ジュンキが目を覚ますと、そこは揺れる竜車の中だった。身体を起こすと、すぐに仲間の姿が目に入る。
「ジュンキ、もう起きて大丈夫なの?」
「ああ…何とか、な…」
隣にいるチヅルに支えられ、身体を起こす。
「ここは…?」
「ドンドルマへ戻る竜車の中だ」
カズキが、疲労感を交えた声で答えてくれた。
「ジュンキ、どこか怪我とかしていないか?」
ショウヘイの問い掛けに、ジュンキは大丈夫と首を振る。
「大怪我は誰も負っていないな?良かった…」
ユウキは嬉しそうに頷いた。
同じく嬉しそうに微笑んでいる、クレハの口が開く。
「聞いたよ~。ジュンキがラオシャンロンを追い返したって」
「ああ、まあ…。正しくは、ラオシャンロンと話をして、説得したんだけどね…」
ジュンキの言葉に、ショウヘイ、ユウキ、カズキ、は驚きの表情を隠さなかった。しかしクレハは、微笑みを絶やさない。
「私、見てたよ。ジュンキがラオシャンロンと話をしているところ」
驚き、そして少々の疑いが見て取れる表情をしている3人を説得するように、チヅルが言葉を繋ぐ。
「ジュンキ、明らかに人間の言葉じゃない言葉を使ってた」
チヅルの言葉を最後に、誰も口を開かなかった。
竜車の車輪がゴトゴトと立てる音がやけに大きく聞こえる。
「…それでも」
突然クレハが言葉を発したので、全員がクレハの方を向いた。
「ジュンキはジュンキ。でしょ?」
クレハの言葉にユウキとカズキは大きく頷き、ショウヘイとチヅルは小さく頷いた。
当の本人であるジュンキは苦笑いするだけだったが、すぐに困った顔へと変化した。
「どうしたの…?」
「あ、いや…。俺の武器が、壊れてしまったなって思って…」
大剣アッパーブレイズがラオシャンロンの体当たりを受けて砕け散ったのを、ジュンキは見ていた。
「ああ、それなんだけど…」
ユウキはそう言うと、背中から大きな麻袋を取り出した。それを、重そうにジュンキへと投げる。そしてそれは、ジュンキの目の前に、派手な金属音を立てて落ちた。
「出来る限り集めたんだけどさ…」
「…ありがとう」
ジュンキは中身を見なくても何が入っているか分かった。粉々に砕けた大剣アッパーブレイズだ。
「武器が無いことには、ハンターは務まらないぜ。どうするんだ?」
カズキの至極当然な質問に、ジュンキは腕を組んで考えた。
ふと、ある思いが浮かんでついショウヘイを見てしまう。ショウヘイは首を少し傾げた。
「どうした?」
「あ、いや…太刀を使ってみるのもいいかなって思って」
「太刀を?」
ショウヘイの問い掛けに、ジュンキは頷いて答えた。
「…元々太刀は大剣から派生した武器だから、大剣使いのジュンキでもきっと扱えるはずだ」
「そう?なら街に戻ったら一本作ってみようかな」
「しかし、慣れない武器で狩りに出るのは危険だと思うぞ」
「もちろんそれは分かってるよ。そこはショウヘイ先生に、教えてもらうつもりだから」
ジュンキの言葉に、ショウヘイは小さく笑った。
ドンドルマの街はお祭り騒ぎだった。
ラオシャンロンの撃退成功を祝って大衆酒場では宴会が開かれ、ベッキーやユーリは大忙しの様子。並行して、ラオシャンロン撃退戦の報酬が配られたので、大衆酒場の中は歩くのにも困難な程人が集まっていた。
そこにジュンキ達が到着すると、火に油を注いだようにさらに盛り上がった。無数の―――ほとんどがむさ苦しい男だが―――ハンター達にジュンキは大衆酒場の中央へと引き摺るように連れて行かれてしまい、胴上げ三回が行われた後、頭からビールを何杯も掛けられてしまう。
その光景を見て、ショウヘイ達は絶句していた。
「ははは…」
「まあ、ジュンキがひとりでラオシャンロンを追い返したみたいなものだからな。当然、こうなるよな」
「俺達は静かに乾杯といこう」
ショウヘイの提案に乗って、5人は酒場の隅に席を取り、おとなしく乾杯した。
やがてビールまみれのジュンキが戻ってくると、当分の間は狩りを休むという事にして、今日は解散になった。
翌日、まだお祭りムードが抜けないドンドルマの街中を、チヅルはひとりで武具工房の方へと向かっていた。
昨日、ラオシャンロン戦の報酬金と報酬素材が配られたのだが、その中に飛竜の卵程の大きさの塊が含まれていた。俗に言うところの「太古の塊」である。
長い年月を経て出来上がった神秘的なこの塊は、大量の大地の結晶を使って研磨することにより、元の形を復元できる。武具工房の職人は一晩で出来ると言っていたので、今から受け取りに行くのだ。
「一体何が出るのかな?」
ワクワクしながら、武具工房の中へと入る。そこはまるで火山のように暑い場所だ。チヅルの額に、小さな汗が浮き出る。
「こんにちは」
まだお祭りムードが抜けきっていないせいか、いつもは多くのハンターが並ぶカウンターには、誰もいなかった。
「お、来たね!出来上がってるよ!」
威勢のいい武具職人はカウンターの下から一対の剣を取り出した。
「うわ…!」
「正直俺も驚いたね。初めて見るよ、これは…」
武具職人は双剣のカタログを開きながら言った。
チヅルの前に出されたのは双剣だった。だがこれは、チヅルも見たことがない。
「え~っと…あった。これだよ、これ」
武具職人はそう言い、カタログの中の一対の双剣を指差す。
「銘は封龍剣・超絶一門。太古の武器だよ。ラッキーだね、あんた」
チヅルは恐る恐る両手に握る。
恐ろしく軽いため、危うく落としそうになってしまった。
「ありがとうございます。大事に使います」
「はっはっは、太古の武器は、絶対に刃こぼれしないよ!」
武具職人の言葉を聞き終わらないまま、チヅルは武具工房を後にした。
その表情には、満面の笑みが広がっていた。
チヅルと入れ違いになる形で、今度はジュンキとショウヘイが武具工房を訪れていた。ジュンキの太刀を作るためと、大剣を修理するためである。
カウンターに着くなり、ジュンキはまず大剣の修理をお願いしたが、武具職人の顔は険しいものだった。
「これは派手にやらかしたな~。修理は無理だ。作り直すしかないなぁこりゃあ…」
「うそ…だろ…」
「…ジュンキ、大剣の方は時間をかけて、1から作り直すしかない。今は太刀の方を考えよう?」
「…そうだな」
大剣アッパーブレイズの方はとりあえず置いておいて、ジュンキはショウヘイと一緒に太刀のカタログを開いた。大剣もかなりの種類があったが、太刀もかなりの種類がある。
「うわぁ…!」
「さ、どれにする?やっぱりリオレウス系がいいか?」
「…そうだね。その方が嬉しいかな」
「だとすると…これかこれかな」
ショウヘイは二本の太刀を指差した。名前は「飛竜刀・朱」と「ラスティクレイモア」とある。
「…こっちだな」
ジュンキは即座にラスティクレイモアを選んだ。
飛竜刀・朱の方が安く作れたが、火属性を帯びているため使い回しが効きにくい。高価だが無属性武器であるラスティクレイモアの方が良い。ジュンキはそう考えた。
早速、注文を取る。
「毎度!明日には仕上がってるよ!」
ジュンキとショウヘイは武具職人の言葉を背中に工房を後にした。街中へと出たところでショウヘイが口を開く。
「明日から練習だな」
「よろしくお願いします、ショウヘイ先生」
―――翌日には、ジュンキが注文した太刀ラスティクレイモアが出来上がり、さっそく練習がてら、簡単な狩りの依頼を受けて出発した。
ラオシャンロン撃退戦から数日が経ち、ジュンキの太刀も慣れてきた頃。
そろそろ狩りに出ようかということで、昼食時に6人が大衆酒場で集まった時に、突然街の広場から大勢の悲鳴が聞こえてきた。
「何だ!?」
「行くぞ!」
カズキがアプトノスのミルク入りグラスを落としそうになっていたが、それには構わずショウヘイが先陣を切って飛び出した。ジュンキやユウキも後を追う。
広場に出ると、6人は絶句してしまった。
広場の中央に、一匹のリオレウスがいたからだ。それを取り囲むように、ハンター達が円陣を敷いている。
「な、何でこんなところにリオレウスがいるの…!」
「私にも分かんないよ…!」
クレハの問いかけに、チヅルは回答に困ってしまう。
そのリオレウスは、何かを探すように首を左右に振っていた。その目線の先にいるハンターは、その度に身を固くする。
やがて、リオレウスがジュンキ達の方を向いたところで、その動きが止まった。
「まさか…!」
「まさかって…ええっ!」
ユウキも驚きの声を上げた。声には出さないが、他の四人もこの状況を察していた。
先日ジュンキが戦ったリオレウスが、ジュンキを迎えに来たのではないのか、と。
「…行ってきてもいいよな?」
ジュンキは小声で尋ねたが、返事を聞く前に歩き出す。
そして、ジュンキはハンター達の合間を縫って前に進み、リオレウスを囲んでいる円陣の最前列まで出た。
そこからは、ゆっくりとリオレウスに歩み寄っていく。ハンター達からは悲鳴が上がったが、今は無視するしかない。
やがてリオレウスの目の前に―――リオレウスが噛み付こうとすれば避ける間もなく噛み付かれる距離までジュンキは近づくと、そこで歩みを止めた。
長い間、お互いに見つめ合ったが、やがてゆっくりとリオレウスの口が開いた。
「…ここにいたのか。随分と探したぞ」
「そっちから来るなんて、何があったんだ…?」
「…ここでは長話は出来そうにないな」
「ハンターの巣窟へ自分から入ってきて、何言ってるんだよ…」
「脱出して外で話したいが、簡単には出れそうにないな…」
「…」
「何か、いい方法はないか?」
「…ひとつだけ、あるにはある」
ジュンキは複雑な表情を浮かべ、リオレウスに提案した。
「ねえ、どうなってると思う?」
「う~ん…」
クレハが横目で尋ねてきたので、チヅルは視線を、ジュンキとリオレウスから落として考える。
「多分、説得してるんじゃないかな…」
「街中で暴れ回らないでって?」
「さ、さあ…?」
チヅルの答えに不満なのか、クレハは鼻息を荒くした。
「…動いた」
ショウヘイが静かに言ったので、チヅルは視線をジュンキとリオレウスに戻した。
ここからだと距離があるため、細部までは見えないが、どうやらジュンキが両腕を広げているようだ。
「…?」
チヅルは思わず眉をひそめた。ジュンキは何をしているのだろうか。あれではまるで、リオレウスを抱こうとしているようにしか見えない。
―――ここでチヅルは、先日聞いたジュンキの昔話を思い出した。
確かその中に、ジュンキが捕獲したリオレウスを抱いたという話があったはずだ。
つまりジュンキは、リオレウスと仲が良いことをハンター達に見せつけ、安全であるとアピールしたいのだろう。
―――チヅルの考えは当たっていた。
「こんなところまで、一体どうしたんだ!!!」
突然、ジュンキの大きな声がドンドルマの広場に響いた。
「寂しくなって、追いかけて来たのか?」
ジュンキがリオレウスに歩み寄っていくと、リオレウスもジュンキへと歩み寄る。そしてジュンキはリオレウスの頭部に抱きついた。
リオレウスは嬉しそうにジュンキに頬擦りし、大きな舌でジュンキの顔を舐める。
「はははっ、くすぐったいじゃないか!」
散々舐められたジュンキがリオレウスから少し離れると、ハンター達を見回しながら口を開いた。
「このリオレウスは、俺が小さい頃から一緒に育った親友だ!人に害を与えたりしないから、安心してくれ!」
ジュンキは言い終わるなり、すぐリオレウスと向き合う。
「さあ、いつまでもこんなところにいたら危ないよ。森に帰ろう」
ジュンキはそう言うとリオレウスの右足に登り、太い脚に腕を回した。それを合図にリオレウスは空へと飛び上がり、ジュンキを乗せたまま旋回を始めると、南の方へと飛んで行ってしまった。
広場に残されたハンター達はしばらくの間、誰ひとりその場を動かずに、ジュンキを乗せたリオレウスが飛び去った方を見つめていた。