村長が差し出した依頼書に契約のサインを記すと、レンヤとレイナは空いているテーブル席に座った。
するとすぐに集会所の給仕が現れ、注文を取る。レンヤは肉を頼み、レイナは魚を注文した。
給仕は木製のカップに注がれた水を置くと、オーダーを届けるために2人の席を離れる。
レンヤは水を一気に飲み干し、そして口を開いた。
「ドスランポスか…。いつかは戦うことになる相手だと思っていたけど、まさかこんなに早く依頼が来るなんて…」
「そうだよね…。ランポスですら、ほとんど戦ったことがないのにね…」
「…」
「…」
レイナの言葉を最後に、沈黙が続いた。レンヤもレイナも、何か言おうと口を開くが、すぐに閉じてしまう。
そんな2人の雰囲気を吹き飛ばすかの如く、先程注文を取った給仕が2人の料理を運んできてくれた。
「お待ちどおさま!気分が浮かない時は、モリモリ食べて早く寝る!それが一番よ」
給仕はそれだけ言い、ウインクして去って行った。
レンヤとレイナは顔を見合わせ、お互いに小さく笑う。
「考えるのはやめた!今は飯を食って寝る!明日になれば元気になってる!ドスランポスだって、どうにかなるさ!」
レンヤはそう言い、注文した草食竜アプトノスのステーキを頬張った。さっぱり塩味がレンヤのお気に入りだ。
「お兄ちゃん、食べるときはもっとお上品にって、いつも言ってるでしょ?」
「レイナも早く食べないと、俺が食っちまうぞ?」
「もう…」
レイナは豪快に食べるレンヤを見て呆れるものの、どうしてか笑みが零れてしまうのだった。
食事を終えたレンヤとレイナは集会場を後にし、寄り道せずに家へと戻った。
「ふ~、食った食った…」
「行儀が悪いよ、お兄ちゃん。ってあれ?」
他愛のない会話をしながら家の扉を開けると、そこには小竜のリアがいた。いつの間に起きたのだろうリアはベッドから降り、帰りを扉の前で待っていたのだ。2人の姿を見て、リアは嬉しそうに鳴く。
「どうしたの?寂しかったの?」
レイナが両腕で抱えると、リアは小さな翼を広げてレイナに掴まろうとする。その様子を見て、レンヤは微笑んでしまっていた。
「完全に懐いているな。母親と勘違いしているのかも」
「そうだね。私としては嬉しいけど…」
レイナは一度口を閉じ、少し考えてから再び口を開いた。
「でも、本当のお母さんを見つけたら、返さないといけないんだよね…」
「…人と竜は一緒に生きてはいけない。レイナはリアに、餌の取り方とか、空の飛び方とか、教えられないだろ?」
「うん。分かってる。早くお母さんを見つけないとね…」
レイナはそう言ってリアの頭を撫で、リアは再び嬉しそうに鳴いたのだった。
翌朝、レンヤとレイナは集会場で食事を済ますと家に戻り、狩りの支度を始めた。昨日の夕食前に受注したドスランポスの討伐に出るためだ。
装備を点検し、道具を揃える。全ての準備を終えて、レンヤとレイナは頷き合った。
「レイナ、準備はいいか?」
「お兄ちゃんこそ、今日は回復薬とか、砥石とか、忘れたらダメだよ?」
「う、うるさいなぁ…」
レイナに忠告され、顔を歪めるレンヤ。反論したいが、これまでの狩りでレイナが道具を忘れたりしたことがないので言い返せない。それに今回はランポスの親玉を狩るのだ。レイナの忠告通り、レンヤはもう一度アイテムポーチの中身を確認した。
その様子を見て、レイナは微笑む。レイナから見てレンヤは頼れる兄なのだが、少し落ち着きがない。狩りの道具を忘れることなど日常茶飯事なのだ。
「私も、もう一度確認しておこうかな。…あれ?」
レイナが自分のアイテムポーチの中身を確認しようと下を向くと、そこにはレイナに歩み寄るリアの姿があった。
「どうしたの?朝御飯が足りなかった?」
レイナの呼び掛けに反応せず、リアはレイナの右足に抱きついた。
「リ、リアちゃん?私はこれから狩りに出るんだけど…」
戸惑いの声を上げるレイナだが、それでもリアはレイナを離そうとしない。それどころか頬ずりを始めてしまう。まるで「一緒に連れて行ってよ」と駄々をこねる子供のようだ。
レイナはどうすればよいのか分からず、レンヤに相談することにした。
「お兄ちゃん、ちょっと…」
「ん?どうした?」
アイテムポーチの中身を全てテーブルの上に並べて数を確認していたレンヤは、レイナの呼び掛けにすぐ顔を上げた。
「あのね、リアちゃんが離れなくて…」
「リアが…?」
レイナの言葉を聞いて、レンヤは作業する手を止めてレイナの隣に並んだ。そしてレイナの右足に抱きついて離さないリアを見る。
「もしかして、一緒に行きたいんじゃないのかな」
「やっぱりお兄ちゃんもそう思う?」
レイナの言葉にレンヤは頷く。
「…ねえ、お兄ちゃん。どうすればいいのかな」
「どうって?」
「私は、リアちゃんを連れて行きたい。でも、狩場は危険だから…」
レイナの言葉を聞いて、レンヤは目を閉じて考えた。腕を組み、天井を見上げる。
そのままの体勢で、レンヤは口を開いた。
「だけど、村に残していくのも危険じゃないか?もしリアが家の外に出て村の人に見つかったら…」
レンヤの言葉を、レイナは黙って聞く。
「それにレイナ。リアの母親を探すんだろ?だったら連れて行くしかないんじゃないか?」
レンヤはそこまで言って組んでいた腕を解き、顔を正面に戻す。するとレイナが膝を折り、リアの頭を撫でた。
「…そうだよね。この子のお母さんを探さないといけないもんね。ちょっと危ないかもしれないけど、我慢してね?リアちゃん」
レイナはそう言い、リアを抱え上げた。するとリアは嬉しそうに鳴き、レイナの頬をぺろぺろと舐めたのだった。