沼地では、雨がしとしとと降っていた。地面はぬかるみ、足を取られる可能性が高い狩場だが、今回の狩猟対象であるフルフルは主に洞窟の中にいるため、地面のぬかるみよりも寒さ対策の方が重要だった。
「ホットドリンク、ちゃんと持ってきてるよね?」
「もちろん」
「あるぞ~」
「俺もある」
3人の返事を聞き、チヅルは頷く。
「さてと、一応パーティリーダーを決めておく?」
「そうだな。じゃ、ジュンキよろしく」
「…え?」
いきなりユウキに押し付けられて、ジュンキは反応が遅れる。
「そうだね。じゃあジュンキ、よろしく」
「俺も異議な~し」
「ちょ、ちょっと。もっとよく話し合おうよ」
チヅルとカズキにも薦められてしまい、ジュンキは困惑した。どうして即席のパーティで、いきなり全員一致で自分なのだろうか。
「だって俺はジュンキによく任せてたし」
とユウキ。
「ジュンキは仲間を大切にするみたいだから」
とチヅル。
「食事の配分、きちんとしてくれていたしな!」
とカズキ。
そこまで言われてしまうと、ジュンキは折れるしかなかった。
洞窟の入口でホットドリンクを全員が飲んだことを確認して、4人は中へと入っていった。
「うぅ…寒いぃ…」
吐く息が白くなる程に、洞窟の中は寒い。そのせいか誰も口をきかず、一列になって進んでいく。
「フルフルは全員初めてだったよね?」
先頭を歩くジュンキが、後ろを振り返って尋ねた。
チヅルとカズキは「戦ったことは一度もない」と答えた。ユウキは同じパーティだから、言わずもがなである。
「まあ分かってると思うけど、いきなり戦闘はしないで、しっかり様子を見てね。どんな動きをするか分からないし」
ジュンキは3人が何らかの意思表示をするのを見届けると、再び前を向いて歩き出す。
ふたつ目の洞窟に差し掛かったところで、先頭を歩いていたジュンキが歩みを止めた。
「…どうしたの?」
チヅルが尋ねると、ジュンキは音を立てないよう、静かに手招きした。ユウキ、チヅル、カズキが、ジュンキの隣に出てくる。
「うわ…何?あれ…」
白い塊が蠢(うごめ)いていた。翼が生えているところを見ると飛竜なのだろうが、鱗や甲殻といったものはなく、ヌメヌメした分厚そうな白い皮膚が身体を包んでいる。
「うえ~…」
チヅルが生理的嫌悪感を丸出しにする。
「頭…いや、顔が無いんだな…」
一方のカズキがは、冷静に相手の容姿を把握する。
この飛竜には、顔に相当する部分が無い。長い首の先には、いきなり口がある。
斬り落とされた首に直接口を付けたら、こうなるかもしれない。
「多分、これがフルフルだね…」
「だな…」
ジュンキの、元気が無い言葉に、ユウキが元気無く相槌を打つ。
「まずは様子見。散って」
ジュンキの言葉を合図に、4人は距離を置いてフルフルと対峙した。
フルフルはすぐにこちらの気配に気付き、鼻―――そんなものは見当たらないのだが―――をひくつかせている。
「ペイントボール!」
カズキの大声が洞窟に響いた後、独特の臭気が洞窟内に立ち込める。
フルフルは、ペイントボールを当てたカズキに向かって跳んだ。
「おっと…」
カズキは難なくそれを避ける。
「撃ってみるぞ~」
ユウキのクックアンガーが火を噴く。
するとフルフルは、ユウキに向かって跳ぶ。ユウキは軽く避ける。
「目が見えてないみたいだね」
「まあ目が無いからな」
「となると、閃光玉は効かないか…」
チヅルが近づいてきたので、ジュンキはフルフルに警戒しながら答える。
「攻撃してみるぞ~」
カズキはロングタスクを抜くと、フルフルに一刺し二刺し攻撃を加える。
フルフルは短い尻尾を振り回すが、カズキはロングタスクと一対の大きな盾でこれを防ぐ。
「いっくよ~!」
ここでチヅルがフルフルの腹の下に入り、双剣を振り回した。
「俺も一撃いくか…」
ジュンキはカズキとは反対側に回り、重い一撃を与えて離脱する。
「グオオッ!」
フルフルが呻(うめ)き声を上げると、突然全身が発光し始めた。
「…!」
チヅルは慌ててフルフルの足元から離脱し、カズキは盾を構える。
次の瞬間にはフルフルがバチバチと音を立てて光り輝き、薄暗い洞窟が青白い光に包まれた。
「な、何だ!?」
ユウキも驚きの声を上げる。
「うわあっ!」
この時カズキはフルフルの発する青白い光を盾で受けていた。
「何か…ビリビリするぞっ!」
「ビリビリ…?」
チヅルの頭に疑問符が浮かぶ。
しかし、ジュンキは聞いたことがあった。これは「電気」という、フルフル特有の攻撃だったはずだ。
「その光に触れるな!それはフルフルの攻撃だ!」
「了解っ!」
チヅルが元気に返事をすると、光の収まったフルフルに向かって駆け出した。ジュンキも後を追う。
「うりゃあああ!」
カズキが渾身の突きを入れた。フルフルが怯む。
「行くよ!鬼人化っ!」
チヅルは双剣の奥義、鬼人化を発動させてフルフルの足元で踊り始めた。
「らあああああ!」
ジュンキもフルフルに肉薄する。―――その時だった。
突然、フルフルが叫び声を上げたのだ。フルフルの近くにいたジュンキ、チヅル、カズキが、そしてフルフルから一番遠いユウキでさえ、思わず両耳を抑えてしまう程の大音量。
「ぐぅ…!」
「な、何だよ…っ!」
「…!」
この時、ジュンキはフルフルの口元へ、先程の青白い光が集まっていくのを見た。
フルフルの向いている方には―――耳を塞いで動けないユウキ。
「ユウキっ!」
ジュンキが叫んだのと、フルフルが電気のブレスを放ったのは同時だった。フルフルの放った電気のブレスは地面を這い、ユウキに肉薄する。
「ぐああああああああああッ!!!」
電気と呼ばれる青白い光がユウキを包むと、ユウキは全身を痙攣させながらその場に倒れた。直後、再びフルフルの身体が青白く光りだす。
「まずい…っ!」
気づいた時にはもう遅く、今度はジュンキ、チヅル、カズキが青白い光に包まれる。
「ぐあああああッ!」
「きゃあああああッ!」
「うがあああああッ!」
それぞれが悲鳴を上げて弾き飛ばされる。
一瞬にして、形勢が逆転してしまった。現在、立っているのはフルフルだけである。
「ぐっ…くそっ…!」
全身が痙攣を起こして言う事を聞かない中で、ジュンキは顔だけを持ち上げフルフルを見た。
するとフルフルはジュンキに向き直った。そして大きな口をグバッと開く。
「な…あ…あぁ…!」
全身から、嫌な汗がどっと噴き出す。まさかと思ったジュンキだが、そのまさかであった。
フルフルは、ジュンキに頭からかぶりついたのだ。
「あ…い…嫌あああああッ!!!」
チヅルが悲鳴を上げる。その間にも、フルフルはジュンキの身体を飲み込んでいく。
「動け…動けぇ…!」
先程の電撃攻撃から時間が経過し、チヅルの身体は徐々に麻痺が解けていく。
「早く…早く…っ!」
そしてようやく立ち上がった時、ジュンキはもう片脚しか見えていなかった。
フルフルの白い皮膚の内側に、、ジュンキが装備している深紅のレウスシリーズが見て取れる。
「あっ!」
ここでチヅルは気付いた。ジュンキの深紅のレウスシリーズの色が見えるくらい、皮膚が薄いのだ―――フルフルの首は。
チヅルはインセクトオーダーを構える。
「ジュンキ、今助けるよ!」
チヅルはフルフル目掛けて飛び出した。そしてフルフルがジュンキの片脚を完全に飲み込むと同時に、チヅルはフルフルの首を一閃した。
フルフルのブヨブヨとした白い皮膚が斬り裂かれ、血が噴き出す。チヅルはその中に手を入れた。そしてジュンキの足首を掴む。
「あ…!」
しかし、フルフルの唾液か何かで滑ってしまい、ジュンキは胃袋の方へと落ちてしまった。
「うりゃああああ!」
ここでようやく回復したカズキがフルフルを突く。ユウキの銃声も聞こえ始めた。
「食らえやあああああ!」
カズキが押し込むと、フルフルの巨体が倒れた。つかさずチヅルがフルフルの腹を切り裂き、鼓動する臓器を斬りつけた―――。
「ジュンキ…っ!」
息絶えたフルフルの心臓から噴き出す真っ赤な血液を浴びながら、チヅルはフルフルの胃袋を剥ぎ取りナイフで割いた。
胃液がドボドボ流れ出てくるのも構わず中に両腕を入れ、ジュンキの身体を引き出す。
「ジュンキ!」
「生きてるか!」
ユウキとカズキも慌てて駆け寄る。
「…生きてるよ」
ジュンキは上半身を起こすと、レウスヘルムを取った。
「ジュンキーっ!」
「チヅル…わっ!」
突然、チヅルが正面からジュンキに抱きついた。ジュンキの顔がほんのりと赤くなる。
しかし、チヅルは泣いていた。
「よかった…死んじゃうかと思ったんだよ…」
ジュンキはこういう時にどうすれば良いのか分からず―――とりあえずそっと抱き返した。
やがてチヅルの嗚咽が収まっていくのを悟り、ジュンキはチヅルを開放した。
「さ、剥ぎ取って街に戻ろう?」
チヅルは涙を拭うと立ち上がり、改めて剥ぎ取りナイフを構えた。
※
「ふへ~。ジュンキってフルフルに食べられたことあるんだ…」
クレハの青い瞳が驚きに見開かれていた。
当のジュンキは複雑な表情で天井を見上げていたが、ショウヘイやユウキ、チヅルにカズキは懐かしむように笑っていた。
ここでクレハはあることに気付き、左隣に座っているチヅルの腕を突付く。そしてチヅルの耳元で囁いた。
「ちゃんとアピールしているみたいじゃない」
「え?」
「ジュンキと抱き合ったりしてさ」
触れてもいないのに熱気を感じるくらいに、チヅルの顔が赤くなった。
「ちょ…っ!クレハちゃん!あれは、その、ジュンキが生きててよかったな~っていう、ただそれだけで…!」
ここでチヅルは、とてつもなく大きな声を出していたことに気付いた。全員の目が自分に向けられている。
「チヅル…?」
ジュンキに心配されてしまい、チヅルの顔がさらに赤くなる。
「つ、次の話!ほら、ショウヘイが治って、ドンドルマに行っちゃった、あの話!」
チヅルはそう言うと、勝手に昔話の続きを始めてしまった。