「おーい、ドスガレオスが来たぞー」
ユウキの声を聞くと、レンヤとレイナはすぐに立ち上がった。その姿を見て、ユウキは「小さくてもハンターだな…」と思う。
「レイナ、リアはどうするんだ?」
レンヤの言葉に、レイナは口を開きかけたが言葉を発さず、考えるように目線を横にずらした。そしてすぐに決断する。
「…リアちゃんは、この水場に残していく」
レイナの言葉を聞いて、レンヤは頷いた。レイナは頭の上のリアへと手を伸ばし、木陰に下ろす。
「リアちゃん、ここで待っていてね」
「キュイ…?」
リアは首を傾げたが、レイナは構わず駆け出した。
レンヤも駆け出す前にリアの姿を確認し、ショウヘイとの合流を急ぐ。遠くに見えるショウヘイは、既に太刀を抜いて構えていた。
「ショウヘイさん―――!」
レンヤが声を出したその時、ショウヘイの目前からガレオスが飛び出した。その色はこげ茶で、体長も他のガレオスより一回りも二回りも大きかった。
「これが、ドスガレオス…!」
レンヤは止まりかける脚に気合を入れて駆け出す。ショウヘイまであと少しというところで、ドスガレオスが大きな口を開いてショウヘイに噛み付かんとした。それをショウヘイは紙一重で回避し、その勢いでドスガレオスの側面を斬りつける。
真っ赤な血液が砂の大地を赤に染めた。
「ショウヘイさん!」
レンヤが背後からショウヘイに声を掛けた。するとショウヘイは下がり、レンヤの横に並ぶ。
「無理はするな。それ以外は好きに動いてみろ」
「はいっ…!」
レンヤは出来る限り大きな声を出して返事し、ドスガレオスの背後へ回ろうと動く。この時、レイナやユウキの射線に入らないよう、外回りで動いた。するとすぐにレイナの矢とユウキの弾が飛んでくる。
「たあっ!」
レンヤは取り敢えず大剣「ボーンブレイド改」をドスガレオスの脇腹へと振り下ろす。真っ赤な血液が流れ出るが、斬った時の感触に手応えを感じない。
(他の場所を…!)
レンヤは次の狙いを尻尾と定め、3歩進んで大剣を振り下ろした。しかし、刃が届く直前にドスガレオスの尻尾は遠ざかってしまう。
「あっ…!」
レンヤの大剣は宙を斬り、砂の大地へ突き刺さった。横目でドスガレオスを見ると、そこにはのっぺりとした顔があった。どうやらドスガレオスは身体ごと回転したらしい。ドスガレオスは更に回転を続ける。顔が遠ざかり、代わりに尻尾が高速でレンヤに迫る。
「…っ!」
地面に刺さった大剣に気を取られたレンヤは尻尾の接近に気付くのが遅れてしまった。吹き飛ばされることを覚悟し、歯を食い縛る。
その時、突然膝の力が抜け、レンヤは背中から砂の大地へ転んでしまった。その上をドスガレオスの尻尾が高速で通過する。
「悪いな」
「…!?」
声が聞こえた方を見ると、そこには脚を伸ばしたショウヘイがいた。どうやらレンヤの膝裏に蹴りを入れ、強引に転ばせたらしい。
「い、いえ…!ありがとうございます…!」
レンヤは起き上がると、すぐに大剣を砂の大地から抜いた。そしてドスガレオスへ斬りかかるが、ドスガレオスは両脚を揃えて飛び上がり、砂の海へと潜ってしまった。
「くそっ…!」
レンヤは大剣を背中へと戻し、ドスガレオスを追い駆ける。しかし、ドスガレオスが砂の中を泳ぐ速度は速く、レンヤとの距離は徐々に開いてしまう。
レイナの声が聞こえたのはその時だった。
「お兄ちゃん!止まって!」
「えっ…!?」
レイナの言葉通り、レンヤは脚を止めた。すると、レイナの横でボウガンを構えていたユウキが引き金を引いた。
軽い音が響き、弾丸が発射される。それはドスガレオスの背ヒレに当たり、時間差で爆発した。
ドスガレオスは砂の中から飛び上がり、そのまま地面へ墜落。暴れた。
「す、すげえ…」
レンヤがユウキの腕前に呆けていると、背後から歩いてきたショウヘイに肩を叩かれた。
「行くぞ」
「あ…はい…」
ショウヘイが駆け足になる。レンヤからすればジョギングのような足取りのショウヘイだが、レンヤはどんなに急いでもショウヘイに追いつけない。
14歳と35歳の体格では歩幅も何も違う為、比較しても意味はないことくらいレンヤでも分かる。
しかし、ショウヘイやユウキのハンターとして、いや人間としての能力は、レンヤがこれまで見てきた全ての大人達よりも圧倒的に優れていた。
(父さんと母さんは、ショウヘイさんやユウキさんと同じくらい強いハンターだったのかな…)
一流のハンターというものを見せつけられ、レンヤは驚きを超えて恐縮してしまっていた。
(すごい…。動いている、あんな小さな的を当てるなんて…)
ドスガレオスの背ビレを打ち抜き、満足そうに弾を交換するユウキを見て、レイナは弓を構えたまま、ただ驚いていた。
「すごいです、ユウキさん。あんなに小さい、しかも動いているドスガレオスの背ビレを打ち抜くなんて…」
レイナはそう言い、矢を放つ。それはドスガレオスの胴体に突き刺さった。
レイナは次の矢を矢筒から抜き、弓に矢をつがえる。
「ん?そうか?まあ20年近くハンターを続けているからなぁ」
ユウキはスコープを覗きながら返事を返した。
「20年…。私も続けていれば、いつかユウキさんみたいになれますか…?」
レイナが矢を放つ。その矢はドスガレオスの手前で落ち、砂の大地へ刺さった。
「断言は出来ないが、今よりは上手くなるはずさ」
ユウキが弾を撃つ。その弾はドスガレオスの首元に当たり、時間差で爆発した。
この時、レンヤはドスガレオスの足元で大剣を振り回し、ショウヘイは背中で太刀を振るっていた為、2人に影響は無い。
(私も、頑張らなきゃ…!)
レイナが弓を構える。その時だった。
「ピギュアアアアアアッ!」
水場で休んでいるはずのリアが大きな声で鳴いたのだ。
レイナは反射的に振り向く。そこには木陰でうずくまるリアと、それに群がるゲネポスだった。
「リアちゃん!」
「待て!」
レイナは弓を放り出し、駆け寄ろうとする。それをユウキは呼び止めた。
「どうして…!」
「狙い撃つからさ」
ユウキはドスガレオスの方へ向けていたボウガンを、リアとゲネポスがいる水場の方へと向けた。
弾を入れ替えるとすぐにスコープを覗き、一発射出する。
レイナが目線をユウキからリアの方へ移すと、1匹のゲネポスの頭部が弾け飛んだところだった。ゲネポス達はリアへの興味を失い、周囲を警戒しはじめる。そこへ、ユウキが更に一発撃つ。ゲネポスが倒れる。突然の敵襲に驚いたゲネポス達は、一目散にその場を去って行った。
その様子を食い入るように見ていたレイナはハッと我に戻り、ユウキに向かって頭を下げた。
「あ、ありがとうございます…!」
「いいっていいって。それより、早く行ってあげた方がいいんじゃないか?」
「は、はいっ!」
レイナは再び頭を下げると、リアのところへ駆けていった。
「…やれやれ、だな。そっちはどうだ?」
背中に近寄る気配を感じ、ユウキはレイナの方を見たまま尋ねた。
「逃げた」
返事と同時にショウヘイが並ぶ。
「逃がした、だろう?」
「…」
ユウキが苦笑いしながら問うと、ショウヘイは頬を少しだけ緩ませたものの答えなかった。
「ハンターは狩る対象を出来る限り早く狩るべきだ。苦しみを長引かせるのは良くないからな」
「…ドスガレオスには悪いが、2人の成長の為だ」
ショウヘイの言葉に、ユウキは「やれやれ…」と呆れたように両手を上げた。
その後、ドスガレオスは休んでいた岩場で狩ることができた。
ショウヘイやユウキとしては出来る限り長引かせて2人の力を付けさせたかったが、初めての砂漠地帯で長時間の狩りは危険だと判断した結果だった。