「さあ、着きましたよ。ジュンキさん」
「ん~、ようやく着いたか…」
竜車に揺られること数日。ジュンキはようやくシュレイド王国の首都であるシュレイドの街と、政治の中心であるシュレイド城へ着いた。
ジュンキは竜車の窓を開けて外を見る。御者のリョウ―――長旅なのでお互いに自己紹介し、様々なことを話し合っては時間を潰した―――がシュレイド城に対して平行に竜車を停めてくれていたので、シュレイドの街並みを一望できた。
街全体を囲む高い城壁。石畳で整備された街道。街の外にいても伝わってくる活気。
「…ん?」
ここでジュンキはあることに気づく。どうして御者のリョウは街の中へ入らず、こうして停まっているのだろうか。
「リョウ、どうして街の中に入らないんだ?」
「いやあ、あはは…」
どうも歯切れの悪い返事である。ジュンキは竜車の中に顔を引っ込めると、竜車と構造上一体になっている御者席に座るリョウの横に顔を出した。
「何か問題でもあるのか?通行証が無いとか?」
「いや、違うんだ。通行証はある。ただ、ここの雰囲気はどうしても苦手でね」
「ここの雰囲気…?」
リョウはシュレイドの活気が苦手なのだろうか。しかしミナガルデの街も相当な活気があるとジュンキは思う。
ジュンキが思案していると、リョウは眉間に皺を寄せながらだが、街に入りたくない理由を教えてくれた。
「シュレイドの兵隊が苦手なんだ。どうも恨まれているかのように睨まれるから…」
リョウはそう言って、ジュンキにだけ見えるようある方向を指差す。そこにはシュレイドの街を行き来する人々を監視しているシュレイド王国軍の兵がいた。
「なるほど…」
ジュンキはそれだけ言って御者席から竜車の中に戻った。
ベッキーからシュレイド王国軍とハンターズギルドのイザコザを聞いた今なら、シュレイド王国軍がリョウを睨んでくる理由も分かる。
やはり、ハンターズギルドは恨まれているのだろう。
「リョウ、こっちはハンターズギルドの正式な使者なんだから、自信を持ってくれよ」
「はは、そうですな、使者殿」
リョウはジュンキの言葉に励まされたのか、竜車を動かしてくれた。
シュレイドの騒々しい街中を進み、小高い丘の上に建てられたシュレイド城を目指す。
シュレイド城はシュレイドの街から少し標高の高い、小高い丘の上に建造されたようだ。その為か、シュレイドの街がすぐそこなのに小鳥の鳴き声が聞こえるほどに静かな場所だ。
ジュンキを乗せた竜車は穏やかな坂を上り、再び大地と平行になったところで止まった。
「シュレイド城に到着~。お疲れ」
「いくら狩りで乗り慣れていても、長旅は慣れないな…」
ジュンキは愚痴を漏らしながら腰を上げる。
「リョウ、ハンターズギルドの使者へのお出迎えはどれくらいだ?」
「ん~?…どう見ても2人だな」
リョウの言葉に、ジュンキは思わず苦笑いしてしまう。
ジュンキは熱烈歓迎を期待していた訳ではないが、流石に2人は予想外の少なさだった。
「向こうから扉を開けてくれそうな雰囲気じゃないぞ、これ」
「分かってるよ」
リョウの言葉を受けて、ジュンキは自分で竜車の扉を開けて外に出る。どうやらシュレイド王国はハンターズギルドの使者に対して一切歓迎する気は無いらしい。
竜車を降りて目に入ったのは、荘厳な佇まいのシュレイド城だった。
白色を基調とした、でも余計な装飾は一切無い、機能的な美しさ。機能美…という言葉はこのためにあるのだろうとジュンキは素直にそう思えた。
「ハンターズギルドの使者、ジュンキ殿…でよろしいか?」
凛と張った声が聞こえ、ジュンキは振り向く。そこにはリョウが言った通り、2人の人物が立っていた。
男と女。声を上げたのは女の方だろう。2人は同じ様式の甲冑を身に着け、腰には帯剣。しかし勲章の類は見られず、装飾も見られないところから察するに、恐らく末端の兵士か。
それに若い。最近20歳を超えた自分と同じくらいか、それ以下かもしれない。
「ああ。俺がジュンキだ」
ジュンキはそう言い、ベッキーが用意してくれた書状を手渡す。ジュンキの身分と立場を証明する書類らしい。
女兵士は受け取るとすぐ目を通す。中身を素早く読み終えるとその書類を後ろの男兵士に預け、ジュンキの正面に立った。
「名乗り遅れてしまい、申し訳ない。私はレイス。ジュンキ殿の身の回りの世話と、城の案内を申し付けられています」
「よろしくお願いするよ」
ジュンキはそう言いながら右手を差し出すが、レイスは挨拶を終えるとすぐジュンキに背を向け「ではこちらへ」と言ってスタスタと歩いて行ってしまった。
早くも嫌われたのかな?とジュンキが思っていると、男兵士の方が近寄ってきた。
「すみません。彼女…レイスは任務を受けるといつも張り切っちゃって…。あ、僕はダークといいます。レイスと同じく、ジュンキさんの身の回りの世話と城の案内が任務です。よろしくお願いします」
「ああ、よろしく」
ジュンキはレイスに無視された右手を差し出す。それをダークはしっかりと握り返してくれた。
「レイス!何をしているのですか!」
「あ、はい!只今!ジュンキさん、ではこちらにどうぞ」
「あ、ああ…」
ダークに先導されて、ジュンキはレイスが待っている城の勝手口へと向かう。
背後でリョウが「俺は街で待っているからな!帰りの竜車も必要だろ!」と大きな声を上げていた。
世話係だというレイスとダークに連れられて、シュレイド城の中を進むジュンキ。ミナガルデの街では見たことのない置物や絵画、装飾まみれで実用的ではない剣など、珍しい物が多々あった。
「それで、これから俺はどうなるんだ?」
ジュンキの質問に、レイスは答えない。ダークはレイスとジュンキを交互に何度も見たものの、何も言わなかった。これは黙ってついて行った方が良さそうだ。
ジュンキは国王か大臣、あるいはシュレイド王国軍の最高司令官に通されるのかと思っていたが、それは見事に外れた。来客用の部屋に通されてしまい、そのままレイスとダークが部屋から出ようとしたからだ。ジュンキは慌てて呼び止める。
「どうかしましたか?」
レイスはジュンキに呼び止められた理由が分からないという顔をしていた。
「使者が訪ねてきたら、まずは偉い人に通すんじゃないのか?」
「そのような命令は受けておりません」
ジュンキの言葉に、レイスは感情を込めず言い返した。
「では後程伺いますので」
「あ、おい!」
レイスとダークはそのまま退室してしまい、ジュンキはひとり部屋に取り残されてしまった。
「…軟禁状態か」
ジュンキは近くの椅子に座るとそう呟いた。静かな部屋にひとりきり。ふと、いつも隣にいてくれるクレハのことを考えてしまう。
「クレハ…。今頃何をしているのかな…」
ジュンキは椅子から立ち上がると窓辺に歩み寄り、空を見上げる。太陽の向きからミナガルデの街の方を割り出すと、街に残してきたクレハに思いを寄せたのだった。