翌朝、ベースキャンプに戻ってきた竜車に乗って、クレハとジュンキはミナガルデの街へと戻っていった。
ミナガルデの街に着く頃には夜になっていて、酒場の中は狩りから戻ったり夕食だったりするハンター達でとても騒々しかった。
そのカウンターでジュンキとクレハはベッキーに帰還報告し、報酬金と報酬素材を受け取る。
「で、どうだったの?」
クレハがベッキーの手から報酬を受け取ろうと手を伸ばしたその瞬間に、ベッキーはそう言った。
ベッキーが何を言いたいのかクレハは分かってしまい、少し顔を赤くしてジュンキの方を向いた。するとジュンキもベッキーが何を言いたいのか分かったようで、クレハに視線を向けてきたのだった。
クレハは無言で頷き、ジュンキがベッキーに事情を話す。
「ベッキー、ちょっと…」
「ん~?どうかしたの?ジュンキ君…。あ、まさか…?」
「…いいから耳を貸して」
ジュンキの呆れた眼差しに対し、ベッキーは楽しそうに耳を貸してきた。そこへクレハに聞こえる程度の小声でジュンキが言う。
「俺とクレハ…結婚することになったんだけど…」
「結婚!?」
他のハンターや街人達に聞こえないようにジュンキは小声で言ったのに、ベッキーはとてつもなく大きな声を出して驚いてしまった。その声はハンター達の喧騒を突き破って酒場の隅にまで聞こえたようで、先程までの騒ぎは急速に萎んでしまった。
今となっては、ベッキーの隣で燃えている蝋燭の芯が焦げる音が聞こえてしまうくらいである。
「…ベッキー」
クレハが恥ずかしさに顔を赤らめながらベッキーを睨むと、ベッキーは咳払いをしてから「待ってて。すぐ戻るから」とだけ言い、カウンターの奥へと消えてしまった。
ベッキーが酒場から居なくなった途端に、ハンター達が堰を切ったように騒ぎ始める。その内容はもちろん、クレハとジュンキの事である。
「もうっ、ベッキーったら…」
「わざとらしかったな…。いや、わざとだろうな…」
ジュンキはやれやれと首を振る。
背中に痛いくらいの視線を感じながら、クレハとジュンキはベッキーを待つ。
やがてベッキーが酒場の奥から木箱を持って戻ってきた。すると酒場のハンター達が一斉に立ち上がり、そして静かになる。
「…?」
突然の厳かな雰囲気に、クレハとジュンキは思わず顔を見合わせる。
「クレハちゃん。ジュンキ君」
ベッキーもいつになく真剣だ。
クレハとジュンキも表情が固くなり、ベッキーの次の言葉を待つ。
「こう聞いたら失礼だけど…真剣なのね?」
「…はい」
「…もちろん」
クレハとジュンキの返事にベッキーは黙って頷き、酒場の奥から持ってきた木箱の蓋を開ける。
中には、一対の首飾りが入っていた。
「誓いの首飾り…。ハンター同士、あるいはハンターと町人の婚姻の証よ」
誓いの首飾りと言っても王侯貴族が身に着けるような宝石の類ではなく、モンスターの爪に紐を通しただけの簡素なものだ。深紅の爪と深緑の爪の2つある。
クレハとジュンキはすぐに雄火竜の翼爪と雌火竜の翼爪だと分かった。
「ねえ、ジュンキ…。前にリヴァル君に見せてもらった、リヴァル君の両親の婚約指輪って…。首飾りじゃなかったよね…?」
「リヴァルの両親は、どちらもハンターじゃなかったんだろう」
「あ、そっか…」
クレハは以前ポッケ村でリヴァルやリサから見せてもらった婚約指輪のことが気になってしまい、小声でジュンキに聞いてみたが、ジュンキの答えにクレハはすぐ納得した。
「じゃあ、手順を説明するわね。簡単だからすぐに終わるわ。まずジュンキ君がクレハちゃんに首飾りをかける。次にクレハちゃんがジュンキ君に首飾りをかける。最後に…接吻よ」
「…!」
ベッキーの最後の言葉にクレハはその様子を想像し、思わず顔を赤らめてしまう。だがそれはジュンキも同じようで、彼の顔も赤かった。
「準備はいい?」
ベッキーの問いに、クレハとジュンキは黙って頷く。ベッキーも一度頷いてから声を上げた。
「これより、2人の婚儀を行います!さ、ジュンキ君…」
ベッキーの言葉にジュンキは頷いて、差し出された木箱から雌火竜の翼爪の首飾りを両手で静かに持ち上げ、クレハの首にまわすと、首の後ろで結んだ。
「クレハちゃんも…」
ベッキーの言葉にクレハも一度頷き、雄火竜の翼爪の首飾りを両手で静かに持ち上げ、ジュンキの首にまわす。だが身長はクレハの方がジュンキより少し低いので、結ぶのが難しい。
苦戦していると、ジュンキが膝を折って頭を下げてくれた。そしてしっかりと首飾りを結ぶ。
ここでベッキーが咳払いを入れたので、クレハとジュンキはベッキーに向き直った。ベッキーは嬉しそうに笑ってジュンキと向き合う。
「ジュンキ。いかなる困難が待ち受けようとも、妻クレハと共に歩むことを誓いますか?」
「…誓います」
ベッキーが笑顔で頷き、続けてクレハの方を向く。
「クレハ。いかなる困難が待ち受けようとも、夫ジュンキと共に歩むことを誓いますか?」
「…誓います」
ベッキーがジュンキの時と同じように笑顔で頷く。
「ではその誓いの固さを、証人たちへ見せよ」
「えっ…!?」
「へっ…!?」
クレハとジュンキは同じような声を上げて驚く。
証人とは、今この酒場で静かに見守っているハンターや街人のことを指すのだろう。だがしかし、人前での接吻とは…!
「クレハ…」
「は、はいっ…!」
ジュンキに呼ばれ、クレハは慌ててジュンキの方へと向き直る。ジュンキの顔は真っ赤だが、恐らく自分の顔も真っ赤なのだろうことは想像に難くない。
「…」
「…」
クレハとジュンキの口元が近づく。それは重なる手前で一瞬止まったが、そのまま静かに重ねられた。
その瞬間に酒場のハンター達が歓声奇声を上げ、クレハとジュンキは驚いて離れてしまう。もうお祭り騒ぎだ。
「はい!運んで運んで!」
今まで厳かな雰囲気を醸し出していたベッキーも、カウンターの奥へ向かって叫んでいる。すると酒場の給仕が総出で様々な料理を奥の厨房から運び出してきた。
「ベッキー、これは…?」
ジュンキが尋ねると、ベッキーは笑顔で答えてくれた。
「婚約パーティの料理よ。この街では恒例なの。話してなかったっけ?」
「初耳だよ…」
クレハは思わず苦笑い。
「あ、代金はそっち持ちだから」
「え?…えええっ!?」
ベッキーの言葉にクレハは声を上げて驚き、ジュンキは言葉が出ずに口を開けて固まってしまった。
街人ならまだしも、ハンターの胃袋は底が知れない。こうしている間にも、テーブルの上の料理がどんどんハンター達に飲み込まれていく。
「ジュンキ…お金ある…?」
「いくらかは…。クレハは?」
「双剣強化したかったなぁ…。あはは…」
クレハはあまりの衝撃に立ちつづけることができず、その場に座り込んでしまったのだった。
大量の料理が自分たちのお金で喰われていく。その様子を見ておられず、クレハとジュンキはベッキーに一言伝えてから酒場を後にし、クレハの部屋へと向かった。
部屋に入り、クレハとジュンキはクレハのベッドに並んで腰掛ける。
「ひどい有様だったね、酒場…」
「俺たちの金なんだよな…」
2人揃ってため息。一体いくらかかるのだろうか。
明日ベッキーから受け取るであろう請求書が今からでも恐ろしい。
「まあ、もう済んじゃった事だし、今更嘆いても仕方ないよね」
「だな。また狩りに出て稼ごう?2人で」
「うん。…あ」
「ん?…あ」
ここで、クレハは自分の左手がジュンキの右手に絡められていることに気が付いた。ジュンキも今気が付いたようで、顔をほんのり赤く染める。だが慌てて離したりはしない。
「…なんだか、手を繋ぐことも抵抗無くなったみたいだね」
「そうだな…。これからもよろしくな、クレハ」
「…こちらこそ」
クレハは笑顔でそう答えると、3度目である口づけを交わしたのだった。
(おわり)
こんにちは。いつも読んで頂き、ありがとうございます。
「Monster Hunter 4th Story ジュンキ・クレハ編」…どうだったでしょうか。
少し過激な表現になってしまったのではないかと反省しています。
この物語は「3rd Story」の原作を、私の友達である平○君と書き終えた時に「まだ続けたいなー」と思って私が単独で書いた、フェンス・カズキ編に繋がるジュンキとクレハの短編で、私が中学校時代に書いた最後の作品です。
当時の私は「4th Story」を全3話で終わらせる予定でした。
しかし、ジュンキ・クレハ編を書き上げて「4th Story」最後の物語に当たる「ダーク・カンド編」の執筆中に中学卒業を迎えてしまい、未完のままです。
そんな経緯があった「4th Story」ですが、「ダーク」と「カンド」というキャラクターが本作「人と竜と竜人と」で登場していないので、「4th Story」は全2話で終わろうと思います。
次からは5番目の物語である「Monster Hunter 5th Story」に入ります。
ついに、ついに「5th Story」に入れます!この日をどんなに待ったことか…!
「5th Story」はこの物語の中にあった全ての伏線を回収し、エンディングへと導く重要な箇所になります。
作者としては気が抜けません。頑張っていこうと思います!
これからも「Monster Hunter 人と竜と竜人と」をよろしくお願いします!
補足…ダークとカンドについて
「ダーク」と「カンド」は、秋夜空が中学校時代に書いていた原作で登場していたキャラクターです。
しかし本作「人と竜と竜人と」では作者の勝手な都合で登場していません。
2012.05.01 大学のパソコン室にて
2012.05.07 加筆修正・補足追加
2012.07.07 修正
2013.10.22 再掲載にあたり、加筆修正
2014.06.23 少し修正