ミナガルデの街へと戻ったジュンキはすぐにベッキーのところへ出向き、シュレイド城で見聞きした全てを報告した。
ジュンキの話にベッキーは慌てることなく、最後まで聞いてから口を開いた。
「…軍の名誉回復と、竜の軍事利用。前者の方は予想通りだけど、後者は予想外ね」
ベッキーはそれだけ言うと目を閉じ、考え込んでしまった。これからどうするべきか悩んでいるのだろう。
ジュンキはベッキーが顔を上げてから口を開いた。
「単刀直入に言うと、俺は軍の計画を止めたい」
「それはギルドとしても同意見よ。でも相手は国家だから、ギルドとしては遠回しに牽制することくらいしかできないでしょうね…」
ベッキーの言葉に、ジュンキは思わず眉間に皺を寄せてしまう。
「遠回し?」
「ええ。シュレイド王国軍に対して、これ以上無暗に竜を狩るなと書簡を送るとかね。でもそれには、シュレイド王国軍が無暗に竜を殺しているという証拠を掴む必要があるから、さらに時間が掛かることになるわね…」
「…それで軍が手を引くとは思えないんだが」
「相手は国家権力なのよ?然るべき手順を踏まないと、戦争になってしまうわ…」
ベッキーの言葉を聞き、ジュンキは一拍置いてから口を開いた。
「…軍は近々、大きな演習を行うらしい。それまでには間に合うのか?」
ジュンキの問い掛けに、ベッキーは押し黙ってしまう。
「…間に合うのか?」
「…善処するわ」
ベッキーはそう言うと立ち上がって会議室の出口へと歩き出し、その途中で立ち止まってジュンキを振り向いた。
「今回は協力してくれてありがとう。お陰で軍の目的も知ることができたわ。報酬は上乗せしておくわね」
「…ベッキー」
ベッキーが会議室を出ようとドアノブに手を乗せた時、ジュンキは大切なことを思い出して口を開いた。
「クレハを知らないか?酒場にはいなかったみたいだけど…」
ベッキーはドアノブに右手を添えたまま振り向く。
「クレハちゃんならお師匠さんの所へ行っているわよ。ジュンキ君の視察に旅程を合わせている筈だから、数日後には戻るんじゃないかしら」
「そうか…。ありがとう」
ジュンキはそう言うと立ち上がり、ベッキーと並んで会議室を出る。
今日も騒がしい酒場に出ると、ベッキーはカウンターの内側へと戻り、ジュンキはベッキーの正面にあるカウンター席に座った。
「軍の動きが気になるのは分かるけど、今はギルドを信用して貰えないかしら。こちらで何とかしてみるから」
「頼りにしてるよ」
ベッキーの言葉に皮肉っぽくジュンキは返事を返したが、ベッキーは満面の笑みを作ってくれたのだった。
「…とは言ったものの、シュレイド王国軍を紙一枚で止めるなんて、実際は無理だろうな」
ジュンキは自分のゲストハウスに戻るとベッドに腰掛け、夕闇に沈みゆくミナガルデの街を窓から眺めながらひとり呟いた。隣を見るとクレハのベッドがあるが、そこにクレハの姿はない。
ベッキーが言うには師匠のところへ赴いているらしい。そしてジュンキが戻ってくる日程に合わせて街を出たらしいのだが、クレハはジュンキがシュレイド城を抜け出していることを知らない。合流するのは数日後だろう。
ジュンキは視線を窓の外に向けると、再びシュレイド王国軍について考え始めた。
(軍は近いうちに動くだろう。話し合いで解決できればそれでいいが、もし無理なら…)
ジュンキはそう考えつつ、視線を自分の収納ボックスへと向ける。そこには対モンスター用の大剣「ジークムント」と太刀「エクディシス」が部屋の壁に立て掛けてあり、ジュンキはベッドから立ち上がると太刀「エクディシス」を手に取って抜刀した。
クシャルダオラの堅殻から削り出した刀身が蝋燭の明かりを反射し、鈍く輝く。
(俺は、人を斬るのか…?)
ジュンキは太刀「エクディシス」の刀身を見つめていたが、やがてため息をひとつ吐くと太刀を鞘に戻した。
「…一応呼んでおくか」
ジュンキはそう言うと机の前に座り、羽ペンを書き進めた。
宛先はかつての仲間達。以前はパーティを組んでいたが、シュレイド王国軍の追跡の目から逃れるために解散し、今は別々の街や村に散っているはずである。
「そういえば、ショウヘイやユウキはここにいるはずだよな…」
祖龍ミラルーツを討伐後、ジュンキとクレハは結婚してココット村に。それと入れ替わる形でショウヘイとユウキはミナガルデの街に。カズキはジャンボ村に。リヴァルとリサはポッケ村に散らばった。
そこでジュンキは再び集まってくれと手紙を書こうとしたのだが、ショウヘイとユウキには会おうとすれば会えるのではないだろうか。
「…でも狩りに出ているかもしれないからな。一応書いておくか…」
ひとり呟き、一応ショウヘイとユウキへの手紙も書く。
ジュンキはその手紙を夕飯の時にベッキーへと渡し、速達でとお願いしておいたのだった。