木造の砦の中には誰も居なかったようで死者は出なかったが、それでもハンター達の士気を打ち砕くには十分効果があった。
エリア4での戦いは、ハンター達の勢いが弱くなり、エリア2の時よりも早くラオシャンロンの通過を許してしまった。
そして、運命のエリア5番。
ドンドルマへと通じる巨大な門の上の足場に、ジュンキの姿はあった。静かに、ラオシャンロンのやってくる霧深き通路を見つめている。
「ジュンキ…」
「ん…。どうした?チヅル」
チヅルに声を掛けられて、ジュンキは我に返った。
「ここを突破されたら、ドンドルマの街は消えちゃうんだよね…」
「…大丈夫。あれだけの攻撃を与えたんだから、きっとラオシャンロンも、諦めて帰ってくれるよ」
ジュンキはラオシャンロンが来る通路とは別に設けられた、退却用通路を見つめながら答えた。
「ところでユウキは?」
「ユウキなら、ほら、あそこ」
そう言ってチヅルが指差した先には、ガンナーが…特に、ライトボウガン使いが横に一列に並んでいて、その中に真剣な表情のユウキもいた。
「ショウヘイとカズキとクレハちゃんは下だよ」
先ほど緊急に行われた、参加者全員の会議で、ジュンキとチヅルは門の上に備え付けられたバリスタ(巨大な弓)や大砲を任されていた。ユウキはガンナーとして、ショウヘイとカズキとクレハは続けて直接攻撃を担当している。
―――ラオシャンロンの咆哮が響いたのは、この時である。この場にいるハンター全員に、緊張が走った。
「じゃ、私はバリスタを撃つからね」
「気をつけて」
「ジュンキもね」
チヅルはそう言い、ジュンキから離れる。
そして、エリア5での最終決戦が幕を開けた。
直接攻撃を担当しているハンター達が、ラオシャンロンに襲いかかる。あの中に、ショウヘイとカズキとクレハもいるはずだ。
しかし、ハンター達の応戦虚しく、ラオシャンロンは進行を続ける。
「ガンナー構え!撃てっ!」
ラオシャンロンがガンナーの射程に入ると、ガンナー達が一斉に弾や矢を撃ち放つ。
ジュンキも、チヅルとは別のバリスタ台に向かう。自分の身長を越すバリスタの槍をセットし、放つ。
しかし、ラオシャンロンの硬い甲殻に弾かれているのが、ここからでも見えた。
「効果は薄いか…」
それでも、やめる訳にはいかない。ジュンキは黙々と撃ち続けた。
ラオシャンロンの歩みは止まらず、ついに門の手前まで到達した。先程の木造の砦を破壊した時のように、ラオシャンロンは体当たりを始める。
頑丈な石造りの砦なのに、一撃毎に大きな亀裂が何本も走る。この砦が破られるのも、時間の問題だった。
「チッ…!」
ジュンキは思わず舌打ちした。
このままでは突破される。何とかしなければ。
そう思っている間にも、ラオシャンロンの体当たりが来る。
「うわっ!」
ジュンキのすぐ横にあった、石造りの壁が崩れた。
下の様子が気になり、真下を見る。そして門の方を見ると、少し歪んでいた。
「くそっ…。どうにもならないのか…!」
ジュンキは何とか打つ手を探るが、考えを打ち砕くように、ラオシャンロンは後ろ脚で立ち上がった。ジュンキの前後左右にいるハンター達からは悲鳴が上がる。
ラオシャンロンは全身を使って体当たりを行った。ジュンキは慌てて背中のアッパーブレイズを盾にする。
だがしかし、ラオシャンロンの体当たりは、ジュンキの身体をいとも簡単に弾き飛ばしてしまった。
「がは…っ!」
焦点が合わず、霞んだ視界に映ったのは、粉々に砕け、四散する、大剣アッパーブレイス。
ジュンキは何度も砦の上を転がり、崩れかけた砦の壁に当たって止まった。
顔を上げ、横を見ると、同じような状態のハンターが、何人も転がっている。
「チヅル…!ユウキ…!」
その中に、チヅルやユウキの姿も見つけてしまう。
そして砦の方を見ると、無残にも半壊していた。壁は崩れ、足場には大きな穴が開いているところもある。
最後にラオシャンロンの方を見ると、再び体当たりをしようと身構えているところだった。
ジュンキは全身を襲う痛みに耐えて立ち上がると、ラオシャンロンの正面に立った。ラオシャンロンの体当たりが目の前に迫る。
「ジュンキ!駄目!逃げて!」
後ろからチヅルの声が聞こえたが、今逃げ出すわけにはいかなかった。
「止まれええええええええええッ!!!!!」
ジュンキは力の限り叫んだ。
目と鼻の先に迫ったラオシャンロンの身体は急激に減速し、砦に当たる直前で止まった。
そしてラオシャンロンは、ジュンキと向きあうことができる位置まで後退する。
「…竜人か?なんと懐かしい…。数百年もの間、姿を見なかったものだ…」
ジュンキにのみ聞こえる声が、響いた。
「…ラオシャンロン。お願いだ。この先には、人の暮らす街がある。どうか、進路を変えてくれないか…?」
ジュンキの言葉に、ラオシャンロンはすぐに答えなかった。やや時間を置いてから、ラオシャンロンの口が開く。
「…それは、すまないことをした。私は身に降りかかる災いから逃れることのみを考えた故に、危うく意味も無く人の恨みを買うところであった。竜人よ、感謝する…」
ラオシャンロンに礼を言われたことよりも、ジュンキは引っかかるところあった。
「…災い?災いって何だ?」
「…竜人よ、気をつけるがよい。ヌシの存在意義が今、問われようとしている…」
ラオシャンロンはそう言うと身体を倒し、前脚を地面に着けた。
そしてゆっくりと進路を変え、ラオシャンロンが歩んできた通路とは別に設けられた退却用通路から、深い霧の中へと消えて行った。
ジュンキは小さくため息を吐くと、糸が切れた人形のようにその場に倒れる―――。
「ジュンキっ!」
チヅルが飛び出し、ジュンキの身体を受け止めた。
「チ…ヅル…?」
「もうっ…!無茶するんだから…!」
―――周囲から、歓声が沸き起こる。
チヅルは声こそ上げなかったが、歩み去るラオシャンロンの姿を、いつまでも見続けていた。