「ん…?」
窓から差す朝の太陽に目を覚まし、ゆっくりと身体を起こした。枕元の窓から見えるミナガルデの空は、今日もよく晴れている。
「…夢か」
視線を窓の外から部屋の中へ戻すと、さらさらとした茶色の髪をポリポリと掻く。
「あれは16歳の時か…。もう2年経つのか…」
一人呟き、インナーの上から胸を軽く撫でる。そこには2年前に付けられた、大きな傷痕がある。
「あいつ…まだ生きているのかな…」
物思いに耽っていると、この部屋のドアがノックされた。
「はい…?」
「先に行ってるぞ~」
返事をすると、元気な声がドアの向こうから返ってくる。既に準備を終えているらしい。
「先に行く、か…。俺も行くかな」
そう呟くと、名残惜しいがベッドから降りる。部屋の隅に置かれた大きなアイテムボックスを開き、リオレウスの鱗や甲殻、マカライト鉱石から作られた防具、レウスシリーズを着込む。そして同じく、リオレウスの爪やマカライト鉱石から作られた大剣アッパーブレイズを背負えば準備完了だ。
「急がないと、先に食べられるな…」
アイテムボックスの蓋を閉じ、壁に掛けておいた黒色バンダナを取ると茶色の髪をまとめる。そして床に置いておいたレウスヘルムを左手に取ると、自室を後にした。
「ん~!」
外に出ると、思わず伸びをした。眩しい朝日が青色の瞳とレウスシリーズを焼く。
街の活気を横目に、街のハンターが集まる酒場を目指す。そこはハンターへの依頼が入り、食事も提供してくれる、ハンターのための施設だ。
その酒場の中は朝からまずまずの込み具合だ。いつもの2人を探すが、並べられた長机のひとつに座っているのをすぐに見つけ、歩み寄る。
「おはよう」
挨拶をしながら空いている席に座る。
「おはよう、ジュンキ」
「ようやく起きたか」
最初に返事をした彼女の名前はチヅル。武器は双剣の「インセクトオーダー改」で、防具はクックシリーズ。頭装備はピアスだ。
ジュンキと同じ茶色の髪に、真っ黒な瞳をしている。
次に返事をした彼はユウキ。武器はライトボウガンの「クロオビボウガン」で、防具はフルフルシリーズ。
さらさらで綺麗な銀色の髪に水色の瞳が特徴的だ。
「早速だけど、次の狩りはどうする?」
「う~ん、そうだね…」
ジュンキが2人に問うと、チズルは目線を天井へ向けて考え始める。すると、3人が座っている長テーブルの横にひとりの女性が立ち止まった。
「あなた達、暇ならちょっといい?」
声を掛けられ、ジュンキ達は振り向く。そこに立っていたのは顔見知りの給仕だった。
「べッキー?何の用事?」
チヅルがベッキーと呼んだ彼女は、この酒場で働いている職員だ。その仕事はお客から注文を取ったり、ハンターズギルドに入ってくる依頼をハンター達へ紹介したりと多岐に渡り、この酒場を利用するなら知らない者はいない。
「今朝、珍しい依頼が入ったのよ。どう?」
「どんな依頼だ?」
ユウキが尋ねると、ベッキーは微笑みながら口を開いた。
「リオレウスなのよ」
一瞬の間が空いた後、ユウキは分かりやすく溜め息を吐いた。
「リオレウス?もう何度も狩ってるぞ」
そう言い、テーブルに両腕を投げ出す。飽きているという意思表示だ。
「別に珍しい依頼じゃないと思うけど…。ねえ、ジュンキ」
チヅルも乗る気ではなかったので、賛同を得ようとジュンキへ目線を向ける。
そのジュンキはチヅルの予想に反し、難しい顔をしていた。
「あいつ、なのかな…」
「…あいつ?」
漏れてしまった言葉がチヅルに聞かれ、ジュンキは「はっ」と顔を上げた。その顔は少し赤くなっており、居心地悪そうに笑う。
「いや、何でもないよ…」
「ジュンキ~、まだ探してるのかぁ~?」
ユウキがニヤニヤしながら口を挟むが、チヅルやベッキーは何のことかサッパリ分からない。
ユウキは2人に教えようと口を開いたが、ジュンキが「俺から話す!」と声を荒らげたのだった。
「16の時…だったかな。初めてリオレウスと戦ったんだ」
ジュンキは記憶を辿りながら話す。ユウキは未だに笑っているが、チヅルとベッキーは真剣に聞いていた。
「結局負けて死にそうになったけど、そのリオレウスは何故か俺を殺さなかったんだ。その時は俺もまだまだ子供で…悔しくて…つい言ったんだ…」
「覚えていろよ!次に会った時こそ、お前を殺してやるからな!」
「…ってさ」
説明を終えて落していた顔を上げると、チヅルが笑いを堪えているのが見えた。その肩は目に見えて震えている。
「…チヅル?」
「ん…ごめんごめん」
チヅルは申し訳無さそうに謝ったが、その目はまだ笑っていた。
「そのリオレウスに伝わっているといいね」
チヅルの言葉に、ジュンキは急に恥ずかしくなってしまった。自分の顔が熱い。
「うるさいなっ…!」
「あら、残念」
ジュンキとチヅルの会話を打ち切るようにベッキーが声を上げる。その声は全く残念そうでは無いが、ジュンキ達は耳を傾けた。
「今回の依頼はリオレウスでも、その亜種よ」
「亜種と言えば…」
「リオレウスの亜種。蒼火竜リオソウルよ」
ユウキの言葉を遮る形でベッキーが名前を出すと、ジュンキとチヅルの目の色が変わった。
「亜種か。確かに珍しいな」
「亜種の依頼は少ないからね」
「これは面白くなってきた!」
チヅルとユウキの反応が良く、またジュンキ自身も乗り気だった。
「じゃあその依頼、よろしく」
ジュンキは承諾の意志を示し、ベッキーは微笑む。
「毎度。出発は今日中にお願いね」
ベッキーはそれだけ言い残し、彼女の定位置であるカウンターへと戻っていった。
「…リオレウスといえばさ」
チヅルの声に、ジュンキとユウキがチヅルの方を向く。
「ジュンキ、あれから大丈夫なの?」
「ああ、今のところは大丈夫」
チヅルが心配してくれているのは、以前3人でリオレウスを狩りに行った時のことである。
リオレウスを狩猟する最中、その血液を浴びたジュンキが突然発作のような症状を起こし、その場で意識を失ったのだ。
「大丈夫って…。これまで何回も起きているでしょ?それもリオレウスの時だけ…」
チヅルの不安げな言葉に、ジュンキは思わず目線を外してしまった。チヅルの心配はもっともで、ジュンキが発作を起こすのは決まってリオレウスと戦った時なのだ。
過去に一度、亜種であるリオソウルの狩りへ出た時は何も起こらなかったが、今回も無事である保証は無い。
ジュンキが言葉を返せないでいると、隣に座っていたユウキがジュンキの背中を勢いよく叩いた。乾いた金属音が朝の酒場に響く。
「ッ!」
「大丈夫!俺達3人がいれば、何が起きても心配無いって!」
ユウキの喝に、ジュンキとチヅルの表情が明るくなる。
「朝から景気の良い音を聞かせて貰ったわ」
酒場のメニューを持って戻ってきたベッキーが、チヅルへ差し出しながら言った。
「さ、早く食べよう?」
チヅルはそう言いつつメニューを受け取り、ベッキーへ朝食を注文した。
「リオソウルか…」
ジュンキは自分の部屋に戻ると、狩りの準備を始めた。
相手は飛竜。真正面から馬鹿正直に武器一つで挑んで勝てる相手ではない。事前の準備は重要だ。
アイテムボックスを開き、回復薬や解毒薬、閃光玉などを腰防具のアイテムポーチに詰めていく。
みんなを待たせる訳にはいかないので、アイテムボックスの蓋を閉じると、急いで酒場へ向かった。
酒場に入ると、まだユウキが来ていなかった。
「ジュンキは2番目だね」
「ユウキは?」
「弾の選定中かな?ユウキはガンナーだからさ」
その時、チヅルの言葉に合わせたようにユウキがドカドカと音を立てて酒場に入ってきた。
「悪い、待ったか?」
「お~そ~い~!」
こうして、ジュンキとチヅルとユウキはミナガルデの街を出発した。
今回の狩り場は「森と丘」と呼ばれる場所だ。人間に飼い慣らされた草食竜アプトノスが引く竜車で、街から数日で行ける距離である。