「はあっ…はあっ…はあっ…はあっ…―――ッ!」
熱い。体が焼けるように熱い。リオレウスのブレスに包まれれば、こんな感じなのかもしれない。
呼吸は不規則で、息を吸うと喉元を流れる熱い血潮を冷やしてくれるが、息を吐くと体温のせいで喉が焼ける。
全身から吹き出す汗でベッドはずぶ濡れになり、シーツから滴り落ちた汗が床に水たまりならぬ汗だまりをつくっている。
脊髄に走る、生きたままハンターナイフで剥ぎ取られるかのような痛み。思わず体が仰け反り、そのせいで胸の傷口が開いて出血し、包帯を赤く染める。
もう三日三晩何も食べていないし、飲んでもいない。食べるとすぐ吐き下してしまうのだ。
この症状、ジュンキがリオレウスに胸を引き裂かれた際に、リオレウスの爪に仕込まれた猛毒が体内に入ってしまったのだ。
すぐに解毒薬等を飲めばほとんど問題無いのだが、ジュンキの場合は症状が出るまで、毒に侵されていることに誰も気付かなかったのだ。
「…」
その様子を、ショウヘイとユウキは黙って見守ることしか出来なかった。
ショウヘイがジュンキを殴った後、2人は簡単な討伐依頼を受けて村を出て、3日後に帰ってきたら、既にこうなっていたのだから。
「…!」
ジュンキの青い瞳がゆっくりと開き、ショウヘイとユウキを見る。そしてゆっくり頷いた。「大丈夫だよ」と言わんばかりに。
「…ちょっと、いいかな?」
この診療所の医者が呼んだので、ショウヘイとユウキは一旦ジュンキの病室を出た。
「死ぬかもしれない…!?」
ユウキは思わず声に出してしまう。
「ええ、とても危険な状態です。仮に生き伸びたとしても、ハンター生活には恐らく戻れないでしょう」
こう言われることは分かっていたので、ショウヘイはゆっくりと頷いた。医者はそのまま何も言わずに診療所の奥へと消える。
細くて、狭くて、薄暗く、がたついた廊下に、ショウヘイとユウキは取り残された。
だがこの後、ジュンキの容体は次第に良くなっていった。
体温は下がり、呼吸も落ち着いていった。
胸の傷も跡を残して塞がり、体内の毒素も消え去っていった。
そしてジュンキは瀕死の状態で運び込まれてからひと月しか経っていないのに完治し、ハンター生活へと復帰することとなる。
※
「うへ~。ジュンキって人間じゃないの?」
クレハの冗談が飛び、みんなは笑ったが、ジュンキだけは真剣な眼差しで天井を見つめた。
(人間じゃない、か…。そう、俺は竜人…)
今なら、どうしてあの傷を負って生き残れたのか、そして今回は全身の骨を砕かれても生きているのか分かる。
それは自分がただの人間ではなく、竜人と呼ばれた種族だったからだ。竜の持ち合わせている精神力と回復力を持っている、竜と人のハーフの生き残り。
「ジュンキ?」
チヅルに声をかけられて、ジュンキは我に帰った。
「大丈夫?やっぱり寝ていたほうがいいんじゃ…?」
「大丈夫。俺は不死身だからさ」
ジュンキがそう言うと、チヅルは安心の笑みを浮かべた。
「さてと、次はいつの話をしようかな?」
ユウキが横目でショウヘイを見ながら言う。
「リオレウス戦だろうな。ジュンキが復帰して半年後くらいの」
ショウヘイは横目でジュンキを見ながら言う。
「またリオレウスに挑んだのか?」
カズキが呆れた声を出す。
「勿論、一筋縄ではいかなかったさ」
ユウキはそう答えて、天井を見上げた。
「今思えば、あれも無謀だったなぁ…」
※
「覚悟は出来ておるんじゃな?」
村長はゆっくりとそう言った。
ジュンキ、ショウヘイ、ユウキはそれに対し、しっかりと頷いて応える。
しばらくの沈黙の後、村長は「ふう…」とため息を吐いた。
「分かった。いいじゃろう。ハンターの行動を、年寄りが止めるものではないからな…。ただし!」
突然村長が声を荒らげたので、ジュンキ、ショウヘイ、ユウキは身を固くした。
「先日ジュンキが受けた傷への…恨みを動機にリオレウスを相手しようと思ってはいないな!?」
「はい。リオレウスは、ハンターを続けていく上で、いつかは立ちはだかるモンスターです。その時が、俺達に来ただけです」
ジュンキが慎重に言葉を選んで言うと、村長は微笑んだ。
「ま、そうかもしれん。…じゃが、実際は恨みも少しはあるのじゃろう?」
「…はい」
ジュンキが恥ずかしそうに言うと、ショウヘイとユウキは声に出さずに笑い、村長も笑った。
「ま、それくらいが丁度いいのかもしれんな。だがこれだけは約束して欲しい。必ず生きて戻ってくることじゃ。命あっての物種じゃぞ」
「大丈夫です」
ショウヘイが軽やかに答える。
「正直、16歳のハンター3人を、リオレウス狩りに出すこと自体間違っておると儂は思う。じゃがおぬしら3人は、3人揃えば強い。それは儂が一番良く知っておる。必ず、生きて帰ってこい…!」
村長の言葉に背中を押されたジュンキ、ショウヘイ、ユウキは、勇み足で村を後にした。
今回のリオレウスの狩猟。
先日ジュンキが戦ったリオレウスかどうかは分からないが、この森と丘へ、再びリオレウスが住み着いたらしい。
その影響だろう、今日の森と丘は不気味に静かだった。
「さてと、まずは作戦会議だな」
ベースキャンプに到着するなり、ショウヘイが口を開いた。
「今度は1人じゃないんだから、俺達を頼れよ?」
「分かってるよ」
ユウキが肘でつついてきたので、ジュンキは苦笑いしながら返事を返す。
「んで、今日持ってきたのは?」
「大タル爆弾4つ、閃光玉を出来る限り。捕獲用麻酔玉も出来る限りだ。あとは落とし穴を、予備も入れて2つ」
最近はシビレ罠というものがあるらしいが、ジュンキ達は使い方どころかまだ現物を見たことがなく効果も知らないので、今回は見送った。
「リオレウスがよく現れるのは、エリア3だと村長から聞いている。ジュンキが初めてリオレウスと遭遇したのも、エリア3だったな」
ジュンキは頷く。
「戦闘隊形としてはいつも通り、俺が前衛、ジュンキが遊撃、ユウキが後衛でいいよな?」
「ああ!背中は任せろ!」
「ああ…」
「…ジュンキ?」
「え…?ああ、いや、大丈夫。元気だよ?」
ジュンキの様子が変だ。
ショウヘイとユウキは互いに顔を見合わせ、そして首を傾げた。
「―――爆弾は、リオレウスが眠ってから使うことにする。以上」
作戦会議は終わり、各自の装備点検に入る。
「装備に異常はないかな…?」
あのリオレウスとの戦いから半年、ジュンキの武器は大剣ブレイズブレイドに、防具は毒を防ぐ効果があるイーオスシリーズになっていた。
ショウヘイは片手剣ドスバイトダガー改に、クックシリーズ装備。
ユウキはライトボウガンのショットボウガン紅に、ゲネポスシリーズという装備だ。
「よし…行こう」
ジュンキがゆっくり言葉を噛み締めるように言うと、ショウヘイとユウキはしっかりと頷いた。
ベースキャンプの外に出ると、そこはいつもの森と丘ではなかった。
静か過ぎる。
「アプトノスがいないな…」
ベースキャンプを出てすぐのエリア1では、普段は草食竜アプトノスが野草を食んでいるのだが、今日は一匹もいない。
「リオレウスに警戒しているんだろう」
ショウヘイの返事に、ユウキは「だな…」と不安気に答える。
「…」
ジュンキは無口のまま、ここよりも高い場所に位置するエリア2に向けて歩き出した。
「なあ、ジュンキ」
「…」
「…ジュンキ?」
「え…?あ、ごめん、何?」
ジュンキ、ショウヘイ、ユウキ以外誰もいないエリア2を横切っている時に、ユウキはジュンキを呼んだ。
だがジュンキは何かを考え込んでいたようで、返事が遅れてしまう。
「ジュンキは一度リオレウスと戦っただろ?今のうちに弱点になりそうなところでも聞いておきたいなって思ってさ」
「弱点…」
ジュンキは歩みを止めずに青空を見上げ、「弱点は無いよ」と素っ気無く返した。
「弱点無しって…マジかよ…」
「隙はあったか?」
ユウキが頭を抱える中、ショウヘイが別の質問を出す。
「隙か…。ほとんどなかったな。さすが天空の王者と呼ばれる、リオレウスだけはあるよ…」
ジュンキはショウヘイやユウキを脅さないように笑顔を作って答えたつもりだったが、そのジュンキの青い瞳には生気が無かった。
そして苦も無く通過しようとしたエリア2の出口で、ジュンキはショウヘイに右肩を掴まれて歩みを止めた。
「ショウヘイ?」
「ジュンキ、一体どうした?狩場に着いてから、何か変だぞ?」
「…」
「何があった?話してみろ?」
「…」
視線を背けるジュンキに、ショウヘイは「やれやれ…」と小さい溜息を吐く。
「ジュンキ、相手は天空の王者リオレウス。ジュンキが半年前に戦って、大敗した飛竜だ。俺達3人の中で誰か1人でも欠けたら、一気に勝算が低くなる。…ジュンキ、今のお前では、まともに背中の大剣を振れないぞ」
「…いんだ」
「え…?」
「怖いんだ…。凄く。もの凄く…」
ジュンキの言葉に、さすがのショウヘイも言葉を失った。
ユウキは完全に聞きへ撤している。
「また、体を引き裂かれるんじゃないかって思うと…怖いんだ…」
「…」
「…」
「…ジュンキ、よく聞け」
ジュンキが顔を上げると、そこには自信に溢れたショウヘイの顔と、その後ろに温かい笑みを浮かべたユウキがいた。
「ジュンキが怖がるのも、もっともだ。だけど今回は、俺達がついている」
「そうだぜ。ジュンキは1人じゃない。俺達を信じてくれるよな?」
「ショウヘイ…ユウキ…」
ジュンキは顔を落としかけるが、力強く頷く。
「そうだね…今回は1人じゃない。ショウヘイと、ユウキがいる」
ショウヘイが見たジュンキの瞳―――そこにはもう、不安や恐怖といった文字は無かった。
リオレウスがよく現れると言われるエリア3。
今回も、リオレウスはそこにいた。
幸いにも、リオレウスはこちらに尻尾を向けている。
「ユウキ」
「おうよ」
ユウキがペイント弾を撃つ。リオレウスに着弾し特異臭を放ち始めると、リオレウスはこちらを向いた。
「行くぞ!」
ショウヘイの掛け声と、リオレウスの咆哮は同時に発せられた。
人間と比べればあまりに巨大なリオレウスの身体が、2人目掛けて突進してくる。
ジュンキとショウヘイは余裕を持って避けて自分の武器を抜き、ユウキは離れた場所で撃つ。
「はあッ!」
すぐさまリオレウスに近寄ったショウヘイのドスバイトダガー改が、リオレウスに一閃―――しかし深紅の鱗に弾かれてしまう。
「チッ…!」
横目でジュンキを見ると、あの大剣ブレイズブレイドを以ってしても、リオレウスの鱗や甲殻の前では歯が立たないようだった。
突進によって体勢を崩していたリオレウスが立ち上がったので、ジュンキとショウヘイは急いで遠ざかる。
背中を向けて遠ざかるジュンキ目掛けて、リオレウスがブレスを吐く。
「ジュンキッ!」
ユウキが叫ぶとジュンキは飛んで避ける。
「俺のことを忘れるなよ!」
ユウキのショットボウガン紅が火を噴く。
「はッ!」
ショウヘイがリオレウスに気付かれないように背後へと回り、右脚の筋を斬りつける。ここは鱗で守られていないので、真っ赤な血が噴き出した。
リオレウスはショウヘイの存在に気付き、尻尾を振り回す。
「おお…っ!」
ショウヘイは屈んで避ける。
「はあッ!」
ショウヘイが再び右脚の筋を斬りつけると、リオレウスは突然走り出した。ショウヘイは条件反射で防ぐことが出来たが、吹き飛ばされてしまう。
「たあああああ!!!」
リオレウスが倒れ込んだところにジュンキがバスターブレイドを振り下ろす。先程と同じ場所を狙ったためか、今度はリオレウスに出血を強いることができた。
「グルルルル…」
リオレウスがゆっくりと起き上がる。―――突然リオレウスの頭で小さな爆発が起きた。
リオレウスは驚き、身体を反らす。
何事かと思いジュンキは辺りを見渡したが、ガッツポーズをしているユウキを見つけて理解する。
ショウヘイも戻ってきたが、そこにタイミングを合わせるようにリオレウスがブレスを3発放つ。
「なっ…!」
重い大剣を背負っているジュンキは避けるより防ぐことを選び、ショウヘイとユウキは飛んだ。
3回の爆発。
辺りに漂う黒煙を振り払いながらリオレウスは大空へと羽ばたき、このエリアを出ていった。
徐々に煙が晴れていく。
「…ふう。大丈夫か?ジュンキ」
座り込んでいるジュンキを見つけて、ショウヘイは声をかけた。ジュンキは大剣を放り出して空を見上げている。
「お~い、ジュンキ~ショウヘイ~、無事かぁ~?」
ユウキも煙の向こうから出てくる。
「んぁ?ジュンキ、どうした?」
ユウキが見つけたのは、地面に座り込んでいるジュンキの姿だった。
「ん…?いや、何でも無いよ。ただ、リオレウスの強さに脱力しちゃって…」
ジュンキはそう言って立ち上がる。
「ほら、見て。俺の大剣がリオレウスのブレスで炭化しちゃった」
ジュンキがショウヘイとユウキにみせた大剣ブレイズブレイドは、普段なら鋼鉄の銀色を放っているが、今は黒くすすけてしまっている。
「でも、諦めるわけじゃないんだろ?」
「もちろん。むしろやる気が出てきたぐらいだよ」
ジュンキはガッツポーズする。
「…さてと、これからどうする?」
「今はまだ追おう。もちろん無理はしないで。で、夜になってリオレウスが寝付いたらそこを襲おう。俺はハンターとして、モンスターに対して夜襲とか、そんな卑怯なことはしたくないけど…今の俺じゃ、そうでもしないとリオレウスには勝てないから」
ジュンキは話し終えると、ショウヘイとユウキが顔を見合わせて笑っていることに気がついた。
「ちょっと、聞いてた?」
「ああ、もちろん」
「悪い。いつものジュンキに戻ったかな~って思ってさ」
「もう…行くよ?」
ジュンキはちょっと恥ずかしくなったので、ショウヘイとユウキを置いてさっさとペイントの臭気がする森の方へ歩み出した。