「やれやれ…。誰が親友だ」
「こういう状況を作った、お前が言うなよ」
ドンドルマの街を脱出するなり、ジュンキはリオレウスに文句を言われてしまった。
あの状況から脱出するには、ジュンキはこれしか思いつかなかったのだ。
そして、この話をいつまでも続ける訳にはいかないので、ジュンキは早々に話題を切り替えることにする。
「それで?話って何だ?」
「うむ…。すぐ近くに小さな湖がある。話はそこでだ」
リオレウスが指定する小さな池は、すぐにジュンキの目にも飛び込んできた。
ジュンキは着地したリオレウスの右足の上から降りると、近くにあった岩の上に座った。
「で、話って?」
ジュンキが何度目かになる言葉を口にすると、リオレウスは少し視線を落としてしまった。だが、すぐに顔を上げて口を開く。
「単刀直入に言おう。ヌシが暮らす、人の世界が危ない」
「え…?」
人の世界が危ない。…どういうことだろうか。
ジュンキは色々考えてみたが、何ひとつ浮かび上がらなかった。
「…話を続けてくれないか。それだけだと、何が何だかサッパリだ」
「話は長くなるぞ。…まず、人の世界には、王と呼ばれる存在がいるだろう?」
「ああ、いるよ。ハンターには馴染み薄だけど」
この大陸…シュレイド大陸のシュレイド王国には、文字通りシュレイド王たる者が存在する。
ふと、ジュンキはシュレイド王国軍に拉致されそうになった時のことを思い出した。つまりあれは、シュレイド王が自分を捕えようとしたのだろうか…。
しかし、今はリオレウスの話を聞くのが目的なので、ジュンキはこれ以上深く考えるのを止めた。
「信じられないかもしれんが、我々竜の世界にも、王たる者が存在するのだ」
「へぇ~…」
意外だったが、まあ人の世界に王がいるなら竜の世界にいてもおかしくはないだろうと、軽く受け流す。
「その王は3兄弟でな。常に3匹で話し合い、物事を決めているのだ」
「名前は?」
「長兄、祖龍ミラルーツ。次兄、紅龍ミラバルカン。末兄、黒龍ミラボレアスだ」
最後の黒龍という単語に、ジュンキは驚きに目を見開いた。
昔、黒龍ミラボレアスと戦ったことがあると、ショウヘイが言っていたのだ。
だがこれはこちらの事情なので、今は黙っていることにした。
「…その3匹の王が、人を滅ぼすと決めたらしい」
「な…っ!」
人を…滅ぼす…!?
「そ、そんな…!一体どうして!?」
「儂にも分からん…。直接会って、話を聞いてみないことにはな…」
「どこにいるんだ?その3匹の王は」
「実は今、末兄のミラボレアスが、旧シュレイド城、と人が呼んでいる場所に居る」
「旧シュレイド城…」
ジュンキはここで一旦言葉を切り、決心するように顔を上げた。
「俺を、そこへ連れて行ってくれないか?」
「…すまない。儂も話を聞いただけで、旧シュレイド城とやらの場所を知らんのだ…」
「そっか…。とにかく、俺は一旦街に戻るよ。何か情報が入っているかもしれないし」
「分かった。儂もミラボレアスと話をしたいと思っている。しばらくはこの近くで、ヌシが旧シュレイド城へと向かう時を待とう」
リオレウスの言葉が終わると、ジュンキは座っていた岩から立ち上がった。
「じゃ、また…」
「ああ…」
ジュンキはリオレウスに背を向けてドンドルマの街へと歩き出したが、数歩進んだところで立ち止まり、振り向いた。
「なあ。竜が人を滅ぼすことになったら…お前も、俺達を殺すのか…?」
「儂は、人は世界に必要だと思っている。確かに人と竜は互いに殺し合っているが、それが自然なのだ。わざわざ不自然な状態にしようとは思わない。だからこそ、王達が何を考えているのか知りたいのだ。…少しは安心したか?」
「まあね。…それじゃ」
ジュンキは今度こそ振り向かず、ドンドルマの街へと歩き出した。
ドンドルマの街の、正面入り口の巨大な門の前に仁王立ちしているユーリを見つけて、ジュンキは思わず苦笑いしてしまった。
その間にも距離が縮まり、ジュンキはついに、ユーリの前に立つ。
「やあ、ユーリ。今日もいい天気だね」
「私が何を言いたいのか、分かってるわよね~?」
「…はい」
「詳しく聞かせてもらいましょうか。大衆酒場で」
ユーリはそう言うと、くるっと回ってジュンキに背を向け、スタスタと大衆酒場へ歩いて行ってしまった。
その後ろに続いて歩き、ジュンキが大衆酒場の中に入ると、ハンター達のざわめきが徐々に消えていった。「面倒な事になってしまったな…」と内心ため息を吐きながら、ジュンキはユーリに続く。
ユーリはカウンターの奥へと入っていったので、ジュンキは見失わないように急ぎ足でカウンターの奥へと入った。
そこは、小さな会議室といったところだろうか。10人掛けのテーブルがひとつだけ部屋の中央に置いてあり、今はそこにショウヘイ、ユウキ、チヅル、カズキ、クレハ、ベッキーが座っている。
ユーリも座ったので、ジュンキも座ることにした。
するとすぐに、ユーリの口が開く。
「さて、大体のことは街のハンター達から聞いていますが、より詳しくお話を聞かせてもらいます」
普段の姿からは考えられない真剣な眼差しで、ユーリは言った。
ジュンキは重々しく口を開く。
「…あのリオレウスのこと?」
「そうよ」
「それなら、親友だって―――」
「嘘ね」
弁解を初めて早々、ベッキーが口を挟んでくる。
「…どうしてそう思うんだ?」
「ジュンキ君の顔に書いてあるわ」
「…」
流石はハンターズギルド、ミナガルデ支部の給仕長である。
ベッキーは笑顔で言葉を続けた。
「安心していいわよ。外部には漏らさないし、ハンター達にも教えないから」
ジュンキは視線を机に落として考え込んだが、やがてゆっくりと口を開いた。
「…信じられないかもしれないけど、最後まで聞いてね」
ジュンキは、自分が竜人という太古の種族の生き残りであること。会話しようとすれば竜と話ができるということ。ラオシャンロン撃退戦の時はラオシャンロンを説得したこと。あのリオレウスとは最近知り合ったことを、一切隠さず話した。
その間、ベッキーとユーリは黙って聞いていてくれた。
ジュンキが話し終わると、前屈みになっていたベッキーは上半身を起こし、ユーリは腕を組んだ。
「そうだったの…。にわかには信じ難いけど、辻褄は合うわね」
「まるで、おとぎ話のようですね…」
ベッキーとユーリは一応納得してくれたようなので、ジュンキは胸を撫で下ろした。
「まあ、とにかくこれからは、あのリオレウスが街に入ってこないように言っておいてね。またパニックになるし」
ユーリはそう言って退席しようとしたが、ジュンキがそれを制した。
「ちょっと、聞きたいことがあるんだけど…」
「何?」
「旧シュレイド城って、どこにあるか教えて欲しいんだけど…」
「…どうして?」
再びユーリの顔が真剣になる。
「黒龍ミラボレアスが今、そこにいるらしい」
ジュンキの言葉に、この場にいる全員が驚かされた。
「俺はそいつと話がしたいんだ。場所を教えてくれ」
「…どうして知ってるの?ハンターズギルド内でも、まだあまり知られていないのに…」
「リオレウスから教えてもらったんだ」
ジュンキが自信あり気に答えると、ユーリは小さくため息を吐いた。
「…近々正式に撃退依頼が出るから、それを受けて下さい」
「撃退依頼…。分かった、そうするよ」
「ちょっと待ってよ…!」
ジュンキとユーリの会話に、今まで黙って聞いていたチヅルが口を挟んだ。
「ジュンキ、一体どうしたの?私達がいるのに、相談もしないで勝手に決めて…」
チヅルの意見はもっともであり、ジュンキは言葉に詰まってしまった。
あのことを言うべきなのだろうか迷ったが、丁度ここにはベッキーとユーリもいるので、話す事にする。
「今、竜達が、人間を皆殺しにしようとしているらしいんだ…」
ジュンキの言葉は、再びこの場にいる全員を驚かすことになった。
ジュンキは続けて、先程街外れの湖のほとりでリオレウスから聞いた話を伝えた。
「…ハンターズギルドとしては、事が起きてからじゃなければ動けないわ」
ベッキーは、ため息をひとつ吐いてから言った。
「とにかく、今はその黒龍ミラボレアスにジュンキを会わせて、事の真偽を確かめないと…!」
チヅルはそう言って立ち上がった。
「私はジュンキの言ったこと、信じてるよ」
「そりゃ俺だって信じてるさ!」
「俺も俺も!」
「俺は元からだけどな」
「私もだよ」
チヅルに続いてユウキ、カズキ、ショウヘイ、クレハも立ち上がる。
「みんな…」
「だって目の前でリオレウスに乗って飛んでいったんだよ?もう信じるしかないよ」
チヅルの言葉に、ジュンキは深く頷いた。
「ありがとう、みんな…。じゃあ早速なんだけど、黒龍ミラボレアスに会いに行こうと思うんだ。いいかな?」
ジュンキの意見に、誰一人として反対しなかった。
「じゃあ、ハンターズギルドから正式な依頼が出るまで、各自で狩りの準備をしておこう。最悪、ミラボレアスと戦うことになるかもしれないから…」
ジュンキのこの言葉を最後に、小さな会議は幕を閉じた。