「で、どうして俺まで?」
ジャンボ村から日帰りできる距離に、その狩り場はあった。熱帯特有の植物が生い茂る大地の中、湖に流れ込む大河が途切れた滝が削った場所に、ベースキャンプはあった。足を踏み入れたのはレンヤとレイナ、カズキとフェンスだった。
ベースキャンプに到着しての第一声、それはフェンスの愚痴だ。
「折角の機会なんだし、先輩を手伝えよ」
カズキの笑顔に、フェンスは「はぁ…」と小さくため息を吐く。
「フェンスさんの先輩がカズキさんですか?」
「まあ、先輩になるかな」
レンヤの問い掛けに、フェンスは両腕を組みながらも答えてくれた。そのまま、フェンスは昔の話を続ける。
「狩りの先輩は、言ってしまえば大勢いる。ショウヘイに、ユウキ。もちろん、ジュンキさんとクレハさんも。あと、リヴァルにリサさんとか…」
「リサさん…?」
レイナが首を傾げると、フェンスは思い出すように顔を空へと向けた。
「リサさんも、ジュンキさんとクレハさんの仲間だ。リヴァルの妹でもある。」
「その人は、今何処にいるんですか?」
「恐らく、リヴァルと一緒だろう。仲が良い兄妹だからな…」
レンヤの問いに答えたフェンスは、カズキが右腕を上げて大きく横に振っていることに気が付き、歩き出した。レンヤとレイナも後に続く。
「カズキ、どうした?」
「準備が出来たぜ。そろそろ出発しよう」
カズキはそう言うと、地面に置かれていた「レイジングテンペスト」を持ち上げた。
「ババコンガは、どの様なモンスターなのですか?」
レイナは頭の上のリアが丁度良い場所に収まるよう調整しながら、前を歩くカズキとフェンスに聞いた。
「見た目は猿だ。性格は温和な方だが、怒らせると凶暴になる。体格は俺より少し大きいくらいだな」
「体色は桃色。鋭い爪を持ち、俊敏な動きでこちらを翻弄してくるんだ」
2人の説明にしっかりと耳を傾け、頷いて返事を返すレイナ。その時、隣のレンヤが「あっ…!」と声を上げ、全員が歩みを止めた。
「どうした?」
「何か見つけたのか?」
カズキとフェンスの言葉に、レンヤは茂みを指差した。全員の目線が集中する。
その茂みはガサガサと動き、一瞬の間を置いて、一匹の獣が飛び出した。
その獣は地面を駆けながら一直線に突っ込んで来たものの、その攻撃はカズキの装備する「レイジングテンペスト」の盾によって防がれた。
レンヤとフェンスはその場で構え、レイナは下がって距離を取る。
「出やがったな、ババコンガ…!」
カズキは素早く2歩下がり、槍を突き出す。そのまま刺されば楽なのだが、ババコンガは身軽に避けてしまった。
「ペイントっ!」
つかさずレンヤがペイントボールを投げる。ペイントボールの色はババコンガと同じ桃色なので見た目の変化は乏しいものの、強烈な臭いが居場所を知らせる。
「はああっ!」
レンヤは背中の大剣「ボーンブレイド改」に手を伸ばし、ババコンガ目掛けて振り下ろす。しかし、ババコンガは背後へ跳躍し、これを回避する。
「まだまだっ!」
レンヤは続けて横薙ぎに振るうも、ババコンガも続けて後方へと下がる。
「くそっ…!」
「大剣は重たい分、小回りが利かない」
レンヤが大剣の先端を地面に落とすと同時に、フェンスがその横を駆け抜けた。背中の太刀を抜き、ババコンガへ肉薄する。
「でも、太刀なら逃さないっ!」
フェンスは大上段から振り下ろしたが、ババコンガは横へと回避した。
「遅いっ!」
しかし、フェンスは太刀を持ち直すと素早く横へ振り抜いた。
風切り音と共にババコンガから鮮血が流れ出し、傷口を雷撃が襲う。
フェンスは深追いせず、一度レンヤのところまで戻った。
「で、電気…?」
「電気を得意とするモンスターの素材から作られているからな。銘を鬼神斬破刀という」
フェンスの説明にポカンとしていたレンヤは、背後から真横を抜けていった矢にハッとなった。振り向くと、レイナが「ハンターボウⅡ」を構えている。
(感心している場合じゃない…!)
レンヤは「ボーンブレイド改」を持ち直すと、フェンスと合流すべく駆け出した。
ババコンガはフェンスとカズキに前後を取られていた。そこへレンヤが入り、ババコンガは右手の方から包囲網を脱しようと動く。
そこへレイナの牽制が入り、ババコンガは四面楚歌となった。
「行くぜぇ…!」
カズキが槍を構えて突進し、フェンスが太刀を構えたまま走り出す。レンヤも背中の「ボーンブレイド改」へ手を伸ばし、いつでも抜刀出来る状態を維持したままババコンガへと迫る。
このままババコンガは槍に貫かれ、太刀と大剣に斬られる。レンヤが疑いもなく思っていたその時、突然目の前のカズキとフェンスが急転換してババコンガから距離を取った。
「えっ!?」
あまりに突然な動きだったので、レンヤはどうしていいか分からなくなってしまった。右脚を一歩分だけ動かせたものの、再び硬直してしまう。
「レンヤ!離れろ!」
カズキの声が聞こえたと当時に、ババコンガは強烈な臭いを発するガスを尻から放出させた。それは俗に言う「おなら」だったが、ババコンガのそれは常軌を逸していた。茶色の、人間の目で認識できる空間が膨張し、レンヤを包み込む。
「お兄ちゃん…!」
レイナの叫び声を余所に、ババコンガは満足そうな笑みを浮かべて去って行った。
「あちゃ~…。説明しておけば良かったなぁ…」
カズキは頭を掻きつつ、レンヤに歩み寄る。ババコンガの「おなら」は風によってすぐに薄まったが、倒れていたレンヤの顔は真っ青だった。
「大丈夫?お兄ちゃん…」
駆け寄ったレイナに抱かれ、頭を膝の上に置いたレンヤは、ひきつった笑顔で「ぶ…無事だ…」とだけ言い、その直後に飛び上がって茂みの中へ隠れると、胃の中身を吐き下したのだった。