ジュンキとクレハの正式な退院まではかなりの日数が必要だったが、特に大きな後遺症も残さずに退院することができた。
だがジュンキ達はすぐベッキーに呼び出されてしまい、一同酒場へと集まる。指定された時間は朝日が昇る前であり、その日の準備をするために酒場が一時的に閉店する時間帯だった。
ジュンキ達以外に誰もいない酒場の中で、ジュンキとクレハはベッキーと向かい合って立つ。
「…まずは退院おめでとう。2人とも生きて帰ってくれて、嬉しいわ」
言葉は嬉しいものだったが、ジュンキとクレハ、それに背後で並んで立っているショウヘイやリヴァルには素直にそう思えない。
なぜならベッキーは真剣な表情で、それでいて怒っているようでもあったからだ。
「ありがとう、ベッキー。お陰で、こうして生きてる」
クレハは右手を胸に当て、感慨深く目を閉じる。
「俺からも礼を言わせてくれ。俺とクレハを救ってくれて、ありがとう」
ジュンキはそう言って頭を下げた。ベッキーは一瞬だけ微笑むも、すぐ真顔に戻ってしまう。
「私としても、素直にあなたたちの帰還を喜びたいわ。でも…そうはいかないの」
ベッキーはそう言って、手元の資料を開いた。
「あなた達…。私が何を言いたいか、分かるわね?」
ベッキーの言葉に、ジュンキとクレハは正面から受け止めて頷く。
「単刀直入に言わせて貰うと…何人殺したの?」
「…分からない」
ジュンキの言葉に、ベッキーはため息を吐く。
「ギルドでも正確な人数は把握できていないのだけれど…100人は超えてるらしいわよ」
ベッキーの出した数字にジュンキは眉間に皺を寄せ、クレハは不安そうな目をジュンキに向ける。
「ハンターは人に武器を向けるべからず。それを破りし者は…知ってるわね?」
ハンターは人に武器を向けてはいけない。破った者の行く末はジュンキもクレハも知らないが、普通に考えると―――。
「…処刑よ」
ベッキーの言葉に、酒場の空気が凍りつく。だがここで黙り込み、全て肯定するわけにはいかない。
ジュンキは重い空気に抵抗するように、ゆっくりと口を開いた。
「…ベッキー、言い訳させてくれ。先に矛先を向けてきたのはシュレイド王国軍の方だ。俺が人を斬ったことは認めるが、それはあくまで身を守る為だ…」
ジュンキの言葉を、ベッキーは瞬きひとつせずに聞く。
「でも、どう考えたって殺しすぎよ」
「そんな…!」
ベッキーの言葉にジュンキは黙り込んでしまうが、そこへクレハが割って入る。
「あの状況じゃ…そうするしか生き残る方法なんてないよ…!」
クレハの叫び声に近い主張も、ベッキーは無感情に聞き入れる。
「ハンターズギルドに所属するハンターである以上、例外を作るわけにはいきません」
ベッキーの冷徹な声に、クレハは顔を青くする。
「だったら私も一緒に処刑して!」
「クレハ…!」
クレハの言葉に、ジュンキは目を丸くして驚く。
「私も人を刺した…!私も処刑されるべきよ…!」
息を荒げ、肩で呼吸するクレハ。ジュンキはその肩に手を添える。
クレハが振り向くと、ジュンキは首を横に振った。
「クレハ、いいんだ…。クレハが生きていてくれれば、俺はそれで…」
「…嫌だよ」
ジュンキの言葉を聞いて、クレハはジュンキから顔を背ける。ジュンキからはクレハの表情を伺えないが、顎の先から涙が滴り落ちていた。
「そんなの…嫌…!ジュンキがいない毎日なんて…私…!」
「ハンターズギルドに所属するハンターである以上、ギルドの規定には従ってもらうわ」
ベッキーの冷徹な声が再びジュンキに向かって投げかけられ、クレハはベッキーを睨む。
そのまま沈黙が酒場を覆ったが、それはベッキーが浮かべた突然の笑顔で取り払われた。
「…だけど、ここで問題が発生するの」
「問題…?」
クレハが訝しげに首を傾げる。ベッキーはこれまでと打って変わって、普段通りの口調で説明してくれた。
「ジュンキ君とクレハちゃん。あなた達、シュレイド城へ向かう前にこう言ったわよね?ハンターズギルドを脱退するって」
「…!」
ベッキーの口から出た言葉に、ジュンキとクレハは顔を見合わせて驚いた。
「あなた達はシュレイド城へ向かう時点で、ハンターズギルドを脱退していた…。そうでしょ?」
「…そうだな」
ベッキーの問い掛けに、ジュンキとクレハは呆れたように微笑みながら頷く。
「そこで提案なんだけど…あなた達、ギルドで働かない?」
「ギルドで…?」
ベッキーの突然の提案に、クレハはオウム返しをしてしまう。ベッキーは一度頷いてから説明してくれた。
「ハンターズギルドのハンターではないから処罰を免れたとしても、シュレイド王国軍の生き残りがあなた達を血眼になって探し出し、殺そうとするはずよ。それにあなた達…特にジュンキ君が、残念だけど大量に人を殺した。その噂はすぐに広まると思うわ。そうなると信用を失い、狩りの依頼も受けづらくなるだろうし…。だからハンターズギルドで働いてくれれば、あなた達を保護できるし、安定した収入も得られる…。どうかしら?」
ベッキーの説明を聞いて、ジュンキとクレハは顔を見合わせる。そして2人は同時に頷いた。
「失礼します」
突然酒場に響いた凛とした声に、ジュンキとクレハは背後を振り向いた。なぜならその声には聞き覚えがあったからだ。
「レイス…!」
クレハは驚きの声を上げる。そこにはシュレイド城の中ですれ違った女兵士のレイスが、見習いハンターの格好をして酒場の出入り口に立っていたのだから。
「ダークまで…!」
レイスの背後には、同じく見習いハンターの格好をしたダークまでいた。
レイスとダークはショウヘイ達の間を抜け、ジュンキとクレハの前に立つ。
「レイス、ダーク…一体、どうして…?」
レイスはジュンキの言葉を聞くと、髪を掻き上げてから口を開いた。
「ジュンキ殿。あなたは私に、自分の信念を曲げてまで、誓う忠誠なんてあるのかと言いましたね?」
「え?えっと…言ったか…?」
「言いました。あなたの所業でシュレイド王国軍は組織活動を行えない程に壊滅。隊長以上の指揮官は全員左遷や更迭。それ以下の兵士は解散になりました。すぐに新しい軍部が作られるそうですが、私はもう結構です。…これからは自分の道を、自分で切り開いていく所存ですので」
「あ、僕の理由はもっと簡単ですよ。矢を放たれた軍に戻りたくないだけです」
ダークの言葉に、酒場が笑い声で包まれる。
新しい仕事に就き、新しい仲間が増え、新しい日々が始まる。
竜人としての役割は死ぬまで終わらないだろうが、そんなのは自分が竜人だと知った時から心に決めていたことだ。
これから始まるギルド職員としての毎日に大きな期待と少しの不安を抱えながら、ジュンキとクレハは笑顔を浮かべ、今を笑い合ったのだった。