瞼に朝の光が当たったことで、暗く深く、だがとても心地よい空間から引きずり出されてしまう。
眩しい。
まだ覚醒したくない。
小鳥たちは今朝も元気に歌っている。多くのギルド職員たちも既に起床し、朝食を済ませてそれぞれの仕事を始めた頃だろう。
でもそんなことはどうでもいい。鳥や他人を気にしてどうする。
布団の中という、まるで東方宗教の中に出てくる極楽浄土のような空間から、どうして出ないといけないのか。
「ジュンキ、そろそろ起きて?今朝の一品が冷めちゃうし、仕事に遅れるよー?」
布団を揺らしてくるクレハ。どんなに愛おしくても、どれだけ共に死線を乗り越えてきても、今だけは邪魔だと思ってしまう。
それ程までに、朝の布団の中は心地よい。
「まったくもう…。やるなって言われてるけど、やるしかないよね…!」
クレハは諦めたのか、布団から手を放したようだ。何か呟いていたがよく聞こえない。だがこれでもう少し眠っていられる…はずがなかった。
「起っきろーい!」
「なああっ!?」
クレハは容赦なくベッドのシーツを引っ張り抜いた。相変わらずの竜人腕力で引き抜かれたシーツにより、ジュンキは木の板で作られた床の上に腰から落ちる。
「ぐ…ッ!シーツを抜き取るのはやめろって言っただろ…!」
「ジュンキがすぐに起きないからでしょ?」
いつものやり取りである。
クレハはジュンキと共にハンターズギルドの職員になり、宿舎の一室で寝泊まりするようになっても、朝の一品を欠かさなかった。
「今朝も作ってみたからさ。冷めないうちに食べて?」
「…」
ジュンキは薄い茶色の髪を掻きながらのっそりと立ち上がり、隣のキッチンへと歩き出す。
「ちゃんと一度で起きないと、これからもシーツ抜くからね」
クレハの言葉に言い返せないジュンキは、苦い顔をしたまま小さなテーブルに着く。そこにはいつも通り、料理が一品だけ置かれていた。
クレハもジュンキと向かい合うように座り、料理を差し出す。今日は卵焼きだ。
「さあ、どうぞ…!」
ここでクレハの顔が引き締まる。今朝もクレハは私服が汚れないように簡素なエプロンを身に着け、長い青色の髪が邪魔にならないようポニーテールにまとめて三角巾を巻いていた。
「じゃあ…いただきます…」
ジュンキはフォークを使い、見た目は綺麗な卵焼きをプスリと刺して口に運ぶ。
「今朝はどう…?」
クレハが自信無さそうに尋ねる。ジュンキはすぐに答えず、よく噛んで味わい、そして飲み込む。
「…おいしい」
「本当っ!?」
「かも」
ジュンキの感想にクレハは座った椅子から立ち上がったが、すぐに腰を落とす。
「かもって…」
「いや、酒場で食べれるような普通の卵焼きと同じ味だ。だからクレハにとっては大成功だよ。うん」
ジュンキの慌てて繕った言葉に、クレハは頬をぷくーと膨らませる。
「ま、酒場で注文できる卵焼きと同等の味なら成功なのかもね。本当は、ジュンキが感動するくらいのものを作りたいんだけど…」
「ん?何か言ったか?」
「ううん、何でもないよ。それより急がないと、ベッキーに怒られちゃうよ?」
クレハは太陽の傾き加減を見ながらそう言い、後片付けに入る。
朝食自体は酒場で食べるので、ジュンキとクレハは急いで着替えて部屋を出た。
「ジュンキ、あのさ…」
「ん?」
ジュンキはクレハと酒場を目指して歩いていると、突然クレハが口を開いた。
「私がリオレウスの輸血を受けて倒れていた時の事、憶えてる?」
「忘れるはずもないさ。どうしてだ?」
「実はあの時、私、夢を見ていたの」
「夢?どんな?」
「チヅルちゃんの夢」
「チヅルの…?」
ジュンキの問い掛けに、クレハは一度頷く。
「夢の中で、チヅルちゃんは私を励ましてくれたの。クレハちゃんまで死んで、ジュンキを悲しませるなんて許さないよ!とかね」
クレハの言葉に、ジュンキは思わず笑ってしまう。
「それにね、チヅルちゃんが言ったの。私の命は、もう私のだけじゃないって。最初はどういう意味か分からなくて、ベッキーに相談してみたの。そしたら医者を紹介されてね…その…お腹を、診てもらったの…」
「お腹…?」
「…できちゃった、みたい」
クレハはそう言い、自分の腹部を撫でた。
「え?…ええっ!?」
クレハのとった行動の意味をジュンキはすぐに理解し、声を上げて驚いた。それはつまり、クレハの中に新しい命が芽生えたということなのだろうか。
だがクレハは次の瞬間、ジュンキの心配と期待を裏切る言葉を言い放った。
「嘘だよーんっ!」
クレハはそう言い、ジュンキを何度も振り返りながら駆け出す。取り残されたジュンキはしばらくの間硬直していた。
「…え?嘘…?こら待て、クレハ!」
ジュンキは慌ててクレハを追いかける。
今日も楽しい一日が始まる、ミナガルデの街だった。
(5th Story おわり)
みなさん、こんにちは。
再掲載にあたって書き直した5th Storyはどうだったでしょうか。
以前「にじファン」というサイトへ掲載していた時は過激な表現になっており、モンスターハンターという大前提から大きく外れてしまった感が強かったです。
その為、いつの日か書き直そうと考えていたのですが、今回の再掲載で書き直せて良かったです。
この物語、最終章の6th Storyなるものが存在するのですが…。私の都合がつかないので、掲載するのはいつになるのか分かりません。
もしかしたら、掲載しないまま終わってしまうかもしれません…。
そうならないよう最大限の努力をします。
最後にお礼を。
ここまで読んで頂き、本当にありがとうございました。
2012.06.19 大学のパソコン室にて
2013.11.19 再掲載にあたり、加筆修正
2014.06.23 少し修正