太陽はまだ高い午後。対イャンクック戦闘の準備を整えたレンヤとレイナは、ココット村の裏山である「森と丘」に到着した。
「よーし、問題無いな…」
ベースキャンプを出る前に、レンヤは改めて自分の装備を点検する。つい先日完成したばかりのランポス防具に異常は無く、背中の大剣「ボーンスラッシャー」の刃は輝いている。
「レイナも大丈夫か?」
「うん。私は大丈夫」
そういうレイナの武器は弓の「ハンターボウII」へと強化され、防具もランポスとなっているが、頭用の防具を身に着けていない。理由はもちろん、リアが乗るからだ。
レンヤはレイナが頭用の防具を身に着けないことに反対した。しかし、レイナは様々な理由をつけて譲らなかった。
(まあ、視界を確保する為という理由は分かるが…)
明らかにリアを乗せたいからだろう。
レイナはガンナーであり、直接前に出て戦うことは無いはずだ、とレンヤは無理矢理納得している。
「お兄ちゃん、私は準備終わったよ?」
兄の心配を受け止めてくれていない妹の姿を見て、レンヤは内心でため息を吐いた。
ベースキャンプの外に出ると、そこはいつもの森と丘の風景だった。この場所のどこかにイャンクックがいるとは、とても思えない。
「いつもと変わらないな…」
「でも、なんだか空気が重たいような…」
レイナは不安な気持ちを抑えられず、頭の上のリアを撫でる。いつもは嬉しそうな鳴き声を出すリアだが、今回は何の音も出してくれない。
「周りを注意しつつ、進んでいこう」
「そうだね…」
レンヤが先を歩き、レイナが後を追う。
そのまま丘を越え、森の入り口へと差し掛かった時、2人の上を何かが通り過ぎた。大きな影が2人の背後から接近し、通過したのだ。
「これは…!」
「えっ…!」
2人同時に顔を上げる。そこには翼を広げた桃色の竜が飛んでいた。
「あれが…!」
「イャンクック…!」
イャンクックはレンヤとレイナが居る場所から、そう離れていない小高い丘の上に降り立った。するとイャンクックは翼を畳み、地面を掘り返し始める。どうやら地中の虫を食べているようだ。
「お兄ちゃん、どうする…?」
「隠れながら近づいて、不意打ちを狙いたかったけど、ここは身を隠す場所が無い。堂々と正面から行くしかないな…。レイナ、俺の後ろに居ろよ」
レンヤはそう言い、手を背中の大剣「ボーンスラッシャー」に持っていき、ゆっくりとイャンクックへ近付いていく。レイナも頭の上のリアを地面へと降ろし、背中から「ハンターボウII」を外し矢を添え、レンヤの後ろを歩く。
イャンクックとの距離が徐々に近づき、食事する音が聞き取れる程度まで近づいたところで、不意にイャンクックが顔を上げた。
「…!」
レンヤとレイナ、そしてイャンクックが視線を交える。一瞬が永遠に感じる時間の中、レンヤとレイナが唾を同時に飲み込んだ時、イャンクックは口を大きく開けて威嚇した。
「行くぞ、レイナ!」
「は、はい!」
レンヤは一気に駆け出した。イャンクックが行動を起こす前にレンヤの刃が届き、桃色の鱗を斬り裂く。
「まだまだっ!」
レンヤは更に一撃を加えるが、イャンクックはドスランポスのように動揺はしなかった。レンヤの大剣「ボーンスラッシャー」を受けても微動だにしなかったイャンクックは、その場で身体を回転させ、尻尾をレンヤに当てようとする。
「おっと…!」
レンヤは落ち着いてその場に膝を落とし、尻尾を難なく回避する。
「ペイントボール!」
レイナの声と同時に、イャンクックの身体へ桃色の液体が付着する。それは同時に臭気を放ち、目標の位置をハンターに知らせる。
「やっ!」
レンヤは膝を折った体勢から一気に跳ね、その勢いでイャンクックに斬りかかる。大剣「ボーンスラッシャー」はイャンクックの左翼膜を斬り裂いた。
背後からレイナの援護射撃が届き、同じく左翼膜へ穴を開ける。
イャンクックは奇声を上げて一度飛び上がると翼を動かし、低空を飛行してレンヤとレイナから距離を取った。
「逃げるのか…!」
「お兄ちゃん、危ない!」
後退する様子を見て、レンヤは飛び出した。イャンクックは着地すると、身体を大きく反らせる。その様子を見たレイナは、とっさにレンヤを呼び止めた。レイナの声を聞いたレンヤは慌てて踏み止まる。次の瞬間、イャンクックの口から燃え盛る液体―――火炎液が飛び出した。それはレンヤとイャンクックの中間に落ち、地面の草を巻き込んで燃え上がる。
「な、なんだ…!?」
レンヤが驚いている間にも、イャンクックは次々と火炎液を吐く。その間にレイナがレンヤの横に並び、矢を放つ。
「イャンクックは炎を吐く。覚えておかないといけないね」
レイナはそう言いつつ弓を構え、何本も矢を放った。
やがて、何本も矢を受けたイャンクックは火炎液による攻撃を止めると、レンヤとレイナに飛び掛かってくる。
ガンナーであるレイナは距離を置き、引き続き弓矢で攻撃する。
大剣使いのレンヤはイャンクックの攻撃を剣の腹で受け流す。
「くっ…!」
イャンクックの嘴(くちばし)による攻撃はレンヤの予想を超えた衝撃で、両腕が痺れた。
だがレンヤは踏み止まり、大剣を横へ振るう。目標は細い脚だ。
(大きな身体を支える細い脚は、きっと弱点になるはず…!)
レンヤは自身が回転し、イャンクックの脚へ体重を乗せて刃を当てた。
大剣「ボーンスラッシャー」は火花を散らして弾かれてしまうものの、イャンクックは奇声を上げて横倒しになった。
「今だ!レイナ!」
「はい!」
レンヤはレイナへ向けて一言放つと、地面で暴れるイャンクックへ向けて大剣「ボーンスラッシャー」を振り下ろした。桃色の鱗や甲殻が砕け、鮮血が噴き上がる。
レイナも前へ出て、急所と思われる頭を狙い撃つ。
「はああああっ!」
レンヤが三度目の大剣を振り下ろしたその時、イャンクックは体勢を整えて起き上がった。そして怒りの炎を口元から漏らしつつ、レンヤへと嘴を向ける。
「…!」
「お兄ちゃん…!」
レイナの援護射撃もむなしく、イャンクックは怒りの嘴をレンヤへと向けて振り下ろした。
レンヤは反射的に大剣の腹で防ぐが、イャンクックは執拗に追撃する。
「くっ…!ああぁ…っ!」
腕が痺れる。膝が折れる。姿勢が崩される。
レンヤは地面へ倒されてしまった。しかし、イャンクックは攻撃を止めない。レンヤは地面へ横になりながらも、必死に大剣の腹でイャンクックの攻撃を防ぎ続ける。
「お兄ちゃんから…離れろーっ!」
レイナは何本も矢を放つ。その内の一本が偶然、イャンクックの目に当たった。
イャンクックは悲鳴を上げ、レンヤの真上から退く。そして痛んだ翼を広げると、大空へと飛び上がってしまった。
ペイントボールの臭いで場所が分かると判断したレイナは弓を背中に戻し、レンヤへと駆け寄る。
「お兄ちゃん!大丈夫!?」
レイナは起き上がろうとしているレンヤの身体を掴み、何度も何度も揺らす。
「大丈夫!大丈夫だって!」
「ほ、本当…?」
「本当!本当っ!」
あまりにレイナが揺らすので、レンヤは一度離れてから立ち上がった。
「ほら、大丈夫だろ?」
レンヤは元気だぞポーズをとってみたり、その場で回転してみたりと、レイナに無事を表現した。
それでレイナも分かってくれたらしく、地面に横たわる大剣「ボーンスラッシャー」を取ってくれた。
「お兄ちゃんが無事なのは分かったけど…これ…」
「ん?ああ、これか…」
レイナが差し出した大剣「ボーンスラッシャー」はイャンクックの攻撃からレンヤを守ってくれたものの、その刀身は傷だらけだった。しかも、一部は欠けてしまっている。
「骨の部分は傷だらけだけど、刃の部分は問題無さそうだ。これなら大丈夫だよ」
「そう?ならいいけど…」
レイナの心配そうな表情をよそに、レンヤは大剣を背中へと戻した。
「それよりも、早く追わないと。休む暇を与えていると、時間切れになっちまう」
「…そうだね。急ごう」
レンヤとレイナは今一度装備を整えると、イャンクックの追撃を始めたのだった。