「よっこいしょっと…!」
クレハはジュンキを静かにベースキャンプの簡易ベッドに寝かせた。そして竜の力を抑え込む。緑色の竜の瞳も、普段の青色の瞳へと戻った。
「久しぶりに使ったなぁ、竜の力…」
竜の力―――竜人としての力を、クレハは極力使いたくない。
自分が竜人の生き残りであり、人と竜の関係を保つ存在なのは分かる。しかしクレハは自分が竜人と知る前まで、普通の人間として生きてきたのだ。
竜の力を使う度に自分がどんどん人間離れしていく気がして、クレハは怖かった。例え流れる血は竜のものでも、自分は1人の人間として生きたい…。
「ううん、今はナルガクルガに集中しないと…!」
クレハは頭を振って雑念を払うと、ジュンキの持ってきたシビレ罠を手に取った。落とし穴は見破られてしまったが、シビレ罠は効くかもしれない。
「ジュンキ、勝手に持ち出すけど、ごめんね…」
クレハはジュンキに微笑みかけると、ジュンキを寝かせた簡易テントから外に出た。背中の双剣を外し、砥石を当てる。
そして、キャンプの出口で一言。
「行ってきます」
地図を片手に狩り場を歩き回り、クレハはついにナルガクルガを見つけることができた。
てっきり眠って体力の回復を行っているとクレハは思っていたのだが、その予想は外れてしまった。
「私達がしつこいから、警戒してたのかな…?」
何はともあれ、眠っていないのならば体力の回復は微々たるものだろう。クレハは堂々とナルガクルガの前に出た。
ナルガクルガもすぐクレハに気付き、警戒と憎悪の視線を送ってくる。
「さあ、おねんねの時間だよ」
クレハの言葉と同時に、ナルガクルガが飛び出した。クレハは余裕をもってこれを回避し、アイテムポーチから閃光玉を取り出す。
ナルガクルガが振り向くタイミングに合わせて閃光玉を投げ、強烈な光でナルガクルガの視界を奪った。急に前が見えなくなったせいか、ナルガクルガは暴れ出す。
クレハは巻き込まれないようにするために十分な距離を取ってシビレ罠を設置。ナルガクルガとシビレ罠、クレハ自身が一直線上になるように動く。
やがてナルガクルガが視界を取り戻すと、クレハ目掛けて飛び掛かってきた。
「来いっ!」
しかし、またしてもナルガクルガはシビレ罠の手前で急停止してしまった。
「うそ…っ!?シビレ罠も効かないの!?」
もしシビレ罠が効かないとなると、ナルガクルガを討伐しなければならない。
ナルガクルガはかなり消耗しているので恐らくクレハひとりでも狩れるだろうが、当のクレハも連続する戦いで消耗していた。
「くっ…!」
ナルガクルガには罠の類が一切効かないのか…?クレハが諦めかけたその時、ナルガクルガの巨体が急に倒れ、シビレ罠を踏んだ。
「え…?」
倒れたナルガクルガの向こうに、ジュンキが大剣「ジークムント」を構えて立っていた。
「クレハ!麻酔玉!早く!」
「あ、うん!」
クレハは慌てて捕獲用麻酔玉をナルガクルガに投げつける。すると苦しそうな声を上げていたナルガクルガから力が抜け、その場で眠ってしまった。
ナルガクルガの捕獲成功である。
「ふぅ…」
クレハは一息吐いてからジュンキに駆け寄った。
「ジュンキ、大丈夫?…あっ」
何の前触れもなく、クレハはジュンキに抱きつかれてしまった。
いきなりジュンキに抱きつかれたので、クレハは思わず身を固くしてしまう。
「ジュンキ…?どうしたの…?」
速まる鼓動に言葉を詰まらせながらも、クレハは話し掛けることができた。
しかし、ジュンキはクレハに抱き付ついたまま動かない。
「ジュンキ…?」
「心配したんだぞ…」
「え…?」
「ひとりで狩りに行って…もし何かあって…帰って来なくなったら…」
「…」
ここでクレハは、ジュンキが自分をチヅルと重ねていることに気付いた。
チヅル。大切な仲間。
彼女は単身でリオレイア―――セイフレムに挑み、ジュンキに抱かれたまま死んだのだ。
ジュンキは私がひとりでナルガクルガを狩りに行ったことをとても心配したのだろう。
「…ごめんね。もうひとりで行ったりしないから…。だから…」
クレハが謝っても、ジュンキは離してくれない。クレハは恥ずかしさを何とか抑え込み、口を開いた。
「だから…その…離してくれない…?」
「あっ…!」
ジュンキはすぐにクレハを解放する。そして彼は申し訳無さそうに視線を外し、恥ずかしそうに頬を掻く。
その様子を見て、クレハはつい微笑んでしまった。
「…心配してくれてありがとう。もう2度とひとりで行ったりしないからさ。これからは、ず~っと一緒ね?」
クレハとしても、ジュンキがいない毎日は考えられない。これからもずっと、隣にいたい…。
ここで、クレハはある決心をした。心の内を伝えるのだ。
だがそれは、ベースキャンプに戻って落ち着いてからでも遅くはないだろう。
「キャンプに戻ろう?」
「…ああ」
クレハとジュンキは並んで歩き出す。
狩場という危険な場所では常に両手を開けて万全を期するのが常識なのだが、クレハとジュンキは自然な流れで手を繋いでいた。