練兵場に突如響いた声に、ジュンキとクレハは目を見開いて驚いた。
練兵場の扉の前に立つ、見覚えのある姿。背中の太刀「ヒドゥンサーベル」に、闇へ溶け込む漆黒の防具、ナルガS。
「ショウヘイ…!」
ジュンキの発した声に、ショウヘイは少しだけ口元を緩めた。
「なっ…!馬鹿な…更なる侵入者だと…!?見張りの兵士は何をしているんだ…!弓兵…!あの侵入者を射殺せ…!」
グレムリンが腿に刺さっている剣の痛みに耐えながら、兵士達に命令を下す。
兵士達はジュンキとクレハを担架に乗せようと伸ばしていた腕を背中の弓へとまわし、ショウヘイ目掛けて矢を放った。ジュンキとクレハを瀕死の状態にまで追い込んだ矢の雨が、ショウヘイにも迫る。
「ショウヘイ…!」
クレハの短い悲鳴。しかしショウヘイも竜人で、その上身のこなしの軽さはジュンキやクレハ以上だ。
ショウヘイはほとんどの矢を紙一重で回避し、どうしても回避できない矢だけを「ヒドゥンサーベル」で弾くようにして、ジュンキとクレハ、そしてグレムリンの方へと歩み寄る。
「なんと…!あいつも竜人か…!」
ジュンキの背後から聞こえるグレムリンの声。表情を伺うことはできないが、その声は狂喜が半分、恐怖が半分だった。
「うわっ…!」
クレハの横で矢を放っていた兵士が、突然その場に倒れてしまう。どうしたのかと敵ながら心配になったクレハは、視界の端にスナイパーの姿を見つけた。
柱の影から銃口を向ける、パーティでは縁の下の力持ち。
「ユウキ…!」
クレハの声が聞こえたわけではないだろうが、ユウキは笑顔を見せてくれた。そしてその笑顔のまま、次の弓兵を狙い撃つ。
弾が当たった弓兵は卒倒。しかし死んではいない。気を失っているようだ。
「捕獲用麻酔弾か…!」
ユウキが撃っている弾、それは対飛竜用の強力な麻酔。そんなものを人間が受ければ卒倒ものである。
「ショウヘイ、無事か?」
「そろそろお前の力が欲しいところだな」
ショウヘイに語りかける声が聞こえ、クレハとジュンキは矢を弾くショウヘイを振り向いた。
そこへ現れたのは蒼火竜リオソウル。深い青色の防具であるリオソウルを身に纏い、以前より強化された大剣「ぺイルカイザー」を盾にショウヘイを守る竜人。
「「リヴァル…!?」」
ジュンキとクレハは声を揃えて驚きの声を上げた。リヴァルの表情は被っているリオソウルヘルムのせいで見ることはできないが、呆れた笑みを浮かべているのではないのだろうか。
ショウヘイとリヴァルが協力して矢を防ぎ、ユウキが次々と矢を放つ兵を眠らせていく。その隙を縫って、2人のハンターがジュンキとクレハに駆け寄った。
「お前、フェンスじゃないか…!」
「リサちゃん…!どうして…!」
フェンスはジュンキに駆け寄り、リサはクレハに駆け寄る。
「僕の師匠が倒れているんです。助けにくるのは当然ですよ」
「仲間のピンチですから、当然です」
「そういうことだ」
ジュンキとクレハ、そしてフェンスとリサの間に突然現れた巨体の男。
背中のランスは「ブラックテンペスト」という真っ黒な槍に、防具もディアブロUという真っ黒なハンター。
ヘルムの隙間から見える瞳は、やはり笑っていた。
「「カズキ…!」」
ジュンキとクレハの声に、カズキは嬉しそうに頷いた。
「まだ生きてるな。間に合って良かった」
カズキはそう言ってアイテムポーチから閃光玉と煙玉を取り出し、グレムリンや弓兵へ投げつける。
強烈な閃光と深い煙が発生し、弓兵たちは大混乱。グレムリンの指示も届かなくなる。
「お前達…どうやってここまで…?」
「ん~?それはあれだよ。あのリオレイア…セイフレムだっけか?そいつに運んで貰ったんだよ。シュレイド城へと向かう街道の途中で俺たちを見つけてくれてな、誘拐さながら運ばれたって感じさ」
「セイフレムに…!?」
クレハが驚きの声を上げる。
それと同時に練兵場の天井を破り、ザラムレッドとセイフレムが現れた。ザラムレッドはジュンキのすぐ隣に、セイフレムはクレハのすぐ隣へと降り立つ。
「ジュンキ…まだ生きているだろうな…!」
「クレハちゃん…無事なのよね…?」
ザラムレッドとセイフレムは顔を見合わせて頷き合い、ジュンキとクレハの返事を待たずに抱えて飛び上がった。
一方のグレムリンは、彼のみが知っている練兵場から外へと通じる抜け穴の中を移動中だった。事態が手に負えないと判断したグレムリンは部下を見捨て、自分だけ逃げ出したのだ。
しかし未だに腿には剣が刺さったままであり、走るどころか歩くことすらままならない状態であったが。
「ぐぅ…っ!この私が…逃げ出すことになろうとは…!」
真っ暗闇の中を、グレムリンは壁に手を付きながら慎重に進む。誰もいない地下通路の中。どうしても独り言が増えてしまう。
「このままでは…国王陛下に申し訳が立たん…!私も…軍位を奪われかねん…!」
グレムリンは歩みを止める。これまで平坦だった地下通路が上り坂になったのだ。
出口は近い。記憶が正しければ、この通路はシュレイド城の裏側。一番外側の城壁の外、開けた丘の上に繋がっているはずだ。
通路は先が細くなり、ついに天井と道が繋がってしまう。ここの天井を押し上げれば外に出るはずだ。
「しかし、命あっての物種…!今ここで、死ぬわけにはいかん…!」
グレムリンは天井を押し上げる。眩しい陽の光に目がくらみ、視界が一瞬真っ白に染まる―――。
「…」
一匹の龍がそこにいた。頭の先から尻尾まで、絶望を体現したかのような漆黒。グレムリンの記憶が正しければ、この龍の名前はミラボレアスだったはずだ。
「は…はは…」
グレムリンは引きつった笑みをこぼす。どうして黒龍ミラボレアスがこんな場所にいる?どうして私を睨んでくる?どうして?どうして…?
「…ヌシが人の王か?」
「ははは…あははは…!」
「…いや、人の王でもそうでなくてもよい。ヌシが人を率いて我々竜を無差別に殺していることは分かっている。ヌシはそれを自覚できているのか…?」
「はははははっ!あーっはっはっはっ!!!」
「…自覚なし、か。いいだろう。これ以上竜の犠牲を出すわけにはいかない。例えヌシに非が無いにしても、ヌシを生かせば何をしでかすか分からないからな。後顧の憂いを…絶たせてもらう…」
ミラボレアスは息を吸うと、巨大な炎のブレスを吐き出した。
後には何も残らなかった。