「遅いなぁ…」
目の前を流れる小川のせせらぎを眺めながら、彼はひとり呟いた。
彼は人を待っていた。ハンター稼業を続ける上でのパートナーであり、唯一の家族。年の差は無い。育ててくれた村長曰く、ほぼ同時に生まれたのだそうだ。ただその時間差で、自分が兄、あいつが妹ということになっている。
「寄り道してるのか…?」
彼は彼女が来るはずの道を見るが、まだ来る気配が無い。この森と丘は2人がハンター稼業を初めてから何度も訪れ、完全に自分の庭と化しているから、道に迷ったという可能性は無いはずだ。となると残る選択肢は寄り道しているか…。
「まさか、モンスターに襲われたとか…?」
そう思うと居ても立ってもいられず、彼は駆け出した。
「レイナ…!無事でいてくれ…!」
草木をかき分け、倒木を乗り越え、低木をくぐり、水たまりを飛び越える。普段は重く感じる背中の大剣「ボーンブレイド改」が、今だけは重さを感じない。
太陽の光が届きにくい森を抜けて丘へ出ると、彼は周りを見渡す。すると遠くに、こちらに向かって歩いてくる人影があった。
「ああ、よかった…!」
レイナの姿を見つけて彼は大きく手を振り、レイナも軽く手を挙げて返事を返してくれた。
「待たせてごめんなさい、レンヤお兄ちゃん」
「遅かったな。大丈夫だったか?」
「うん。ちょっと困ったものを拾っちゃったけど…」
レイナはそう言い、抱えている緑色の塊をレンヤに差し出した。
「なんだ?これ…」
レンヤは無警戒に手を伸ばし、レイナが抱えている緑色の物体に触れた。ざらざらで固く、温かい。そして動いていた。
「草食竜の子供でも拾ったのか?駄目じゃないか、レイナ。ハンターなら、できる限り自然に干渉するなって村長に言われただろ?」
「ごめんなさい。でも私から離れなくて…」
「まったく…。今すぐ返してきなさい」
レンヤはそう言って、レイナが抱えている緑色の物体を叩いた。
「グギュッ…!グガアアッ!」
「うわあっ!」
叩かれたことに怒った子竜は、レンヤに噛み付こうと身を乗り出す。レンヤはすぐに手を引いたので、ギリギリのところで噛まれずに済んだ。
レイナの腕に抱かれている小竜を、レンヤはぽかんと見つめる。
「レイナ…それは…何だ…?」
「竜の子供だよ。名前はリア」
「クギュウウン」
レイナがリアと名前を呼ぶと、その小竜は嬉しそうに鳴いた。傍から見れば何とも微笑ましい光景だが、レンヤは到底そんな気持ちにはなれなかった。
レンヤは血相を変えて口を開く。そこから発せられるのは怒りと呆れの言葉だった。
「レイナ…自分が何をしているのか分かっているのか?お前は竜の子供を拾ったんだぞ?」
「怪我してたの。それで治療してあげたら、懐いちゃって…」
レイナの言葉を聞いて、レンヤはレイナに聞こえるよう、敢えて大きなため息を吐いた。
「それで?懐いた竜の子供を、お前はどうしたいんだ?」
レンヤは言葉に棘を持たせ、レイナを睨む。するとレイナはレンヤから視線を外し、小さな声で答えた。
「一緒に暮らしたい、です…」
「…」
レイナの言葉を聞いても、レンヤは口を開かない。ただレイナを睨むだけだ。その様子を見て、レイナは慌てて言葉を付け足す。
「リ、リアちゃんの、お母さんが、見つかるまででいいから…その…」
「お母さんがその小竜を探しに、村まで降りてきたらどうするんだ?」
「そ、それは…その…」
「その小竜のお母さんは、どうやって探すんだ?」
「…」
レンヤの言葉攻めに遭い、レイナはとうとう黙り込んでしまった。視線を落とし、腕の中の小竜を見る。
「人とモンスターは一緒に暮らせない。それはハンターである俺たちが、一番分かっていることだろ?」
レンヤはそう言って、レイナがリアと名付けた小竜を取り上げようと手を伸ばす。
「フゴーッ!」
「ぎゃっ!」
リアは突然迫ってきた人間の手に驚いたのか、小さな火を噴いた。それはレンヤの指先を掠め、宙に消える。
「こいつめ…っ!」
レンヤは怒りに任せてレイナから小竜リアを奪おうとしたが、リアはレイナの腕からするりと抜けて背中へと逃げる。
「わっ…!」
そしてリアはレイナの頭上に座ると、そこで眠ってしまった。
これにはレンヤもレイナも言葉を失ってしまう。2人は眠るリアを見つめ、お互いを見つめ、そしてレンヤが先にため息を吐いた。
「テコでも動きそうにないな、こいつ…」
「あはは…」
レイナは右手の人差し指で頬を掻きながら苦笑いを浮かべた。その様子に、レンヤは両手を腰に当ててから口を開く。
「それで、どうするんだ?」
「…私が責任を持って、この子の面倒を見るよ」
「親竜が現れたらそうするんだ?」
「私がこの子を親竜に引き渡す。…ちょっと怖いけど」
レイナの言葉を聞いて、レンヤは考える。目を閉じてみたり、空を仰いでみたりを繰り返し、大きなため息を吐いた。
「…分かった。お前がしっかり面倒を見るんだぞ」
「やった!ありがとう、お兄ちゃん!」
眩しいくらいの笑顔を見せるレイナ。そこまで喜ばれてしまうと、レンヤとしてもこれ以上何も言えなくなってしまうのだった。
「早く村に戻るぞ。陽も傾き始めたし…」
「そうだね…」
レンヤとレイナは並んで空を見上げる。太陽はまだ高い位置にあるが、空はほんのりと赤みがかってきていた。
どちらともなく歩き出し、村への道を進む。
「それで、どうやって村に入るんだ?新しい家族ですって言っても通用しないぞ」
「う~ん、そうだよね…」
「そうだよねって…」
まさか本当に家族の一員として村人たちに紹介する気だったのだろうか。
「そうだ、お兄ちゃん!このまま頭に乗せておけば、帽子に見えるよね?」
「帽子に…?」
レンヤはレイナの頭上で丸まり寝ているリアを見る。果たして帽子に…見えるだろうか。
(まあ、無駄だろうな…)
小竜リアは村の入り口に居る門番によってすぐ見破られるだろうとレンヤは踏んでいる。だがそんなことをレイナに言えば再び悲しい顔をするだろう。兄としては合格かもしれないが、ハンターとしては失格だ。レンヤは笑顔で隣を歩くレイナを見て、ひとりそう思うのだった。