森と丘を出て誰もいない野道を歩き、陽が山の向こうへ沈もうとしていた頃に、レンヤとレイナはココット村の裏口に着いた。顔見知りの門番が立っているのが見える。いつもなら気軽に挨拶して通り過ぎるレンヤとレイナだが、今日は勝手が違った。そう、レイナの頭上でリアが…子供の竜が眠っているのである。
「いいか、レイナ。普段通りにだぞ」
「う、うん。頑張る…」
何を頑張るのだろうか。レンヤはレイナに気付かれないようため息を吐く。
(駄目だな、こりゃ…)
レンヤの心配をよそに、レイナは堂々と歩く。村の門が徐々に近づき、門番の姿形もはっきりとしてくる。そしてついに、門番の口が開かれた。
「レンヤとレイナか?今日もお疲れさん」
普段と変わらない声。表情。…まだ見つかっていない。
「ただいま。今日も無事でした」
「お仕事お疲れ様です」
レンヤとレイナも普段通りの挨拶をして、村の中へと歩みを進めた。その時。
「レンヤ、レイナ」
背後から門番に声を掛けられ、レンヤとレイナはその場で飛び上がりそうになった。
(み、見つかっちゃったのかな…?)
レイナが青色の瞳で訴えてくるが、レンヤは一度頷くだけで門番を振り向いた。
「ど、どうかしましたか…?」
門番の口が開かれる。やけにゆっくりと開いていくのは錯覚だろうか。
「村長が、お前たちに話があるそうだ。今日中に会いに行けよ」
「は、はい…。分かりました…」
レンヤは返事を返すとレイナの左手を右手で掴み、急いでその場を後にした。
レンヤとレイナの住む家は、村の広場に面している。そのため真っ直ぐ突き進めば村人に声を掛けられてしまうだろう。レイナの頭上で寝ているリアがいつ目覚めるかも分からないので、二人は広場を横切らず、遠回りして裏口から家の中へ入った。
先にレイナを中へ入れて、レンヤも中に入る。そして扉を閉めたところで2人は顔を見合わせ、同時に息を吐いたのだった。
「見つからなかったね」
「陽が暮れかけていて、見えにくかったのかな。それとも、防具の一部だと思ってくれたのか…」
レンヤはそう言ってレイナの全身を見る。14歳の小さなハンターを守っているのはハンターシリーズと呼ばれる、一般的な防具だ。ちなみにレンヤもレイナと同じ防具である。
「とにかく、見つからなくてよかったな」
「うん!」
レンヤはレイナの嬉しそうな返事を聞きながら、背中の大剣「ボーンブレイド改」を外し、壁に立て掛けた。レイナも頭上のリアをそっと持ち上げるとベッドの上に降ろし、背中の弓「ハンターボウI」を外した。
「ぐっすり眠ってる。しばらくは起きないかな?」
「だといいけどな。これから村長のところに行って、報告して、夕ご飯を食べて…」
「しばらく家から離れるもんね。私たちが居なくなって、寂しがらないといいけど…」
レイナはベッドの上で眠るリアを心配そうに見つめる。その様子を見てレンヤは「起きる前に戻ればいいだけの話しさ」と言って家を出たのだった。
外に出ると、陽は完全に落ちていた。辺りはずいぶんと暗くなり、出歩く村人もほとんど居なくなっている。レンヤとレイナは並んで歩き、村長がいつもいる村の集会場へと向かった。
集会場の中は夕食を食べる村人やハンター達で賑わっていた。その中でひとり、カウンターのテーブルに尻を乗せてタバコを吸っている村長を見つけ、レンヤとレイナは歩み寄った。
「村長、無事に戻りました」
レンヤが声を掛けると、村長は一度頷いてから口を開いた。
「うむ。ご苦労じゃったの。いつもの通り、ギルドで依頼品の納品を確認した。依頼完遂じゃ」
村長はそう言って懐から報酬金の入った小袋を取り出し、レンヤとレイナに手渡した。2人は一礼してそれを受け取る。
「村長。話があるって聞いたけど…?」
レンヤがそう切り出すと、村長の眉間に皺が寄った。こういう時はいつも重大な話になることを、幼いころから見てきたレンヤとレイナは経験から知っていた。
「うむ…。実はな、森と丘にドスランポスの気配があるんじゃ」
「ドスランポス…!」
村長の言葉を聞いてレイナは口に出して驚き、レンヤはレイナと同じ青色の瞳を見開いて驚いた。
「ランポスの親玉、ドスランポス。奴が居る限り、村人達は安心して森と丘に入ることはできぬ。そこでじゃ…」
村長の言葉を、レンヤとレイナは黙って聞く。
「ドスランポスの討伐を、2人に任せようかと思う」
「なっ…!」
「そんな…!」
レンヤとレイナは同時に驚きの声を上げた。
2人は数日前にランポスを数匹倒したくらいしか小型肉食竜との戦闘経験がない。それをいきなり親玉となれば、驚くのも無理はなかった。
「村長、いきなりそんな…」
レンヤが戸惑いの声を上げると、村長は笑顔を作った。
「驚かせてしまったかの。じゃが早かれ遅かれ、その時は来るのじゃ。おヌシらは普通のハンターより、少し早かっただけじゃて」
「しかし…」
正直、肉食竜は怖い。だが自分はハンターだ。レンヤが自問自答する中、今度はレイナが口を開いた。
「正直…自信ありません…」
レイナの言葉を聞いて、村長は深く頷く。
「誰でも最初は自信がないものじゃ。おヌシらの父親も、最初は「無理だ。できっこない」と言っておったぞい…」
「父さんも…?」
父の話が出てきたので、レンヤは思わず顔を上げてしまう。
レンヤとレイナの両親は、2人が物心つく前に死んでしまっていた。死因は分かっていない。ただ、狩り場から帰ってこなかったそうだ。
「うむ。おヌシらの父親はこの村で育ったことは知っておろう?」
村長の言葉に、レンヤとレイナは頷く。2人はハンターになると決心した時に、村長から自分たちの両親についての話を聞いていた。
その話によれば、父親はこのココット村で育ち、ハンターとしての腕を磨いた。途中から仲間が増え、父親を含んだ3人のパーティで狩りに出たらしい。
やがて雄火竜リオレウスを倒した父親たちは村を離れ、狩りの拠点を街に移した。そこで母親を見つけ、恋に落ち、結婚して、自分たちを産むために村へと帰ってきた、という話だ。
「何度も何度も失敗し、時には大怪我を負い、依頼を破棄することもあった。それでもおヌシらの父親は、諦めなかったぞい?」
「…」
「失敗してもいいんじゃ。まずは挑戦じゃよ」
村長の言葉が終わると、レンヤとレイナは顔を見合わせる。
「…やってみます」
「…やってみます」
一度だけ目を合わせたレンヤとレイナは、同じタイミングで同じ返事を返したのだった。