ミナガルデの街に戻ったジュンキ、ユウキ、チヅル、カズキの4人は、酒場のカウンターでベッキーのチェックを受け報酬金を受け取ると、その足でショウヘイが入院しているハンター専用の病院へと向かった。
先に診察室でフルフルのアルビノエキスをショウヘイの担当医に渡した後に、4人はショウヘイの病室を訪れた。
知らないハンターが2人もいたからか、ショウヘイの黒い瞳が珍しく、驚きで見開いていた。
「あちらの2人は?」
「ああ。チヅルと、それからカズキ。一緒にフルフル狩りを手伝ってもらったんだ」
ユウキがチヅルとカズキを紹介すると、チヅルは小さく礼をし、カズキはショウヘイの手を握るとブンブンと上下に振った。
そして他愛のない会話が続き、やがてチヅルとカズキが名残り惜しそうにショウヘイの病室を出ようとした時、ジュンキが2人を呼び止めた。
「なあに?ジュンキ…」
「これからも、一緒に狩りへ行きませんか?」
ジュンキの発した言葉に、チヅルやカズキはもちろん、ユウキやショウヘイも驚いた。
「…駄目かな?」
「俺は構わない」
ショウヘイが微笑みながら言う。
「実は、俺もそれを言おうかな~と思ったんだよな」
とユウキ。
「…いいのかな?こんな私だけど」
と、内心すごく嬉しいチヅル。
「俺は最初からそのつもりだったぜ!」
と笑うカズキ。
全員の意見が一致した。
「と言っても、まだ回復には時間がかかるんだろ?ショウヘイ?」
「ああ。もうしばらくは。その間は俺に構わず、4人で狩りへ行ってくれ」
ショウヘイは残念そうに言った。
「じゃあ早速。俺、今ちょっと素材が必要なモンスターがいるんだけど」
と遠慮無くカズキが言ったので、病室が笑い声に包まれた。
ショウヘイの病室からの帰り道。ゲストハウスへ向かう途中の道で、チヅルはいろいろなことを考えていた。
これからの、固定パーティとしての活動。
気さくなユウキに、冷静なショウヘイ。
だが何より、ジュンキと一緒に居られる。そう思うと胸が高鳴る自分に気が付いて、チヅルは赤面した。
「やだなぁ…。私、何考えているんだろう…」
これはもしかしたら、いや、もしかしなくても、恋というやつなのかもしれない。
一体自分は、ジュンキの何処に惹かれたのだろうか。
容姿?違う。ハンターとしての腕前?違う。性格?恐らく違う。
「チヅル?」
「ふえっ!?」
隣を歩くジュンキに声を掛けられて、チヅルは飛び上がった。
「どうかした?顔真っ赤にして。もしかして風邪とか…?」
「ううん!何でもないの!今日はいい天気で、暑いくらいだからかな~?」
チヅルはそう言いい、雲ひとつ無い青空を仰いだのだった。
ショウヘイの怪我は無事完治し、5人で酒場のテーブルに座る日がやってきた。
これから、今後の狩りについて話し合うのである。
「5人か。不吉な数字だな…」
カズキが険しい顔をして言った。
ハンターの間では、5人というのは縁起が悪いとされている。
昔、5人で狩りへ出たパーティで、死者が出たというのがキッカケらしい。
「それに、支給品は4人を前提として用意されてるんだよな」
とユウキ。
「仕方ない。これからはローテーションで、ひとりは留守番にしよう」
ジュンキが意見を出すと、ユウキとチヅルは頷いた。カズキはためらっていたが、やがて頷く。
しかし、ショウヘイは頷かなかった。
「…ショウヘイ?」
「…よし、決めた」
ジュンキがショウヘイの顔を覗くと同時に、ショウヘイは考えるために閉じていた瞳を開いた。
「俺は、パーティを抜けることにするよ」
「…え?」
ショウヘイの言ったことを理解するまでに、ジュンキは数秒を必要とした。
「パーティを抜ける?どうして?」
ジュンキが問いただすと、ショウヘイはいつもの静かな笑みを浮かべた。
「もう少し自分を鍛えたいんだ。もう怪我はしたくないし」
「…。…分かったよ」
ショウヘイの回答にジュンキは完全に納得出来たわけではないが、誰にもハンターの意思を否定することは出来ない。
「それで、何処に行くんだ?ココットに戻るのか?」
ユウキが尋ねると、ショウヘイは首を横に振った。
「前にベッキーから聞いたんだけど、ハンターズギルドの総本山がある、ドンドルマという街へ行こうと思う」
「ドンドルマか~」
ここでカズキが口を開いた。
「俺も行くかな~」
「カズキが?どうして?」
今度はチヅルが尋ねた。カズキは恥ずかしそうに鼻を擦る。
「好奇心だよ。それにショウヘイひとりだと、寂しいだろ?」
カズキのあまりにも単純な動機と以外にも優しい言葉に、他の4人は小さく笑ったのだった。
翌朝、荷物をまとめたショウヘイとカズキはミナガルデの街を出発した。
―――この後、ジュンキ、ショウヘイ、ユウキ、チヅル、カズキの5人が再び合流するまで、たった半年もかからない事を知らずに。
※
「ここまでかな」
ユウキはそう言って昔話を締め括り、口を閉じた。
「この後、半年間は適当な狩りをしていたんだけど…。シュレイド王国の軍隊がやってきて、ジュンキを拉致しようとしたからドンドルマに逃げて、ショウヘイやカズキと合流して、今に至るの」
チヅルの言葉を聞いて、クレハは大きく頷いた。
「なるほど~。うんうん、よく分かったよ。ありがとう」
昔話を聞き終えて、クレハは嬉しそうに礼を述べた。
「そういえば、クレハちゃんは?」
「え?」
「クレハちゃんにも昔話ってあるでしょ?聞かせて欲しいなー、なんて…」
チヅルの言葉に、ジュンキやショウヘイ、ユウキにカズキも賛同したようで、クレハが語り出すのを静かに待っている。
しかし、クレハは難しい顔をする。
「う~ん…私の昔話かぁ…。母さんが死んじゃったところから始まるんだよね…」
クレハの言葉を最後に、部屋は静まり返った。
「…みんな、いいかな?」
突然ジュンキが、真剣な声を出したので、クレハに集まっていた視線が、今度はジュンキへと集まる。
「ああ。全員聞いているぞ」
ショウヘイの言葉にジュンキは一旦瞳を閉じ、そしてゆっくりと開いてから口を開いた。
「…今から話すことは、とても信じられるものじゃないけど…最後まで聞いて欲しいんだ」
「…言ってみてくれ」
ショウヘイの、促す言葉。
長い沈黙。
そして、ジュンキは口を開いた。
「…まず、俺は人間じゃない」
誰も返事をしなかった。頷いたり、驚いたりもしていない。
「…3日前に戦ったリオレウス。俺はあいつと会話した。そして言われたよ。お前は人間ではなく、竜人という、太古の種族の末裔だって」
「…続けてくれ」
「…確かにそう考えた方が、辻褄が合うんだよ。2年前に俺を殺さなかった理由。絶対に死ぬと思われた怪我からの復帰の理由。…今もこうして生きてる理由。竜の強靭な精神力と回復力と筋力を持ち合わせているらしい、竜人ならではだよ」
ジュンキは小さなため息を吐き、ショウヘイ達の方を向く。
ショウヘイ達は、難しい顔をしていた。
「…にわかには信じられねぇよな」
とユウキ。
「そうだよな。俺は信じられないな」
と首を振るカズキ。
「…ジュンキ。頭、強く打ったの?」
残念そうな顔をするチヅル。
…ジュンキは目を伏せた。
「信じろって言う方が、無理だってことは分かってる。だけど、一応言おうと思ってね。悪い冗談だと思って、聞き流してくれればいいよ」
「俺は信じるぞ」
ショウヘイの言葉に、ジュンキの青い瞳が見開いた。それを見たショウヘイが、静かに微笑む。
「ジュンキはこれまで、嘘を吐いたことがない。仮に嘘をつ吐いても、ジュンキならすぐ分かる。それに世界は広い。人の言葉を理解するリオレウスが、一匹くらいいても不思議じゃないだろう」
「リオレウスが人の言葉を理解したんじゃなくて、俺が竜の言葉を理解したんだけど…」
ここで、ジュンキがショウヘイの言葉を修正する。
「…この世界は広い。竜の言葉を理解するハンターが1人くらいいても不思議じゃないだろう」
ショウヘイが言い直したので、ジュンキは思わず吹き出した。
「私はそんなこと、どうでもいいけどな~」
クレハの言葉に、全員の視線が集まる。
「例えジュンキが竜人という種族の末裔だったとしても、ジュンキはジュンキでしょ?だったらそれでいいじゃない」
「…そうだよな。ジュンキはジュンキだな」
カズキはうんうんと大きく頷いた。
「ありがとう。ところで、これからみんなはどうするんだ?」
「ジュンキが回復するまで、この村の依頼を受けているよ」
ジュンキの問い掛けに、ショウヘイは笑みを浮かべながら答えた。
「…そろそろお昼だな。飯でも食いに行くか」
「わ~い♪」
ユウキの提案にクレハが勢い良く立ち上がる。
「ジュンキ。早く治ってね」
「俺は竜人だから、すぐに治るよ」
ジュンキはそう返事を返すと、チヅルは微笑んだ。
果たしてジュンキはこの後、わずか10数日で完全回復してしまい、ショウヘイ達を驚かせることになる。