その日も、クレハは酒場のカウンターで突っ伏していた。
「はぁ…」
ジュンキを見送ってからまだ2日も経っていないというのに、クレハは寂しさに押し潰されそうだった。いつも隣にいる人が急に遠くへ行ってしまうのがこんなにも寂しいものだったのかと、身をもって知る。
ひとりで部屋に居るとついジュンキのことを考えてしまうので、クレハは何となく酒場に顔を出したのだが、やはり何もすることが無く、こうして酒場のカウンターに突っ伏しているのである。
「ジュンキ君が出発して、まだ2日も過ぎてないのよ?」
ベッキーはそう言いながら、水を入れたグラスを置いてくれた。クレハは重い身体を起こし、水を口に含む。
「いつもジュンキ君と一緒だったから寂しいのは分かるけど、今はクレハちゃんひとり。だからこそできる事があるんじゃない?」
「ひとりだからできる事、かぁ…」
ベッキーの言葉を聞いて、クレハは考えてみる。だがクレハはジュンキがいればそれで幸せだったので、ひとりになっても特にやりたい事など無い。
「…部屋に戻るね。用も無いのに居るのは邪魔だし」
「そう?またいつでも来てね。話し相手くらいにはなれるから」
ベッキーの言葉に右手を元気無く上げてから、クレハは酒場を出た。まだ日が昇り切っていない午前の街は普段通りに活気づいているが、それがクレハの孤独感を増幅させる。
肩を落とし、とぼとぼ歩いてゲストハウスの自室に戻ると、重たい腰をベッドに落とした。そのまま横に倒れる。
「…」
首を動かすのも面倒で、青色の瞳だけを動かして部屋の中を見回す。すると、ジュンキの収納ボックスが目に入った。
ジュンキとクレハはココット村で既に同居していたので、ゲストハウスに入るときも2人でひとつの部屋を借りたのだ。その為、ひとつの部屋に2人の道具が置かれている。
クレハは身体を起こすとベッドから起き上がり、ジュンキのアイテムボックスに歩み寄った。そして収納ボックスと部屋の壁の間に置かれている、ジュンキの太刀「エクディシス」を手に取る。
以前ラージャンと戦った際に折れた太刀は修理できず、新たに作り直した太刀「エクディシス」。クレハはジュンキのベッドに腰掛けると、静かに刃を鞘から抜いた。
「綺麗な刃…」
クレハはその場で立ち上がると太刀を構え、振ってみる。
「やあっ!」
ビュッと鋭い風切り音。しかし、双剣使いのクレハにとって太刀は重く、振り抜いた後に少し体勢を崩してしまう。
「っとと…。やっぱり私には重たいなぁ」
クレハは太刀「エクディシス」を両手で支えながら、ジュンキが使うもうひとつの武器を見つめる。太刀でこの調子では、大剣「ジークムント」は振り回すどころか、持ち上げることすら無理だろう。
クレハは太刀「エクディシス」を鞘に戻すと、元あった場所へ置き直した。
「あ…!」
ここで、クレハはあることを思い出す。駆け足で自分の収納ボックスを開くと、中から布に巻かれた一本の剣を取り出した。丁寧に布を剥がし、両手で抱える。それはジーク師匠から受け取った双剣の片方だった。
ジーク師匠。クレハにハンターとしての基本を教えてくれた人物で、クレハの母親が死んだ後も親代わりになってくれた人物だ。クレハは元気を無くしたり、落ち込んだり、迷ったりした時にはこの剣を手に取り、師匠の姿を思い出しては元気になったものだ。
師匠のところへ会いに行くのはどうだろうか。
ジュンキがいると会いに行けないので、今しか機会がないというわけではない。むしろクレハはジュンキにジーク師匠を紹介したいくらいだ。だがそのジュンキはハンターズギルドの使者としてシュレイド城へ向かい、しばらく帰ってこない。クレハとしても暇で死にそうなので、師匠に会いに行くというのはなかなか名案だと思う。
「あ、でも…」
だが、ここで問題が浮上する。
ジーク師匠は一ヶ所に留まってハンター家業を行っておらず、今もどこかを旅しているはずなのだ。そしてその行き先を、クレハは知らない。
「どうにかならないかな…。う~ん…」
クレハは部屋の中を右往左往する。するとテチテチという足音と共に、部屋付きアイルーが現れた。
「ニャ?どうかしましたかニャ?」
「ん~、ちょっと考え事。行き先の分からない人に、どうやって会いに行けばいいのかなって」
「行き先の分からない人の所へかニャ?それは難しいニャ~」
部屋付きアイルーも頭を抱えてしまう。
「こういう難しいことはボクなんかより、もっと賢い人に相談してほしいニャ~」
部屋付きアイルーはそれだけ言うと、頭を抱えたまま部屋から出て行ってしまった。
「…ベッキーに相談かな」
クレハは部屋から出て行った部屋付きアイルーの様子に思わず苦笑いし、この相談はベッキーにするべくゲストハウスを後にした。
「人探し?行き先は分からないの?」
ゲストハウスを後にしたクレハは酒場に直行してベッキーに相談してみたが、ベッキーの表情は険しかった。
「何か手がかりになる情報とかは無いの?」
「手がかりか…。師匠の手がかりはこれくらいしかないよ」
そう言って、クレハは持ってきた師匠の双剣の片方をベッキーに見せる。するとベッキーは以外にも笑みを浮かべた。
「この双剣、クレハちゃんは実際に狩りで使ったことある?」
「狩りで?ないない。師匠から貰った大切な剣なんだよ?」
クレハの答えはベッキーを喜ばせるものだったらしく、微笑みから本当の笑みになった。
「この双剣で、もしかしたらクレハちゃんのお師匠さんの居場所が分かるかもしれないわ」
「えっ…!」
「ハンターズギルドに所属しているアイルーの中には嗅覚が鋭い子たちもいてね。その子たちにお願いすれば、もしかしたら居場所を突き止めてくれるかも」
「で、でもシュレイド大陸は広いよ?」
クレハの疑問にベッキーは右手で拳を作り、それを胸に当てて高らかと宣言した。
「ハンターズギルドが雇ったアイルー達の実力、舐めてもらったら困るわね」
こうしてクレハはベッキーに師匠の双剣を預け、ジーク師匠の行き先を探して貰うことになった。