モンスターハンター ~人と竜と竜人と~   作:秋乃夜空

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2章 竜人の足跡 06

沼地では、雨がしとしとと降っていた。地面はぬかるみ、足を取られる可能性が高い狩場だが、今回の狩猟対象であるフルフルは主に洞窟の中にいるため、地面のぬかるみよりも寒さ対策の方が重要だった。

「ホットドリンク、ちゃんと持ってきてるよね?」

「もちろん」

「あるぞ~」

「俺もある」

3人の返事を聞き、チヅルは頷く。

「さてと、一応パーティリーダーを決めておく?」

「そうだな。じゃ、ジュンキよろしく」

「…え?」

いきなりユウキに押し付けられて、ジュンキは反応が遅れる。

「そうだね。じゃあジュンキ、よろしく」

「俺も異議な~し」

「ちょ、ちょっと。もっとよく話し合おうよ」

チヅルとカズキにも薦められてしまい、ジュンキは困惑した。どうして即席のパーティで、いきなり全員一致で自分なのだろうか。

「だって俺はジュンキによく任せてたし」

とユウキ。

「ジュンキは仲間を大切にするみたいだから」

とチヅル。

「食事の配分、きちんとしてくれていたしな!」

とカズキ。

そこまで言われてしまうと、ジュンキは折れるしかなかった。

 

洞窟の入口でホットドリンクを全員が飲んだことを確認して、4人は中へと入っていった。

「うぅ…寒いぃ…」

吐く息が白くなる程に、洞窟の中は寒い。そのせいか誰も口をきかず、一列になって進んでいく。

「フルフルは全員初めてだったよね?」

先頭を歩くジュンキが、後ろを振り返って尋ねた。

チヅルとカズキは「戦ったことは一度もない」と答えた。ユウキは同じパーティだから、言わずもがなである。

「まあ分かってると思うけど、いきなり戦闘はしないで、しっかり様子を見てね。どんな動きをするか分からないし」

ジュンキは3人が何らかの意思表示をするのを見届けると、再び前を向いて歩き出す。

 

ふたつ目の洞窟に差し掛かったところで、先頭を歩いていたジュンキが歩みを止めた。

「…どうしたの?」

チヅルが尋ねると、ジュンキは音を立てないよう、静かに手招きした。ユウキ、チヅル、カズキが、ジュンキの隣に出てくる。

「うわ…何?あれ…」

白い塊が蠢(うごめ)いていた。翼が生えているところを見ると飛竜なのだろうが、鱗や甲殻といったものはなく、ヌメヌメした分厚そうな白い皮膚が身体を包んでいる。

「うえ~…」

チヅルが生理的嫌悪感を丸出しにする。

「頭…いや、顔が無いんだな…」

一方のカズキがは、冷静に相手の容姿を把握する。

この飛竜には、顔に相当する部分が無い。長い首の先には、いきなり口がある。

斬り落とされた首に直接口を付けたら、こうなるかもしれない。

「多分、これがフルフルだね…」

「だな…」

ジュンキの、元気が無い言葉に、ユウキが元気無く相槌を打つ。

「まずは様子見。散って」

ジュンキの言葉を合図に、4人は距離を置いてフルフルと対峙した。

フルフルはすぐにこちらの気配に気付き、鼻―――そんなものは見当たらないのだが―――をひくつかせている。

「ペイントボール!」

カズキの大声が洞窟に響いた後、独特の臭気が洞窟内に立ち込める。

フルフルは、ペイントボールを当てたカズキに向かって跳んだ。

「おっと…」

カズキは難なくそれを避ける。

「撃ってみるぞ~」

ユウキのクックアンガーが火を噴く。

するとフルフルは、ユウキに向かって跳ぶ。ユウキは軽く避ける。

「目が見えてないみたいだね」

「まあ目が無いからな」

「となると、閃光玉は効かないか…」

チヅルが近づいてきたので、ジュンキはフルフルに警戒しながら答える。

「攻撃してみるぞ~」

カズキはロングタスクを抜くと、フルフルに一刺し二刺し攻撃を加える。

フルフルは短い尻尾を振り回すが、カズキはロングタスクと一対の大きな盾でこれを防ぐ。

「いっくよ~!」

ここでチヅルがフルフルの腹の下に入り、双剣を振り回した。

「俺も一撃いくか…」

ジュンキはカズキとは反対側に回り、重い一撃を与えて離脱する。

「グオオッ!」

フルフルが呻(うめ)き声を上げると、突然全身が発光し始めた。

「…!」

チヅルは慌ててフルフルの足元から離脱し、カズキは盾を構える。

次の瞬間にはフルフルがバチバチと音を立てて光り輝き、薄暗い洞窟が青白い光に包まれた。

「な、何だ!?」

ユウキも驚きの声を上げる。

「うわあっ!」

この時カズキはフルフルの発する青白い光を盾で受けていた。

「何か…ビリビリするぞっ!」

「ビリビリ…?」

チヅルの頭に疑問符が浮かぶ。

しかし、ジュンキは聞いたことがあった。これは「電気」という、フルフル特有の攻撃だったはずだ。

「その光に触れるな!それはフルフルの攻撃だ!」

「了解っ!」

チヅルが元気に返事をすると、光の収まったフルフルに向かって駆け出した。ジュンキも後を追う。

「うりゃあああ!」

カズキが渾身の突きを入れた。フルフルが怯む。

「行くよ!鬼人化っ!」

チヅルは双剣の奥義、鬼人化を発動させてフルフルの足元で踊り始めた。

「らあああああ!」

ジュンキもフルフルに肉薄する。―――その時だった。

突然、フルフルが叫び声を上げたのだ。フルフルの近くにいたジュンキ、チヅル、カズキが、そしてフルフルから一番遠いユウキでさえ、思わず両耳を抑えてしまう程の大音量。

「ぐぅ…!」

「な、何だよ…っ!」

「…!」

この時、ジュンキはフルフルの口元へ、先程の青白い光が集まっていくのを見た。

フルフルの向いている方には―――耳を塞いで動けないユウキ。

「ユウキっ!」

ジュンキが叫んだのと、フルフルが電気のブレスを放ったのは同時だった。フルフルの放った電気のブレスは地面を這い、ユウキに肉薄する。

「ぐああああああああああッ!!!」

電気と呼ばれる青白い光がユウキを包むと、ユウキは全身を痙攣させながらその場に倒れた。直後、再びフルフルの身体が青白く光りだす。

「まずい…っ!」

気づいた時にはもう遅く、今度はジュンキ、チヅル、カズキが青白い光に包まれる。

「ぐあああああッ!」

「きゃあああああッ!」

「うがあああああッ!」

それぞれが悲鳴を上げて弾き飛ばされる。

一瞬にして、形勢が逆転してしまった。現在、立っているのはフルフルだけである。

「ぐっ…くそっ…!」

全身が痙攣を起こして言う事を聞かない中で、ジュンキは顔だけを持ち上げフルフルを見た。

するとフルフルはジュンキに向き直った。そして大きな口をグバッと開く。

「な…あ…あぁ…!」

全身から、嫌な汗がどっと噴き出す。まさかと思ったジュンキだが、そのまさかであった。

フルフルは、ジュンキに頭からかぶりついたのだ。

「あ…い…嫌あああああッ!!!」

チヅルが悲鳴を上げる。その間にも、フルフルはジュンキの身体を飲み込んでいく。

「動け…動けぇ…!」

先程の電撃攻撃から時間が経過し、チヅルの身体は徐々に麻痺が解けていく。

「早く…早く…っ!」

そしてようやく立ち上がった時、ジュンキはもう片脚しか見えていなかった。

フルフルの白い皮膚の内側に、、ジュンキが装備している深紅のレウスシリーズが見て取れる。

「あっ!」

ここでチヅルは気付いた。ジュンキの深紅のレウスシリーズの色が見えるくらい、皮膚が薄いのだ―――フルフルの首は。

チヅルはインセクトオーダーを構える。

「ジュンキ、今助けるよ!」

チヅルはフルフル目掛けて飛び出した。そしてフルフルがジュンキの片脚を完全に飲み込むと同時に、チヅルはフルフルの首を一閃した。

フルフルのブヨブヨとした白い皮膚が斬り裂かれ、血が噴き出す。チヅルはその中に手を入れた。そしてジュンキの足首を掴む。

「あ…!」

しかし、フルフルの唾液か何かで滑ってしまい、ジュンキは胃袋の方へと落ちてしまった。

「うりゃああああ!」

ここでようやく回復したカズキがフルフルを突く。ユウキの銃声も聞こえ始めた。

「食らえやあああああ!」

カズキが押し込むと、フルフルの巨体が倒れた。つかさずチヅルがフルフルの腹を切り裂き、鼓動する臓器を斬りつけた―――。

 

「ジュンキ…っ!」

息絶えたフルフルの心臓から噴き出す真っ赤な血液を浴びながら、チヅルはフルフルの胃袋を剥ぎ取りナイフで割いた。

胃液がドボドボ流れ出てくるのも構わず中に両腕を入れ、ジュンキの身体を引き出す。

「ジュンキ!」

「生きてるか!」

ユウキとカズキも慌てて駆け寄る。

「…生きてるよ」

ジュンキは上半身を起こすと、レウスヘルムを取った。

「ジュンキーっ!」

「チヅル…わっ!」

突然、チヅルが正面からジュンキに抱きついた。ジュンキの顔がほんのりと赤くなる。

しかし、チヅルは泣いていた。

「よかった…死んじゃうかと思ったんだよ…」

ジュンキはこういう時にどうすれば良いのか分からず―――とりあえずそっと抱き返した。

やがてチヅルの嗚咽が収まっていくのを悟り、ジュンキはチヅルを開放した。

「さ、剥ぎ取って街に戻ろう?」

チヅルは涙を拭うと立ち上がり、改めて剥ぎ取りナイフを構えた。

 

 

「ふへ~。ジュンキってフルフルに食べられたことあるんだ…」

クレハの青い瞳が驚きに見開かれていた。

当のジュンキは複雑な表情で天井を見上げていたが、ショウヘイやユウキ、チヅルにカズキは懐かしむように笑っていた。

ここでクレハはあることに気付き、左隣に座っているチヅルの腕を突付く。そしてチヅルの耳元で囁いた。

「ちゃんとアピールしているみたいじゃない」

「え?」

「ジュンキと抱き合ったりしてさ」

触れてもいないのに熱気を感じるくらいに、チヅルの顔が赤くなった。

「ちょ…っ!クレハちゃん!あれは、その、ジュンキが生きててよかったな~っていう、ただそれだけで…!」

ここでチヅルは、とてつもなく大きな声を出していたことに気付いた。全員の目が自分に向けられている。

「チヅル…?」

ジュンキに心配されてしまい、チヅルの顔がさらに赤くなる。

「つ、次の話!ほら、ショウヘイが治って、ドンドルマに行っちゃった、あの話!」

チヅルはそう言うと、勝手に昔話の続きを始めてしまった。


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