「クレハ…!そんな…っ!」
矢が刺さり、酷く痛む右腕を上げ、クレハに向かって伸ばす。届くはずもないと分かっていても、手を伸ばしてしまう。
「…ただの侵入者ではないな。もしやお前も竜人か…?」
グレムリンはそう言いながらクレハの前に立ち、青色の髪を掴むとそのまま持ち上げた。
「ぐぁ…ッ!」
クレハは目を開けると、出来る限りの憎悪をグレムリンに向ける。しかしグレムリンは臆するどころか笑顔を浮かべた。
「竜の瞳…!深い緑色の瞳といえばリオレイアだな…。私の部下が集めた情報が正しければ、お前の名前はクレハのはずだ…。そしてそこに倒れている男と、最近結婚したとか…」
グレムリンはそう言つつ、ジュンキへと目線を向ける。
「そうか、助けに来たのか!何という夫婦愛!私も見習らわなければな!はははははっ!」
グレムリンは高笑いするとクレハの髪から手を離し、今度はジュンキの前に立つ。
「クレハに…触るな…!」
「う~ん?実験動物が何か言っているが、私には理解できないな?」
グレムリンはまるで汚物を見るかのような目で地面に倒れるジュンキとクレハを見ると「実験部隊と研究員を呼べ。雄だけでなく、雌のサンプルも手に入ったぞ!」と叫び、弓を持った兵士の中のひとりが外へと駆けていく。
「実験…?前から疑問に思っていたが…どうしてお前は…俺達竜人を狙う…?一体何を企んでいるんだ…?」
ジュンキの問い掛けに、グレムリンは再び笑顔になった。
「いいだろう、教えてやる」
グレムリンはそう言うとジュンキに背を向け、クレハの方へとゆっくり歩み寄り始めた。
「私の目的はふたつ…。シュレイド王国軍の存続と、軍事力の強化だ…。しかしそれは容易な道ではない…」
グレムリンはクレハの前で立ち止まり、屈んでクレハの顔を覗く。
「シュレイド王国による大陸の統一で戦争は無くなり、ハンターズギルドの台頭によってモンスターを狩る依頼も減ってしまった…。それではシュレイド王国軍の必要性が無くなる…。多くの兵が路頭に迷うことになる…。無論、私も」
クレハはグレムリンを睨むが、当の本人は笑顔を崩さない。
グレムリンは立ち上がり、今度はジュンキの方へとゆっくり歩き始めた。
「ただでさえ必要性が疑問視されているのに、多額の国家予算を掛けてまで軍事力を強化することは国王が許さない…。だから手っ取り早く強大な力を手に入れることにした…」
グレムリンはそう言いながら、今度はジュンキの顔を覗く。
「それが俺達竜人ってわけか…!」
「顔を見せろ。無礼者」
グレムリンはジュンキの被るレウスSヘルムを強引に外すと放り投げ、そして再び立ち上がった。
「そう、竜人の力は実に魅力的だ…。私は軍人である以前に学者でな。過去の文献に竜人のことが記されているのを見つけ、そしてその力が欲しくなった…」
グレムリンは再びクレハに歩み寄る。
「駄目で元々探してみると、どういうわけか現代に蘇っていた…。これを逃す手はないだろう。私は竜人を捕まえ、その力の根源を取り出し、軍の兵士に植え付ける…。兵士ひとりひとりの強さが竜人ならば、ハンターズギルドにも劣らない勢力となろう…。これが私の目的だ。…理解できたかな?ん?」
グレムリンはそう言い、再びクレハの顔を覗いた。
「私達竜人の力は…大昔から受け継いだ…力…。そんな下らないことに…使わないで…!」
荒い呼吸を整えて、クレハはゆっくりと言い放つ。
怒りの言葉はグレムリンを怒らせたようで、彼の顔は笑顔から憤怒に変わった。
「口を慎め、実験動物め」
グレムリンはそう言うと、クレハの腹を思いっ切り蹴った。
「がは…ッ!」
クレハの口から血液混じりの唾液が飛び出す。
「クレハ…っ!グレムリン…!貴様ぁ…!」
ジュンキが憎しみを込めて言い放つが、グレムリンは笑顔を絶やさない。
「総帥、準備ができました」
「うむ、よろしい…」
先程外へ駆けていった兵士が戻り、グレムリンへ報告する。すると担架を抱えた兵士が現れ、その担架をジュンキとクレハの横に置いた。そこへ乗せて運ぶつもりなのだろう。
「研究棟へ行ったら、その痛々しい矢を全て抜き取ってやるから安心するがいい…。ああ、心配無用。ちゃんと麻酔も打ってやる。その後は…実験と研究の日々だな。そうだな…まずはどれくらいの治癒能力を竜人が持っているのか試してやろう。例えば…あえて骨を折ってみるとかな。実験が進めば、血液や内臓の提供をお願いするやもしれん。最終的には…標本かな」
グレムリンはここまで言うと、何度目かの高笑いを放った。
「ついに竜人をこの手に…!さあ、研究棟まで運べ!竜人の力の秘密を暴き、シュレイド王国軍の再興を―――」
天を仰ぎ、高々と自分の理想を語っていたグレムリンが突然言葉を詰まらせた。
「な…に…?」
グレムリンは目線を左脚の腿へと落とす。そこには1本の剣が刺さり、腿を貫いていた。
「あっ…!あああ…っ!?ぐあああああッ!!!」
グレムリンは悲鳴を上げ、その場に倒れて悶え苦しむ。
剣を刺したのはクレハだった。
「師匠…ごめんなさい…。師匠から託された…大切な剣で…私は…人を刺した…。ごめんなさい…!」
クレハの瞳からあ、熱い涙が流れ落ちる。
「貴様!なんということを!」
30人いる弓兵のうちのひとりが声を上げて矢を放つ。床に倒れて動けないクレハを狙うことは造作もないことで、矢は外れることなくクレハの背中に刺さった。
「あぁ…ッ!!!」
「やめいっ!これ以上矢を放てば…さすがの竜人も死ぬかもしれんだろうが…っ!」
弓兵たちが更なる矢を放とうとしているところを、グレムリンが声を上げて制する。
「グレムリン総帥!しかし!」
「私のことは後でいい…!それよりも竜人を研究棟まで運べ…!竜人が死んでしまえば意味がない…!」
「…分かりました。おい!竜人を運ぶぞ!」
ひとりの兵士の言葉で、兵士達全員が駆け寄ってくる。
(…ここまでか)
ジュンキは抵抗を諦め、クレハを見つめた。クレハも悲しそうな目を向けてくる。
(俺は…また大切な人を、守れないのか…?)
かつて自分の腕の中で息絶えていったチヅルの姿が、今のクレハに重なってしまう。
何もできない。ただ諦めるしかない。
―――そんな時だった。
「…俺達のこと、忘れたわけじゃないだろ?ジュンキ。クレハ」
聞き覚えのある声が、練兵場に響いた。