狩りから帰って手続きを済ませると、家に帰れると思いきや村を上げての宴会が昼間から行われ、ようやく自宅に戻って簡単に体を洗った後にベッドにダイブした時は確か夕方だったはずだが、目を覚ましたら気持ちのいい朝日が差していた。
「う~ん…」
「ジュンキ、起きてるか?」
家の外から聞こえた声に玄関へ目を向けると、そこには私服姿のユウキがいた。
「起きてるみたいだな。朝食の前に、村長のところへ行くぞ」
「ん…分かった…」
眠たい身体を起こして簡単な服を着ると、ジュンキは自宅を出た。
外ではユウキが待っていてくれた。
「よし、じゃあ行こう」
そう言って、ユウキは歩き出した。
村長の所では、既にショウヘイが待っていた。ジュンキとユウキの登場に、軽く右手を挙げてくる。
「揃ったようじゃの」
ジュンキ達3人は村長の前に並んだ。こんなに嬉しそうな村長の顔を見るのは久しぶりである。
「さて、まずは報酬金じゃな」
そう言い、村長は報酬金の入った革袋を3人に渡した。流石はリオレウス狩猟依頼の報酬金。結構重い。
「あと、報酬素材はこれじゃ」
村長が、自分の後ろに積み上げられた簡素な木箱を、持っている杖で叩く。
「うわあ…!」
木箱の中には、昨日まで戦っていたリオレウスの素材が入っていた。
鱗。甲殻。翼膜。爪。取り扱いが難しいが火炎袋。
3分割されていても結構な量だ。1人一箱ずつ受け取る。
「さて、最後にこの老いぼれの言葉を聞いておくれ。おヌシ達は天空の王者リオレウスを捕獲した。もう儂から教えられる事はない。ハンターの街…ミナガルデへ行くがよい」
「いいのですか?この村からハンターが3人も減ってしまって」
ショウヘイがつかさず質問する。
ハンターの居なくなった村はモンスターに襲われる可能性が高くなってしまうからだ。
しかし、村長は笑って頷いた。
「大丈夫じゃ。この村のハンターは、おヌシ達だけではないことは知っておろう?…話は以上じゃ。今はゆっくり、休むとええ」
村長に一度頭を下げて、ジュンキ達は帰路に着いた。
「ハンターの街、ミナガルデか…。俺は行ったことないけど、2人はある?」
朝食を村の集会場で終えて、村の武具工房の前を通過する辺りで、ジュンキはショウヘイとユウキに声を掛けたが、返事が無かった。
歩みを止めて振り返ると、ショウヘイとユウキがニコニコと不気味な笑みを浮かべて歩みを止めていた。
「…?」
ジュンキの頭の上に、疑問符が浮かぶ。
「ジュンキ、誕生日、おめでとう」
「え?…あっ!」
ショウヘイに言われて今気がついた。今日は、自分の17歳の誕生日であることに。
「プレゼントも、しっかり用意してあるんだぜ~」
ユウキはわざとらしく身体をクネクネさせている。
「…これだよ」
ショウヘイの声に合わせて2人が差し出したもの。それは、つい先程村長から受け取ったリオレウスの素材が入った木箱だった。
「えっ…もしかして、これ全部!?…悪いよそんなの。これは2人の大切な素材じゃないか」
ジュンキは受け取れないと意思表示したが、ショウヘイとユウキの笑顔は消えない。
「ジュンキの、捕獲して眠ったリオレウスを抱いていた姿を見て思ったんだ。これは、今はジュンキに渡すべきだろうって」
「そんで、作ってこいよ。リオレウスの装備」
ショウヘイとユウキはそう言って、目の前にある、この村唯一の武具工房を指差した。
「ただし!そろそろ俺も装備の強化をしたいかな~って思ってるんだけど?」
「同じく、だな」
「ははは…」
なるほど、とジュンキは理解する。
今はリオレウスの素材を渡してくれるが、後々別の形で何らかの素材を提供して貰うという魂胆らしい。
「ま、リオレウスぐらいの防具なら、ジュンキの怪我も少しは減るんじゃないか?」
ユウキの一言に、ジュンキの顔が歪む。
「ま、さっさと行こうぜ」
ユウキに引っ張られる形で、ジュンキは武具工房へと入っていった。
「どうですか?素材、足りそうですか?」
真剣な眼差しでリオレウスの素材を数える武具職人を見て、ジュンキは思わず心配になってしまい、声を掛けた。
「…うむ。ぎりぎり足りておる」
ジュンキはその言葉を聞いて胸を撫で下ろす。
「お代は武器と防具を合わせてこれくらいだが…」
「…!」
高い。とてつもなく高い。
「…お願いします」
ジュンキがそう言うと、武具職人はカッカッカッと高笑いした。
「おっし、任しとけ!まずは寸法を測るから、奥に入ってくれ」
「俺達は外で待ってるからな」
ユウキはそう言い残し、ショウヘイと共に武具工房を後にした。
「しかし何だ。初めて見たときはなんて小さなハンターかと思ったが…もうリオレウスにまで手を出すとはな」
身体の寸法を測りながら、武具職人はそう話し掛けてきた。
「俺だけの力じゃないですよ。あの2人がいるから、リオレウスに勝てたんです」
「そうかそうか…はっはっはっ」
武具職人は明日の朝には何とか間に合わせると言い、今日はジュンキを帰したのだった。
翌朝、武具工房の中にはインナー姿のジュンキ。ショウヘイ。ユウキがいた。
「それじゃあ、少し待っててね」
ジュンキはそう言うと、目の前の簡単な更衣室へと入り、出入口のカーテンを閉めた。
中では武具職人が待っていて、その前には白い布が掛けられている大きな木箱と、同じく白い布で包まれた大剣があった。
「おう。さっそく開けてくれや」
ジュンキは無言でしっかり頷き、大きな木箱に掛けられた白い布を取り外した。
「うわ…!」
ジュンキの青い瞳が見開く。中にあったのは深紅の、攻撃的な印象を受けるリオレウスの防具一式。通称レウスシリーズが綺麗に入っていた。
「き…着てもいいですか…?」
ジュンキが震えた声で言うと、武具職人は高笑いした。
「何を言っておるんや。これはお前さんの物やぞ」
ジュンキはまずレウスグリーヴを取り出し、脚を通してから腰、膝の裏、踵のベルトでしっかりと固定する。その上からリオレウスの甲殻を丸々使ったレウスフォールドを腰に固定し、腿とベルトで固定する。
「う…結構重たい…」
「全防具の中でも、レウスシリーズは軽い方だぞ」
ジュンキが思わず文句のひとつを言ってしまうと、武具職人からは呆れた声が漏れた。
次にレウスメイルに胴体を通し、一対のレウスアームをレウスメイルと固定してから前腕のベルトで調整する。
「重い…」
「まあ、すぐに慣れる慣れる」
最後にレウスヘルムを被ろうとして、ジュンキの動きが止まった。
「どうしたんでぃ…何か不具合でもあったか?」
「ううん、そうじゃなくて…。何か、布切れないですか?」
「ん?まあこれくらいならあるが…?」
そう言って、近くの棚から黒い正方形の布を取り出した。ジュンキはそれを受け取り、髪を纏める。レウスヘルムは完全に頭を覆うタイプなので、髪が邪魔になるのではとジュンキは思ったのだ。そしてレウスヘルムを被る。
そして次に、白い布に包まれた大剣を手に取り、布を取り払った。
「…」
思わず声を失った。今まで鉄鉱石やマカライト鉱石で作られていた大剣ブレイズブレイドは、リオレウスの素材が追加されたことによって深紅に彩られていた。
大剣の名前はアッパーブレイズ。これを背中に固定する。
「どうだい?おかしなところとか無いか?」
「ええ、大丈夫です」
ジュンキはレウスヘルムの面頬を上げながら言うと、更衣室のカーテンを開けた。目の前にいたショウヘイとユウキの目が、驚きに見開く。
ヒュウ―――とユウキの口笛。
「…どうかな?」
「似合ってる似合ってる!」
ユウキは大絶賛。ショウヘイは笑って頷いた。
「おっし、このままミナガルデの街まで一気に行こう!」
ユウキの提案に、ジュンキとショウヘイは力強く頷いた。
「…」
「うわ…」
「でっけ~…」
今まで見たことのないハンターの数。大きな建物。リオレウスの捕獲から五日後、三人はシュレイド地方最大のハンターの街、ミナガルデに到着していた。
今までに見たことのない光景に、ただ立ち尽くすばかりである。
この街は急な斜面の岩肌に造られており、右を見れば岩山だが、左を見れば広大な森と青空が広がっている。
「…とにかく、酒場に行こう」
そう言ってショウヘイが歩き出したので、ジュンキとユウキは慌ててショウヘイを追いかける。
「え~っと、確かこの、村長が書いてくれた紹介状を酒場で提出すればいいんだよね」
ジュンキがそう言って、先日新調したばかりのレウスフォールドのアイテムポーチから三人分の羊皮紙を取り出す。ココット村を出るときに村長が書いてくれたものだ。
今までの狩りの成績が載っていて、これを提出すれば、それ相応の対応をしてくれるらしい。
「酒場、酒場、酒場…。ここだな」
街の広場の岩肌にポッカリと開いた穴。出入口には、酒場を示しているのだろう、酒瓶の形をした看板が掲げられている。
「うっ…!」
「どうした?ユウキ」
いきなりユウキが入り口で立ち止まった。
「…酒臭い」
「酒場だからな。すぐに慣れるさ」
そういってショウヘイが先に入っていく。ジュンキも後を追い、ユウキはわざとらしく鼻をつまんで入っていった。
酒場の中は薄暗く、そして狭かった。村の集会場と同じような長テーブルには大小様々なハンター達が座り、ビールを飲んだり大声で笑ったりしている。
こんな雰囲気に、三人は圧倒されてしまった。
「…あ」
幸い、カウンターと思わしきところで手を振っている受付嬢が目に入ったので、とりあえずそこに向かった。
「いらっしゃい。街は初めてかしら?私はベッキー。この酒場の給仕長をしているからよろしくね。ご用件は何かしら?ハンター登録?」
「あの、これをお願いします」
ジュンキが紹介状を提出すると、ベッキーと名乗ったこの女性は目を通し、それ相応のハンターランク―――と言っても三人とも同じだったが―――を発行した。
これで、ジュンキ達3人は正式に、この街のハンターになった。
「宿泊はゲストハウスを使ってね。それじゃあ、何か狩りに行くときは私に話し掛けてね」
ゲストハウスというのは言わばハンターの家だ。自分のハンターとしての技量を表すハンターランクによって入れる部屋のランクが決まる、そういうシステムになっているらしい。
今日はそれぞれの部屋に引き上げ、明日の朝に酒場で集合することにした。
明日から街での狩猟生活が始まる。そう思うと、ジュンキ達3人の心中は期待と不安に満たされていた。
※
「まだ、チヅルちゃんとカズキが出てこないね」
「チヅルとカズキに出会うのは、この後。更に半年後さ」
クレハの疑問に、ショウヘイが答える。
「ショウヘイが怪我をした狩りも、丁度半年後だったよな?」
ジュンキの言葉に、ユウキが頷く。
「それなら、ショウヘイが怪我をした狩りの話からした方がいいな」
ユウキがショウヘイの顔を覗きながら言ったが、ショウヘイの顔には珍しく恥ずかしさが浮かんでいた。
「いいよな、ショウヘイ?」
「…ああ。事実だから仕方ない。変な話にならないよう、口を挟むからな」
ショウヘイの諦めた感漂う返事にユウキは笑顔で答えると、話を続けた。