅル…。もう大丈夫だから、少し離れてて…!」
「あっ…」
ジュンキはそう言うと、何事もなかったかのように立ち上がり、チヅルからすこし距離を置いて、再びしゃがみ込んだ。
いや、あれはしゃがみ込んだというより「構えた」の方が正しいと、チヅルは思い直した。
今、自分の身に何が起きようとしているのか、それはジュンキ自身が一番分かっていた。
「さあ…来いよ…!」
自分の考えが当たっているのならば、恐らく自分はこれから「竜化」するはずだ―――身体に直接流し込まれた、ミラバルカンの血によって。
「ぐっ…!」
身体の芯から、何かが這い出てくるような圧迫感を感じる。そして、すぐに変化は起きた。
「ぐっ…うおおぁあああっ…!!!」
ジュンキが感じたのは、全身の筋肉が膨張する激しい痛みと、背中に焼けるような熱さと共に「生えてくる」感覚だった。
「うあ…っ!あぁああっ…!」
チヅルは言葉を失った。
ジュンキの防具、レウスシリーズの胴装備であるレウスメイルの背中が弾け飛び、中から深紅の翼―――まさしくリオレウスの翼が生えてきたのだ。
翼の成長が止まると、ジュンキはゆっくりとした動作で立ち上がり、レウスヘルムと取ると、傍らに投げ捨てた。
「…!」
再びチヅルは絶句した。思わず両手で口を塞いでしまう。
ジュンキの瞳がリオレウスの様に深い蒼色に染まり、瞳孔が不気味に縦に割れているのだ。
そのジュンキはラスティクレイモアを拾うと、ゆっくりとミラバルカンへと歩み寄っていった。
「なっ!ば、馬鹿な…!完全なる、竜人の復活だと…!?」
ミラバルカンの明らかな焦りの声が聞こえたのが、この時である。
チヅルは周りを見回すと、ショウヘイやクレハ、ユウキとカズキも手を止めて、事の成り行きを見つめていた。
「ええい!焼き殺してくれる!!!」
ミラバルカンは悲鳴に近い声を上げて、ブレスをジュンキ目掛けて放った。
一方のジュンキは避けようともせず、ラスティクレイモアをただ構える。
「ジュンキ!!!」
チヅルの悲鳴が上がったが、ジュンキは動じなかった。そして、ブレスで何も見えなくなる―――。
「はははっ!いくら竜人でも、慣れない身体ではどうしようも―――」
異変が生じたのはこの時だった。
突然、ミラバルカンの放った巨大なブレスが縦に裂け、二方向へと別れたのだ。その中心には振り切ったラスティクレイモアを構えるジュンキ。
そして、何事もなかったかのように再び歩き出す。
「ブレスを…斬った…?」
辛(かろ)うじてチヅルが口にした言葉。それが聞こえたのかどうかは分からないが、ミラバルカンの顔は明らかに恐怖に歪んだ。
「死ねえええええッ!!!!!」
ミラバルカンが、ジュンキ目掛けて大きな口を開いて、噛み付こうとした。
しかし、ジュンキはそれを紙一重避け、人間では到底不可能な高さまで跳躍すると、ラスティクレイモアを一閃した。
ミラバルカンは凍ったように動きを止め、その背後にジュンキは降り立つ。
「嫌だ…!死にたくない…!死にたく―――」
ジュンキが血糊を振り払うようにラスティクレイモアを一振りすると、盛大な血飛沫を上げて、ミラバルカンの首が落ちた。
長い間、誰ひとりとして、その場を動かなかった。
いや、動けなかった。
しかし、チヅルは自分自身に渾身の活を入れて立ち上がり、未だこちら側に背を向けて微動だにしない、完全なる竜人となったジュンキへと歩み寄った。
「…ジュンキ」
チヅルがそっと名前を呼ぶと、ジュンキはゆっくり振り向いた。その表情は暗い。
チヅルが右手を差し伸べたが、ジュンキはそれを恐れるように一歩退いた。
何かを言おうとジュンキは口を開きかけて、すぐ閉じてしまう。
「…ジュンキは、どんな姿になっても、ジュンキだよ」
そう言ってチヅルが一歩進み出たと同時に、ジュンキはその場にうずくまった。
「ジュンキっ!?」
チヅルは慌てて、うつむくジュンキの顔を覗く。
「大丈夫…。元に、戻るだけだから…っ!」
ジュンキの言葉が終わるやいなや、背中から生えているリオレウスの翼が、一気にジュンキの背中へと縮まっていく。
「ふう…」
ジュンキは小さくため息を吐くと、チヅルの顔を見た。既に竜の瞳も、元の人間のものへと戻っている。
「ちょっと…無理し過ぎたかな…っ!」
ジュンキはその言葉を最後に、その場で崩れた。
「ジュンキっ!?」
「大丈夫か!?」
ショウヘイやクレハ、ユウキにカズキが駆け寄ってくる。
「大丈夫。気を失っただけみたいだから…」
チヅルの言葉に、安堵の空気が流れる。
「…紅龍は死んだな」
「そうだね…。そしてジュンキは竜人になった…。完全にね」
ショウヘイの言葉に、クレハが続いた。
もしかしたら、自分たちもいつかは、と考えてしまう。
「ま、話は素材を剥ぎ取ってからでも遅くないんじゃないか?」
カズキはそう言って、腰から剥ぎ取りナイフを抜いた。
「…そうだね。帰りの竜車の中とか、街に戻ってからでも、遅くないと思うよ」
チヅルの意見に後押しされてか、カズキは早速、紅龍の死骸へと足を運んでいった。
「ジュンキは、まあいいとして…これからどうなるのかな…?」
「…恐らく、ミラボレアスが言っていた長兄のミラルーツを説得か何かをしないと、全ては終わらないだろうな…」
ミラバルカンの死骸に剥ぎ取りナイフを滑らせながらのクレハの質問に、ショウヘイは憶測を述べた。
「ジュンキが目を覚ましたら、また話し合おう」
「そうだね…」
クレハは頷いた。
ふとある考えが思いついて、クレハはショウヘイに聞いてみることにした。
「ジュンキの防具、直しておいた方がいいかな?」
「ああ、そうだな…。ジュンキはきっと喜ぶぞ」
ショウヘイの言葉に、クレハは微笑んで頷いた。
旧シュレイド城の外で待っていたリオレウスに全てを話すと、もうこれ以上この場に居たくないという様に、ドンドルマの街へ向けて出発した。
結局、ジュンキは街に着いても、目を覚まさなかった。