師匠ジークが見つかったとの知らせを受けたのは、クレハがハンターズギルドに捜索をお願いしてから数日が過ぎた頃だった。
大陸中に張り巡らされたアイルーやメラルーの情報網を利用し、ついに師匠ジークの滞在している村が判明したのである。
「師匠の居場所が分かったの!?」
朝食を食べていたクレハにそのことが伝わると、クレハは驚きのあまりフォークを床に落としてしまった。落とされたフォークは給仕アイルーによってすぐに回収され、代わりのフォークをベッキーが差し出す。
「あなたの師匠ジークは今、地図に名前が載っていない程の小さな村で細々と狩りをしているらしいわ。場所はここよ」
ベッキーはそう言ってカウンターの奥からシュレイド大陸地図を取り出し、クレハに見えるよう広げる。
「こんな辺鄙な場所に?定期便はあるの?」
「それも調べたわ。どうやらドンドルマの街から1日置きに1便出ているみたい」
「じゃあミナガルデへの日帰りは無理かぁ…」
地図で見る限り、ミナガルデの街からドンドルマの街を経由して師匠が滞在している村まで行くと、道のり的にはミナガルデの街からシュレイド城へ向かうのと変らない。クレハとしてはミナガルデの街でジュンキを迎えたいので、ジュンキが帰還するまでに街へ戻っていたかった。
「日帰りしたいの?それなら大丈夫」
ベッキーの言葉に、俯かせていた顔を上げる。
「行程表を見たんだけど、その定期便は朝早くに村に着いて、村を出るのは夕方頃らしいわ。日中いっぱいお話して、その日の間に村を出ることは可能よ」
「本当!?」
クレハは両手をテーブルに突いて思いっ切り立ち上がる。衝撃で今度はナイフが床に落ちてしまった。
「ただ問題は、ドンドルマの街から2日に1便しか出ていないこと。ミナガルデからドンドルマへ移動する日程を考えると、余裕を持って今日の夕方にはここを出たほうがいいわね」
「そうだね…。うん、そうする。ありがとうベッキー。ご飯を食べたらすぐに出発の準備だね!」
クレハはベッキーから新しいナイフを受け取ると、朝食との格闘を再開した。
ゲストハウスの自分の部屋に戻ると、クレハは早速出発の準備に取り掛かった。まずは収納ボックスから師匠の剣を取り出し、固く絞った新品の雑巾で丁寧に拭く。
「師匠に返すんだから、ピカピカにしないとね…」
師匠の剣を綺麗にすると、続けて自分の双剣「ゲキリュウノツガイ」を拭く。
ジュンキとココット村で生活する中で、クレハは「双剣リュウノツガイ」を強化し「ゲキリュウノツガイ」を手に入れていた。
「これでいいかな?」
クレハは「ゲキリュウノツガイ」を構え、一振り。両の剣の先端から迸る荒々しい炎に、クレハは満足そうに頷いた。
最後に自分の防具であるレイアSの汚れを拭き取る。防具はハンターの正装。汚れていてはみっともない。
「よし、綺麗になった!」
クレハは汚れた雑巾と部屋付きアイルーに任せると、レイアSを着込んだ。背中の中ほどまで伸びる長い青色の髪を一束に纏め、根元で結ぶ。そして背中に「ゲキリュウノツガイ」を装備した時には、空がほんのりと赤くなり始めていた。
「う~…お尻が痛い…」
ミナガルデの街を出発したクレハはドンドルマの街を経由し、無事に目的の村へ到着した。
師匠ジークが滞在しているというこの村はどうやら最近になって開拓された新しい村のようで、建設中の民家が多く見られた。村の名前が無かったのは規模が小さいからという訳ではなく、まだ決まっていないだけらしい。
「結構大きな村…。ココット村より大きいかも…」
クレハはキョロキョロと周りの様子を伺いながら、村の中央を目指して歩き出す。村の重要な施設―――村長の家や、人々が集まる集会場といった施設は、基本的に村の中央に作られるものなのだ。
クレハの予想は当たり、一際大きな建物が目に入る。人が住むにしては大き過ぎるので、恐らく集会場だろう。青色の暖簾をくぐり、中へ足を踏み入れる。
「こんにちは~…」
集会場の中には多くの村人たちが集まり、食事をしていたり酒を飲んだりと楽しんでいた。この集会場で働いているのだろう給仕のひとりがクレハに気づき、大股歩きで近寄ってくる。
「いらっしゃい!あ、あなたもしかしてハンターさん?」
「え、ええ。私はハンターだけど…」
「珍しいお客さんね!この村はまだ出来たばかりだから、ハンターさんが少なくて…」
大きな街とは違い、小さな村ではハンターが居るか居ないかで状況が大きく異なる。
小さな村では、ハンターが村へ侵入しようとする小型モンスターの相手をする。ハンターが居なければ、いつ小型モンスターの襲撃を受けるか分からない。ハンターが居なくなってしまい滅んだ村の話を、クレハも聞いたことがある。
「もしかして…移住しに来てくれたの!?」
とても嬉しそうな給仕には申し訳ないが、クレハの要件はそれではない。クレハは首を横に振ってから口を開いた。
「ごめんなさい、私は人を探しに―――」
「そっか…。そうよね…。こんな出来たばかりの村に居ついてくれている、あのジークさんが変わり者だもんね…」
ジークという言葉に、クレハは無意識に給仕の両肩を掴んでいた。
「ジーク師匠を知っているんですか!?」
集会場の給仕に道を聞いて、クレハは師匠ジークの自宅を訪れた。閉じられた扉の前に立ち、ノックしようと右手を挙げる。だがそこで思いとどまってしまう。
「うぅ…」
ゴクリ、と唾を飲んで深呼吸。心を落ち着けて、いざ扉をノックしようとした―――その時。
「…そこにいるのはクレハか?」
「っ!?」
クレハは聞き覚えのある声に飛び上るほど驚き、そして恐る恐る振り返る。そこには4年前と変わらない、師匠ジークの姿があった。