ジュンキは竜の力を使い、大剣「ジークムント」を投擲することでシュレイド城の城門に穴を開けた。
先程までジュンキを取り囲んで帰れ帰れと連呼していた兵士達はそんなジュンキの行動に全員腰を抜かし、尻餅をついてしまっている。
「…通らせてもらうぞ」
ジュンキは一言だけ残し、城門に開けた穴をくぐる。するとそこは広場になっていて、多くの兵士達が驚きの目を向けてきていた。その数、1000人はいるだろう。
だがジュンキはその目線を無視し、地面に転がる大剣「ジークムント」を拾い上げた。
「…やはり駄目か」
城門を破った大剣「ジークムント」は先端が大きく欠け、亀裂が何本も入っていた。これでは何回か振るっただけで折れてしまうだろう。
ジュンキは大剣の回収を諦め、地面に置いた。
「何者だ!」
突然響いた大きな声に、ジュンキは顔を上げる。
兵士達の向こうに設置された演台の上に立つ、一際目立つ男。彼が声を掛けてきたのだろう。しかし物凄い声量である。
ジュンキはそこまで大きな声を出す自信が無いので、歩み寄りながら声を上げることにした。
「俺の名前はジュンキ!シュレイド王国軍の最高指揮官と話がしたい!」
ジュンキはレウスSヘルムを取ると、できる限り大きな声を出した。それは演台の男に届いたようで、返事が返ってきた。
「私がシュレイド王国軍最高司令官のグレムリン総帥だ!ハンターが私に何の用だ!」
ジュンキは兵士達の槍や剣が届かないギリギリの場所で立ち止まり、そこから声を上げた。
「要求はひとつ!これ以上の竜討伐を止めることだ!」
「それは無理な相談だな!だが、話を聞いてやらんでもない!もしかしたら、万が一にも私の気が変わるかもしれんぞ!」
グレムリンが話を聞くということで、ジュンキは世界の均衡のこと、竜人という存在のこと、祖龍ミラルーツのことなど、シュレイド王国軍を止めにきた理由を説明した。
「…なるほど。世界の情勢については分かった。しかし!私は止まるわけにはいかない!」
グレムリンはジュンキが話をしている間は黙って聞いていたが、ジュンキが口を閉じると自分の主張を始めた。それはシュレイド王国軍の社会的地位だったり必要性だったりと、以前ジュンキがレイスから聞いた内容とほぼ同じだった。
「…どうしても止める気は無いんだな?」
ジュンキの言葉に、グレムリンは笑った。
「奴を捕えよ!死なない程度に傷付けるのは構わん!半殺しでもいい!もっとも、そう簡単に死ねる身体ではないからな…」
グレムリンの言葉に兵士達が応じ、一斉に剣を抜き、槍を構える。
「やっぱり…こうなるか…」
グレムリンの放った言葉の最後が気に掛かるが、今はそれを考えている場合ではない。
ジュンキはレウスSヘルムを被ると、背中の太刀「エクディシス」を抜いた。
「一番槍いいい―っ!」
ジュンキが立っていた場所から直線距離で一番近い場所にいた兵士が、槍を携えて真正面から迫る。
突き出された穂先を切り飛ばすと、ジュンキは兵士の側頭部を太刀「エクディシス」で殴りつけた。竜の力を以ってして殴られた兵士は数人巻き込んで倒れ、そのまま気を失ってしまう。
「貴様ぁ!よくも!」
「覚悟!」
次々と突き出される槍を避け、隙あらば気絶させる。ベッキーとの約束もあるが、やはりジュンキとしても人を殺したい訳ではないのだ。
(では、竜ならば殺しても良いのか…?人ならば悪くて、竜ならば良い…?)
自分勝手だと思う。
竜ならば異種族。だから殺しても良い?
人ならば同族。だから殺せない?
では…どうすればいい…?
ジュンキは襲い掛かる兵士達を気絶させつつ、自問自答する。
気を失った兵士が次々と増える中、ついに死者が出る。
「よくもっ…!うあっ!?」
その兵士は、目の前の脅威に気を取られるあまり、自分の足元への気遣いを忘れていた。気絶した兵士を踏みつけた彼は足を滑らせ、あらぬ方向へ剣を差し向けてしまう。
ジュンキが気付いた時にはもう遅い。強靭な筋肉に、硬い甲殻や鱗を持ったモンスターと戦う為の武器である太刀「エクディシス」の刃。それを人間に向かって使えばどうなるか、結果は分かりきっていた。
太刀「エクディシス」の刃は人間の身体を簡単に両断した。その兵士は断末魔の悲鳴を上げながら身を包む甲冑ごと真っ二つになり、上半身と下半身が分離して絶命したのだ。
飛び出す内臓。噴き出す血潮。
仲間が殺されたという恐怖は一気に他の兵士へと伝染し、ジュンキへ襲い掛かる。
「よくも殺したな!」
「この化け物め!」
仲間を殺されたという恐怖から沸き起こる力によって勢いを増す兵士達の攻撃を前に、ジュンキは竜の力を使おうとも対処しきれず、第2第3の死者が出始める。
(駄目だ…!人を殺しては…いけない…!)
「死ねえええええッ!」
突き出される両刃の剣。それを弾こうと太刀を横に振るえば、剣と同時に近くの兵士の首が飛ぶ。
「悪魔が!」
振り下ろされる斧。その柄から切り落とそうと太刀を縦に振り下ろせば横から別の兵士が割り込み、頭から股にかけて真っ二つ。右半身と左半身に分離する。
「…あああああッ!!!」
耐え切れず、ジュンキは太刀「エクディシス」を思い切り薙いだ。何人もの兵士が胸や腹を裂かれ、絶命する。
「邪魔を…しないでくれ…」
ジュンキの願い空しく、怒りや恐怖に狂った兵士達が次々とジュンキに襲い掛かり、絶命していく。
ジュンキは次第に意識を失っていった。
気が付けば、立っているのはジュンキだけだった。周りを見渡せば死体の山。綺麗にはめ込まれた石畳は血の川となり、まるで地獄を再現したかのような光景だ。
今の自分の姿を見れば、悪魔にだって見えるだろう。身を包むレウスSシリーズの防具は返り血と肉片にまみれ、体液を被り、死肉の臭いが漂っていた。
「…うぐっ!」
突然こみ上げる吐き気。
ジュンキは急ぎレウスSヘルムを外して放り投げると、その場で嘔吐した。
「…っ!」
それでもジュンキは止まれない。グレムリンを説得し、シュレイド王国軍の行動を止めなければならない。
そして、人と竜の争いに終止符を打つ。
「…」
ジュンキは太刀を振るって血糊を払うと、シュレイド城の内部へと足を踏み入れた。
シュレイド城の中へ入っても、シュレイド王国軍の攻撃は止まらなかった。
廊下の死角や部屋の中から飛び出し、ジュンキに襲い掛かるが、返り討ちで気絶させられる。
「ジュンキ殿…!」
突然自分を呼ぶ声が聞こえ、ジュンキは立ち止まる。すると物陰から、シュレイド王国軍の中でも数少ない知り合いが出てきた。以前ジュンキがシュレイド城を訪れた際に世話をしてくれた、レイスという女性兵士だ。
「レイス…」
「ジュンキ殿…これは一体…?」
レイスに問い詰められ、ジュンキは押し黙ってしまう。
「あなたは…何をしたのか分かっているのですか…?」
レイスはそう言い、剣を抜く。
「…やめてくれ。君が剣を抜けば、俺も剣を抜くぞ…?」
ジュンキは力なく言い、太刀を構える。
「答えて下さい!どうして…どうしてこんなことを…!?」
レイスの今にも泣き出しそうな声で問われ、ジュンキは太刀の先を少し下げてから口を開いた。
「俺は竜人としてやるべきことをしただけだ…」
「やるべきこと…!?これが…!?」
「…結果的にこうなってしまったけどな」
ジュンキは一度ゆっくり瞬きすると、剣を構えているレイスを見据えた。
「俺は軍の計画を阻止する。これ以上に人を殺す事になってしまってもな…。そこまでするのが正しいかどうかは分からないが…」
「…」
「レイス。お前も軍の考えに反対していたな。ここを通してくれないか?」
「私は…シュレイド王国軍に忠誠を誓った身…。上の命令は…絶対です…!」
レイスの言葉は震えており、呼吸も乱れていた。下手に近づけば斬りかかってくることも考えられるので、ジュンキはその場を動かずに説得してみることにする。
言葉を丁寧に選び、ゆっくりと語る。
「レイス…。自分の信念を曲げてまで、誓う忠誠なんてあるのか…?自分が信じられる相手だからこそ、忠誠を誓うんじゃないのか…?」
「そ、それは…。わ…私は…っ!」
レイスは驚きに目を見開き、そして泣き出しそうな顔でこちらを睨んでくる。頭の中で必死に答えを出そうと考えを巡らせているのだろう。もはや視線も定まらず、剣先もジュンキを向いていない。
「うぅぅ…っ!」
ついにレイスの膝から力が抜け、レイスはその場に座り込んでしまった。主の手を離れた剣は石の廊下に落下し、乾いた金属音を響かせる。
「…すまない、レイス」
ジュンキはそう行って歩き出し、レイスの横を通ってさらに奥を目指す。
「待って…下さい…」
背後からレイスに声を掛けられ、ジュンキはその場に立ち止まって振り向いた。
「グレムリンは…恐らく練兵場にいます…。非常事態が発生した際は…そこに集合する手はずですから…」
「…ありがとう、レイス」
ジュンキは一言礼を述べ、再び歩き出す。
レイスに言われた通りにシュレイド城の中を進み、ジュンキは練兵場の扉の前に立った。ここにグレムリンがいるのだ。
ジュンキは呼吸を整え、そして一気に扉を開いた。