翌朝、ジュンキは再びダークに起こされた。眠たい身体に鞭打ち、ひとり寂しい朝食を済ませる。
「おはようございます」
後片付けをする給仕に混じってレイスが現れると、やはり苦笑いしてしまうジュンキ。それが表に出ないよう必死に抑え、レイスの話に耳を傾けた。
「本日の日程をお知らせします。本日は政治の舞台となる議会の場をご覧頂くつもりです。その後―――」
レイスの説明を聞き終え、ジュンキはダークと共に部屋を後にする。
「ん…?」
レイスを先頭にジュンキ、ダークと並んで廊下を歩いていると、慌ただしく駆け回る兵士達と何度もすれ違う。ジュンキはどうしても気になり、レイスに尋ねてみることにした。
「レイス、聞きたいことがあるんだが…」
「どうしましたか?」
レイスは相変わらず必要最低限の動きで振り向く。
ジュンキは疑問に思ったことを単刀直入に聞いた。
「今日は何かと慌ただしいが、何かあるのか?」
「…軍事機密です。お答えできません」
ジュンキの質問に、レイスは答えてくれなかった。やはり軍事関係は教えてくれないらしい。
ダークは答えてくれるのだろうかとジュンキは背後を振り向いたが、ダークは苦笑いを浮かべて首を横に振った。
(やはり、忍び込むしかないか…)
このままダークやレイスと共にいても、有用な情報を掴むことはできないだろう。ジュンキは今夜こそ、あの部屋を脱走しようと決めたのだった。
その日の深夜、ジュンキは静かに目を覚ました。音を立てずに起き上がり、静かに窓を開ける。
ジュンキが軟禁されているこの部屋は、最上階の3階である。飛び降りれば怪我する恐れがある為、まず近くの樹へ飛び移ることにする。
竜の力を使い、強靭な脚力で窓から飛び出すと、後はナルガクルガの如く樹を飛び移って地面に降り立った。
「竜の力はこんなことにも使えるんだな…」
ジュンキはひとり呟きながら己の竜を解き、夜の闇に紛れて軍の関連施設へと向かった。
途中で見張りの兵と何度もすれ違いながらも、発見されずに移動できた。
「あれは…?」
やがて、軍の施設が建ち並ぶ区画へ立ち入ると、一際警備が厳重な建物が目に入った。
「恐らく、あそこだろうな…」
ジュンキは忍び足でその建物に近づくと、警備の兵がいなくなるタイミングで建物の中へと侵入した。
建物の中は予想に反して警備が薄く、見張りの兵は殆ど見受けられなかった。
ジュンキは難なく建物の中を物色し、やがてとある部屋にたどり着いた。
「この部屋は…?」
ジュンキが立ち入った部屋には大きなシュレイド大陸図が壁に貼ってあり、その大陸図には様々なメモが書き記されている。
月明かりを頼りに読んでみると、それらは今後の軍事訓練や竜の討伐予定が書き込まれていた。
「ここは作戦を立てる部屋か…」
ジュンキは見張りの兵の接近に警戒しつつ、部屋の中にある資料を次々開いていく。泥棒と同じことをしている気がして罪悪感に駆られるも、これも世界の為だと無理やり自分を納得させ、手を進めた。
そしてシュレイド王国軍の目的が大方掴めたところで、ジュンキは怒りに震えながら軟禁部屋へと戻っていった。
「ジュンキ殿!?」
気が付けば、目の前にはレイスが驚きの表情で立っていた。
ジュンキは再び窓から部屋へ戻るつもりだったが、あまりの怒りで道を誤り、正面から部屋へと戻ってしまっていた。
当然部屋の前には見張りが―――今夜もレイスが待機していて、普通に見つかってしまう。
「どうして外に…!まさか窓から飛び降りたのですか!?」
レイスは慌てている。
当然の事だが、ジュンキはレイスと話す気にならず、レイスの横を素通りして部屋に入ろうとする。
すると、レイスがジュンキの右腕を掴んだ。
「話を聞いているのですか!?夜に無断で出歩き、見張りに見つかれば、どうなっていたことか…!」
ここでレイスはジュンキの瞳を覗いてしまい、それが怒りに震えていると知ると、思わず掴んだジュンキの右腕を放してしまった。
その隙にジュンキは部屋へ入る。
「…ジュンキ殿!」
レイスもすぐにジュンキを追う。
だがジュンキはそんなレイスに目もくれず、ベッドに腰掛けた。
「…一体何があったのですか?」
ジュンキの只ならぬ様子に、レイスもつい心配になってしまう。
ジュンキは顔を上げると、レイスを正面に見据えた。
「掴んだぞ…。軍の目的を…」
「まさか…!軍事区画へ入ったのですか!?」
レイスの驚きを無視し、ジュンキは言葉を続ける。
「軍はこの世界の竜を…命を弄んでいる…」
「なっ…!?」
「軍の目的はふたつ…。竜をより多く殺すことでシュレイド王国軍の重要性を主張し、ハンターズギルドを失墜させること…。もうひとつは、竜の軍事利用だ…」
「…それが事実ならば、何と愚かな…!」
「知らなかったのか…?」
「…私は末端の兵士。軍の作戦を聞かされる立場ではありません…」
レイスの震える言葉を最後に、ふたりの会話が途切れる。
長い沈黙の後、レイスが口を開いた。
「…ジュンキ殿。これからどうされるおつもりですか…?」
「決まっている…。ハンターズギルドに報告するだけだ…」
「…私は、シュレイド王国に忠誠を誓った身。あなたを助ける為に、命令に逆らう訳にはいきません…」
「レイス…?」
レイスが突然そんなことを言うので、ジュンキは驚きの眼差しを向けた。
そこには真剣な表情のレイス。
「しかし、忠誠よりも大切なのは正義だと私は考えます。ですから、私はジュンキ殿に真実を話します」
「真実…?」
「私やダーク、それと多くの兵に、ジュンキ殿を捕えるよう命令が下されています」
ジュンキは大きな声で驚かず、あくまで冷静にレイスと向き合う。
「…どうして?」
「詳しくは聞かされていません。ジュンキ殿がシュレイド城の視察を終えて街を離れたタイミングで捕えよ、と…。それだけです」
シュレイド王国軍がハンターズギルドに対して、視察はジュンキのみを要求した理由はこれだろう。
身の危険を顧みず、真実を話してくれたレイスに、ジュンキは礼を述べた。
「…ありがとう。これから俺はどうすればいい?」
「ジュンキ殿の捕獲準備は、まだ終わっていないはずです。今から抜け出せば、兵たちが準備を終える前にシュレイドの街を出られるはずです」
「俺が逃げた後、お前はどうなる?脱走の手助けをしたと真っ先に疑われるのはお前じゃないのか?」
「…私は軍の秘密を知ったジュンキ殿に脅迫され、やむなく協力した…。でどうでしょうか?」
レイスの提案で成功するかどうかは分からないが、今はそれしか方法が思い当たらない。
ジュンキは首を縦に振るしかなかった。
「…よし、それで行こう」
ジュンキはそう言うと立ち上がり、部屋の扉の前に立つ。
「世話になったな、レイス」
「どうか御無事で」
「ダークにもよろしく言っておいてくれ」
「…了解しました」
レイスの言葉を背に、ジュンキはシュレイド城から脱出したのだった。