レイスに連れられて城内を案内された、その日の夜。ジュンキは就寝の準備をしてくれたダークに礼を言い、早めの床に就いた。だが、ジュンキに寝る気は一切無い。
多くの兵士が眠りに就いただろう深夜を狙い、この部屋を抜け出すのだ。そして、シュレイド王国軍の目的を探し出す。
夜更けにジュンキは目を開くと、眼球だけを動かして部屋の様子を確かめた。室内に誰もいないことを確認し、起床する。
素早く寝間着から着替え、音を立てないよう部屋の扉の前に立つ。扉に耳を当てて廊下の音を聞き、外に誰もいないことを確認してから、そっとドアノブを回す。鍵は掛かっておらず、ジュンキは静かに扉を開いた。少しの隙間から、廊下の様子を伺う。外には誰もいないようだ。そこで身体が通れる最小限の範囲で扉を開き、外に出る。
「どうかされましたか?」
背後から何の前触れもなく声を掛けられ、ジュンキは心臓が止まるくらい驚き、背後を振り向いた。そこには壁に寄りかかり、月明りで本を読むレイスの姿があった。
「い、いやあ…お、お手洗いに、ちょっと…」
頭に浮かんだ嘘を述べ、この状況を回避しようと試みる。
レイスは鋭い眼光でジュンキを見つけていたが、本を閉じると足元のランタンに火を点した。
「お手洗いですね。こちらです」
レイスはそう言い、ジュンキの隣から背後へと抜けて廊下を歩き出した。どうやら怪しまれずに済んだようだ。
ジュンキは胸を撫で下ろし、無言で歩くレイスに続く。
「ど、どうして部屋の外に…?」
ジュンキはまず気になった疑問を尋ねてみた。
「見張りです」
レイスはジュンキの顔を見ようともせず、要点だけをハッキリ言う。そんな態度にジュンキは思わず苦笑いだが、続けて質問をしてみた。
「俺が脱走しないように?」
「それもあります。それにこの部屋は鍵が壊れているので。それと、軍の人間が手出しをしない為もあります」
「手出し…?」
ジュンキの言葉に、レイスは少しだけ顔を動かしてジュンキを見つめ返してきた。
「シュレイド王国軍の中には、ハンターという職業が嫌いな人間もいます。そういった連中が夜襲でもしないよう、見張っていたのです」
「レイスが…ひとりで?」
「いえ、ダークと共に」
「でも、ダークは廊下に居なかったぞ?」
「ダークとは交代で見張りをしています。今日は私が先で、ダークが後です。着きました。ここです」
レイスはそう言って立ち止まり、ある部屋を指差した。「お手洗い」と書かれている。
「ああ、ありがとう…」
ジュンキはレイスに一言お礼を言ってから、お手洗いの中へ足を踏み入れた。明かりも無く、真っ暗で怖い予想をしていたジュンキだったが、そこには先客がいた。
「あれ?ジュンキさん?」
「ダーク…?」
そこには用を足したのだろう、手を洗っているダークがいた。
「ジュンキさんもお手洗いですか?明かりが必要でしょうから、ここで待っています」
ダークの持つランタンが周囲を照らし、便所はほんのりと明るくなっている。ジュンキはせっかくなので、用を足していくことにした。
「ダーク、ここにいたのですか」
「お待たせ、レイスさん。交代の時間だね」
「もうそんな時間ですか…」
ダークが「お疲れ様です」とレイスを宿舎へ帰そうとするが、レイスは「ジュンキ殿を部屋に戻すまでが見張りの仕事です」と譲らない。結局3人で部屋へと戻ることになった。
「2人に聞きたいんだけど…いいかな?」
「何ですか?」
「…」
ジュンキの言葉にダークは返事を返したが、レイスは前を向いたまま歩き続ける。ジュンキはこれを肯定の意と受け止め、シュレイド王国軍による竜の討伐について聞いてみることにした。
「シュレイド王国軍の行動について聞きたいんだが、最近のシュレイド王国軍は竜を狩っているのか?」
「シュレイド王国軍は、大陸がシュレイド王国によって統一された頃から依頼を受けて竜を討伐しています。これは今も昔も変わりません。どうしてですか?」
「いや、ハンターズギルドが、最近のシュレイド王国軍が普段にも増して竜を狩っていると言っていたから、何かあったのかと思ってな」
ジュンキの言葉を聞いて、ダークは右手の親指と人差し指を顎に当てて考える。レイスも無視している訳ではないようで、瞳は思案に耽っていた。
「…確かに、最近は軍の出動回数が多い気がします。それに近々、大規模な出動命令が下されるという噂もありますね」
「馬鹿馬鹿しい」
突然レイスが口を開いたので、ジュンキは開きかけた口を閉じてしまった。
「軍の上層部は、シュレイド王国軍の必要性を主張してやまない。ハンターズギルドの設立によって依頼件数は年々減り、市民からは必要性を疑問視されている。いずれ訪れるだろう軍部の縮小によって、自分の職が追われることを恐れているのだ。自分は名誉ある地位に居座ったまま、定年を迎えたいからな。そんな上層部の戯言に付き合わされ、命を落とすのは末端の兵士だ」
レイスはここまで怒涛の勢いで言うと「失礼、口が滑ってしまいました。今のことは忘れてください」と言って口を閉じてしまった。
「その話、もっと聞かせてくれないか?」
ジュンキは今の話をもっと聞きたかったが、レイスは「…これ以上は、外部の人間に話せません」と教えてくれなかった。
「ジュンキ殿、おやすみなさいませ。ダーク、後は頼みました」
「おやすみ、レイスさん」
ジュンキとダークに見送られ、レイスは宿舎へと戻っていった。
「…レイスはあんな一面もあるのか?」
ジュンキの問い掛けに、ダークは答えない。
先程のレイスにはジュンキも驚いた。あんなに怒り、自分の上司を罵った彼女。初めて会った時から冷静な姿勢を崩さなかった彼女の、初めての怒りだった。