窓から差し込む太陽の光に眩しさを感じ、ジュンキは目を覚ました。
ぼやける視界の全体に、古びた部屋の天井が広がる。
「生き…てる…?」
身体を起こそうとするが、激痛が走ったので諦める。
首だけを動かして部屋の中を見渡すと、ジュンキはある事に気付き、そして驚いた。
「俺の家か…?」
そう、ここはジュンキの自宅だった。つまり、ジュンキは今、ココット村にいるということになる。
考えれば当然のことで、あのリオレウスと戦った「森と丘」は、ココット村の裏山みたいなものなのだ。重傷を負ったジュンキを運び込むなら、ここしかないだろう。
「…?」
誰かが呼吸する音が聞こえる。勿論自分ではない。
視線を巡らせると、寝息の主はすぐ近くにいた。
「…チヅル」
そう、チヅルだった。背中を壁に預け、椅子に座ったまま眠っている。
そのチヅルの身体が徐々に傾いていき、やがて椅子から転げ落ちてしまった。
「んぎゃっ…!んあぁ…?朝かぁ…痛てて…」
チヅルが眠たそうに身体を起こす。そして大きな欠伸。チヅルはイャンガルルガの防具を着けたままだったため、まるでイャンガルルガの欠伸だなと、ジュンキは思わず笑ってしまった。
「ははは…」
「ジュンキ!?」
笑い声が聞こえてしまったのだろう。チヅルは眠気を一気に吹き飛ばし、ジュンキの枕元に飛んできた。
チヅルの黒い瞳は驚きに見開いていたが、すぐに優しい眼差しへと変わった。
「良かった…死んじゃうかと思ったんだよ…?」
涙で目を潤わせながら、震える声で言う。
「…どれくらい寝てた?」
「丸三日だよ。死んじゃったみたいに動かないから、ほんとに心配したんだよ?」
「ごめん、心配かけて。みんなは?」
「みんなは、この村の集会場で朝御飯だと思うよ。呼んでくるね」
チヅルはそう言うと、ジュンキの家を飛び出していった。
「…昔みたいに、ショウヘイに殴られるかもな」
ジュンキはひとり呟くと、静かに目を閉じた。
チヅルに呼ばれたパーティメンバー達は、すぐにやって来た。
そしてジュンキの姿を見るなり、口々に安堵の声を漏らす。
「いや~しっかしよく生きてたな~。俺は死んじまうと思ったぞ」
と笑い飛ばすカズキ。
「出会っていきなり死なないで、ホントよかったよ」
嬉しそうに言うクレハ。
そんな中、ジュンキはゆっくりと口を開いた。
「…ショウヘイ」
「ん?」
先程から、何も言わずにただ微笑んでいるだけのショウヘイを呼ぶ。
「…殴らないのか?」
「殴って欲しいのか?昔みたいに」
「…遠慮したい」
「…まあ、ジュンキらしいといえばジュンキらしい行動だな。今も昔も」
「昔はただ無謀なだけだったさ。今も、そうなのかな…?」
ジュンキが尋ねると、ショウヘイは呆れ気味に「そうだな」頷いた。
ジュンキとショウヘイの会話で、他の4人の会話が止まってしまう。
「ん?」
ジュンキとショウヘイが不思議そうな顔をすると、クレハの口が開いた。
「何?さっきから殴る殴らないって…」
クレハの言葉に、ジュンキとショウヘイとユウキが顔を見合わせ、互いに苦笑いした。
「あ~、隠し事?」
「昔の話だよ。な?」
とユウキ。ジュンキとショウヘイは頷く。
「教えて欲しいな~。ジュンキの昔話」
とチヅル。
もちろん、カズキやクレハも興味があるらしい。
「…昔話だぞ?」
ユウキがジュンキとショウヘイをひっぱる形で、3人の昔話が始まった。
それは2年も前の話。
ジュンキがショウヘイとユウキに相談もせずにリオレウスへと向かっていき、そして玉砕した話。
だがユウキの話はそれだけに留まらず、その後の事まで話してくれた。
※
「大変だニャー!」
アイルーの慌てた声を聞いて、ショウヘイやユウキの不安は一気に膨らんだ。
ショウヘイとユウキがそれぞれ向かっていた遠い狩場から帰ってくる直前に、ジュンキが単身でリオレウス狩りに出たというのだ。
もしかして、ジュンキが重傷を負って運ばれてきたのではないか―――ショウヘイとユウキの予感は的中することとなる。
「…ッ!」
先頭を走ってきたアイルーの後ろに、数匹のアイルー達が押しているハンター搬送用の木造リアカーが見えた。そこに寝かされているのは、血まみれのジュンキだった。
ランポスヘルムは紛失したのか装備しておらず、おかげで顔の右半分と薄い茶色の髪が、ジュンキ自身の血液で真っ赤に染まっているのが見える。胴装備のランポスメイルは左肩から右脇腹にかけて大きく裂け、中の肉やら骨やらが見え隠れしていた。ランポスシリーズ自体も深紅に染まり、所々焦げている。
―――ジュンキ本人は、ピクリとも動かずに村の診療所へと運ばれていった。
「…ショウヘイ」
後ろからユウキに声をかけられて、ショウヘイは我に帰った。
「俺達も…診療所に行こう…?」
「ああ…」
ショウヘイはゆっくりと、とてもゆっくりと診療所へと歩み始めた。
目が覚めた。ここは何処だろう。
「あぐッ…!」
体を動かそうとして胸に走った激痛に、思わず呻き声を上げてしまう。
息苦しい。体が熱い。視界がぼやける。呼吸が早い。
「目が覚めたか?ジュンキ…」
声が聞こえた方を見ると、渋い顔をしているショウヘイと、嬉しそうなユウキがこちらを覗いていた。
「ショウヘイ…ユウキ…」
「ジュンキ、すまない―――」
「一発殴らせろ」
鈍い音。突然視界が右に流れる。頬に走る痛み。
殴られたのだ―――ショウヘイに。
「ショウヘイ!」
ユウキが驚きの声を上げるが、ショウヘイはそれを左手で制す。
「…どうして1人でリオレウスを狩りに行った!どうして俺達に相談しなかった!どうして…危険だと判断して、戻って来なかった!」
普段のショウヘイからは考えられない程に、息を荒らげている。
ジュンキの青い瞳から、静かに涙が流れ落ちた。
「殴るなら、儂を殴れ。ショウヘイ…」
病室の入り口から声が聞こえて、ショウヘイとユウキは振り向く。
そこには、この村の村長が佇んでいた。
「儂のせいじゃ。殴るなら、儂を殴ってくれ…」
長い沈黙が辺りを包む。
「村長…」
掠れた声が、病室に弱々しく響く。
ショウヘイ、ユウキ、そして村長が、ジュンキの方を振り向く。
「村長は、悪くない…。俺の…判断ミスです…」
再び長い沈黙。
「…ジュンキが目を覚ました。今はそれでいいんじゃないか?」
ユウキの仲裁する言葉に、ショウヘイは視線を落とす。
「すまなかった、ジュンキ。どうか再び、ハンターに復帰してくれ…」
村長はそう言い残すと、病室を出て行った。
「…俺達も行こう?」
「ああ…。ジュンキ」
「…?」
ジュンキは黙ったまま、ショウヘイの方を向く。
「ごめん」
ショウヘイは頭を下げた。
「自業自得だよ…。ショウヘイは…悪くない…」
「…ごめん」
「早く復帰しろよ?俺達は狩りを続けるけど、帰るたびに必ず顔を出すからな?…死ぬんじゃないぞ」
そう言って、ショウヘイとユウキも病室を出て行った。
※
「そんなことがあったんだ…」
ユウキが話してくれた3人の昔話に区切りが付いたところで、クレハが声を上げた。
「その胸の傷はあの時のものなのか…」
カズキが納得したように何度も大きく頷く。
「それから、ジュンキはどうなったの?まあ、今もこうして生きているから、無事だったのは分かるけど…」
チヅルの心配してくれているようで心配していないような言葉に、ジュンキは小さく笑った。
「あれから、ジュンキは大変だったんよな?」
「ああ…もう二度と経験したくない、闘病生活だ」
ユウキに聞かれて、ジュンキは顔をしかめながら答える。
「見ているこっちまで苦しかったからな」
ショウヘイはそう言って、ユウキと一緒に昔話の続きを始めた。