ザラムレッドとセイフレムが棲んでいるココット村の裏山は、小型モンスターが徘徊する立派な狩り場である。ジュンキとクレハは万が一のことを考え、装備を整えてから会いに行くことにした。
村長から簡単な採取依頼を受け、正式な形でジュンキとクレハはココット村の裏山…通称「森と丘」へ立ち入った。
「ここに来るのも久しぶりだね」
「最後に立ち入ったのは、シュンガオレンと戦う前だったかな…?」
ジュンキとクレハは並んで歩き、狩り場の奥へと進んでいく。途中ランポスを何匹か見かけたものの、見つからないよう遠回りしながら、ザラムレッドとセイフレムの巣を目指す。
ザラムレッドとセイフレムは巣の中にいるだろうとジュンキとクレハは考えていたのだが、彼らは巣の外に広がる台地の上でのんびりと空を見上げていた。ジュンキとクレハが近づくとセイフレムが先に気付き、続けてザラムレッドも振り向く。
クレハは小走りに駆け出すと、そのままセイフレムの顔に抱き付いた。
「久しぶりだね、セイフレム」
「お久しぶり、クレハちゃん。元気にしてた?」
「うん。セイフレムも調子はどう?」
「私?私は―――」
クレハとセイフレムの様子を横目で見て、ジュンキは自然と笑顔になってしまう。
「ヌシから顔を出すとは、何かあったのか?」
ザラムレッドに声を掛けられ、ジュンキはザラムレッドと向かい合った。
「何もないよ。これまでの戦いが嘘みたいに…」
「…」
クレハはセイフレムとの再会を喜んでいるが、ジュンキは素直に喜べない。
「竜の王ミラルーツを倒して、世界はようやく平和を取り戻したかのように見えるけど…実際はまだ全て解決していないと俺は思う。ザラムレッド、お前はどう思う?」
「…儂もヌシと同じ考えだ。まだ終わっていないだろう」
「…」
「あのミラルーツが、何の考えも無しに人間を滅ぼそうとするはずがない。…ミラルーツは言っていたな。人間が何万という数で、計画的に竜を殺していると…」
「シュレイド王国軍…」
ジュンキはその名前を無意識に口に出していた。
「…ヌシよ。そのシュレイド王国軍とやらの目的を把握しない限り、人と竜の対立…シュレイド王国軍とミラルーツの争いは、ミラルーツが死してなお終わらないだろう」
「…分かってる。俺は竜人として、竜の世界に干渉した。これからは人の世界に干渉していくことになると思う。その結果、ミラルーツを殺したように、人の王を殺すことになってもね…」
「…いいのか?ヌシは竜人といえど、人として生きている。ヌシは人を殺せるのか…?」
「これまで散々竜を殺したのに、人を殺さない道理は無いよ。ミラルーツにも、竜の為に人を斬るって宣言したからな。…まあ、できれば殺したくない。話の分かる相手だといいんだけどな…」
ジュンキはここで言葉を切った。クレハとセイフレムが近寄ってきたからである。
「あなた。クレハちゃんと彼は番(つがい)になったそうよ」
「ほお…」
セイフレムの言葉に、ザラムレッドは目を見開いて驚いた。
「幸せにな」
「お前の口から祝いの言葉が聞けるなんて、考えもしなかったよ」
緑萌える丘の上に、クレハとセイフレムの笑い声が響いたのだった。
ココット村への帰り道で、ジュンキはクレハにザラムレッドと話したことを全て打ち明けた。
クレハはその話を真剣に聞き、じっくり考えてから口を開いた。
「ミラルーツが人を滅ぼすって決めるくらい、竜が殺されている。それを止めようとしたミラルーツを、私たちは殺してしまった。…このまま放っておいたら、私達はシュレイド王国軍の行動を助けただけになっちゃう。私たち竜人は、責任を持ってシュレイド王国軍を止めないといけないと思う…」
クレハは不安そうにジュンキを見上げてくる。そんなクレハに向かって、ジュンキはしっかりと頷いて見せた。
「俺も同じ考えだよ。俺たち竜人の役目は、まだ終わっていないんだ」
ジュンキの言葉に、クレハはしっかり頷いたのだった。
その日の夜。夕食を終えたジュンキとクレハは家に戻ると、村のそばを流れる川岸に並んで座った。
川の流れに耳を傾け、大地を照らす月を見上げる。
「…静かだね」
クレハは上体を傾けてジュンキに体重を預けると、そっと口を開いて呟いた。ジュンキは小さく首を縦に振って返事とする。
「こう言ったらなんだけど…。私、このままジュンキと静かに暮らしたい…。竜人とか、世界の均衡とか、全部忘れて…」
ジュンキはクレハの肩を支えるように手を乗せてから口を開く。
「そうだな…。俺もそう思うよ、クレハ…。だけど…」
ジュンキの言葉にクレハは顔を上げ、ジュンキと視線を交わらせる。
「だけど、俺たちがやらないと…」
「…そうだね。早くシュレイド王国軍との因縁を解消して、静かに暮らそう?」
「もちろん。街を出るとき、シュレイド王国軍に関することを調べてくれとベッキーにお願いしたんだから、今は連絡を待とう。焦ってもいいことなんか無い」
「そうだね。ん~、待つ時間は長いなぁ。でも、ジュンキと一緒に過ごす時間はあっという間なんだよね。不思議」
クレハの微笑む顔を優しく見つめながら、ジュンキは重たい口を開いた。
「…シュレイド王国軍が動き出したら、また忙しくなる。今という時間を大切にしような」
「…うん」
クレハはそう言って立ち上がった。
「そろそろ朝食の準備をしないと。明日の朝も食べてくれるでしょ?」
「もちろん」
ジュンキとクレハは手を繋いで家に入る。ココット村の新婚夫婦は、今日も平和だった一日を終えるのであった。