ジュンキとクレハの平穏な毎日は、一枚の手紙によって終わりを告げた。
毎朝の行事を終えた2人はいつものように家を出て、集会場に向かう。今朝も入り口の前で煙草を吸っている村長に挨拶し、集会場の中に入ろうとして、呼び止められた。
「おお、そういえば…」
「村長?どうかしたの?」
集会場の中に入りかけた2人は村長の前へ並び、次の言葉を待つ。
すると、村長は懐から一枚の手紙を取り出した。
「お前さんらに手紙じゃ」
「手紙?誰からかな…」
差し出された封筒をクレハが受け取り、ジュンキに見せる。それは誰が見てもかなり高級な封筒で、上質な紙が使われていた。表には「ジュンキとクレハへ宛てる」と書かれ、速達の印が押されている。
「差出人は?」
ジュンキの問い掛けに、クレハは封筒を裏返す。
「ジュンキ…!これって…!」
「ベッキーからだ…!」
封筒の裏側には何も書かれていなかった。そのかわりに立派な封がされていて、それにはハンターズギルドの紋章が描かれていた。
「村長、ありがとう。クレハ、これは2人で読もう」
「そうだね。村長、確かに受け取りました」
クレハは村長の方を向いて礼を言ったのだが、村長は既に煙草を再開していて、目だけで「どういたしまして」と言ってきた。
ジュンキとクレハは足早になってしまうのを抑えながら、今日も誰もいない朝の集会場でいつものテーブルに着く。そして早口になってしまうのを抑えながら注文を取ると、クレハは封筒をジュンキに見えるような位置で掲げた。
「じゃあ、開けるよ…」
クレハの言葉に、ジュンキは黙って頷く。クレハの指が封を破り、封筒の中から手紙を取り出す。
ジュンキとクレハは互いに身を乗り出し、一緒になって手紙を読んだ。
手紙の内容は立派な外装に反して「シュレイド王国軍に動きあり。急ぎ街へ来たれり。ベッキー」と簡素な内容だった。
ジュンキとクレハが依然より気にかけていたシュレイド王国軍が遂に動いたというベッキーからの知らせだけに、2人は思わず顔を見合わせる。
「ジュンキ…」
「ああ…。遂に動いたな」
乗り出していた身体を戻しながらジュンキは言った。
「街へ行こう、クレハ。早いところ片付けて、またこの村に戻って来よう」
「うん。朝ご飯を終えたら、すぐに準備だね」
クレハは運ばれてくる朝食を見ながらそう言った。
食事を終えたジュンキとクレハは急いで家に戻ると、ミナガルデの街へ行く準備を始めた。しばらく戻って来られない可能性もあるので、狩猟道具から生活道具までを、家財道具や台所用品といった日用品を除いたほぼ全てを街に持っていくことになる。
ジュンキとクレハはまず防具を着込み、そして武器を背負ってから荷物を纏める作業に入ろうとした。
「なんだか騒がしいの」
何の前触れもなく家の玄関から声が聞こえ、ジュンキとクレハは作業の手を止めて振り向く。
「村長?」
クレハの声に、村長は一度頷いた。
「なんじゃ?バタバタと…。引っ越しでもするのかの?」
「村長、急用ができまして…しばらく村を離れます。後から報告に行こうと思っていたんですけど…」
ジュンキの言葉に、村長は「うん、うん」と2回頷いた。
「なんじゃ、それだけか。また戻ってくるんじゃな?この家は儂が責任を持って管理しておくから、安心せい」
「村長…!ありがとう」
クレハが笑顔で礼を言うと、村長は嬉しそうに「ふぉっふぉっふぉっ」と笑いながら玄関から出て行った。
「この家はこれで大丈夫だね。準備を続けよう?」
「…ああ」
ジュンキとクレハは作業を再開する。
家の中にある食べ物はできる限り村の商売人に売り、買い取ってくれなかったものは村人達に譲る。
狩猟道具はアイテムポーチにできるだけ詰め込み、それでも入りきらないものは麻袋に詰め込む。
全ての準備を終える頃には陽が高く上り、昼食前になってしまっていた。
「これでよし…と」
ジュンキとクレハは戸締りを確認し、最後にジュンキが玄関の扉を閉めて錠を施した。
「ジュンキ、出発前にちょっと寄っていい?」
クレハはそう言って、ある方向を指差す。
「そうだな。挨拶していこう」
ジュンキは頷くと、クレハと共に歩き出す。村から少し離れた場所にある、チヅルが眠る場所へ。
ココット村の外れに、チヅルが眠る村の共同墓地がある。ジュンキとクレハは毎日夕暮れ前にチヅルの墓を訪れていた。
ジュンキとクレハはチヅルの墓の前に立つと、黙祷を捧げた。
「チヅルちゃん、また用事ができちゃって…。しばらく村を離れるね。行ってきます」
クレハは墓石に語り掛けたが、ジュンキはその様子を見守るだけで何も言わない。
「…チヅル、行ってくる」
だが今日からしばらく墓参りに来ることができないので、普段何も言わないジュンキも今日だけは一言だけ声を掛けた。
その様子に、クレハはジュンキに気付かれないよう微笑んでいた。
「…よし。チヅルちゃんへの挨拶も済んだし、行こう。ミナガルデの街へ」
クレハの言葉にジュンキは頷き、2人は並んで歩き出す。
「次の竜車は昼過ぎだったよな。出発は集会場で食べてからにするか」
「賛成!食べ納めだね!」
「あんまり食べると太るぞ?」
「も~、ジュンキの意地悪っ!」
まだチヅルの墓前だというのに、2人は明るい話題を話す。
でも、これでいい。
ジュンキとクレハは決めたのだ。チヅルの分も明るく、幸せに生きるのだと。