モンスターハンター ~人と竜と竜人と~   作:秋乃夜空

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1章 運命の再会 12

晴れた空に浮かぶ淡い青色の満月。

今夜の森と丘はランポス一匹すら見かけず、ランゴスタの羽音も聞こえない。嫌に静かな狩場に響くのは、自身の防具の擦れる音だけだ。

「何も変わらないな…」

「森と丘」と言っても、実際はかなり広い。この場所は、以前リオソウルを狩猟するために訪れた「森と丘」とは違う、ジュンキにとって思い入れのある場所だ。

ここでジュンキは2年前にリオレウスと戦い負けた。

「本当に戻ったのか…?」

雪山で襲ってきたリオレウスと2年前のリオレウスは全く関係が無いかもしれない。もし同一個体としても、この場所に戻っている確証も無い。

しかし、もしかしたらと思うと居ても立っても居られない。見つからなくてもそれでいいと歩みを進める。

「憶えているものだな…」

初めてリオレウスと戦った時の記憶は鮮明に残っており、迷うことなく、あのリオレウスと初めて出会った場所にたどり着いた。

 

 

 

果たしてそこに、リオレウスが一匹。

 

 

 

そのリオレウスはジュンキに対して右翼を見せており、顔は星空を見上げいた。

ジュンキは歩みを止めず進み続ける。

リオレウスの深紅の鱗や甲殻の一枚一枚が見て取れる距離まで近付いたとき、前触れ無くリオレウスが体を動かさず顔だけをこちらに向けた。

ジュンキは歩みを止めて警戒する。しかし右腕を背中の大剣に持っていくことだけはやめておいた。

両者睨み合いのまま時が経つ。するとリオレウスは再び星空を見上げた。

(こいつ…)

リオレウスには戦う意思が無い。それが意味するところは一つしか思い当たらなかった。やはり2年前に戦った個体なのだ。

確信したジュンキは再び歩み、リオレウスの右翼を横目に並び立つ。

この距離ならば突然動かれても回避だけならできるだろう。しかしリオレウスは敵意を表さない。

ジュンキは溜め息をひとつ吐いてから、更にリオレウスに歩み寄る。

手を伸ばせばその鱗に触れることができ、噛みつかれれば回避できない距離になったところで、ジュンキは背中の大剣を地面に下した。

頭部を守るヘルムも外し、ジュンキはその場に腰を下ろす。リオレウスと並び、星空を見上げることにした。

聞こえてくるのは風と虫の音。そして自分とリオレウスの呼吸音。

「…憶えているんだな。俺のこと」

隣のリオレウスに語りかける。

リオレウスに限らず、モンスターの縄張り意識は強く侵入者を許さない。それは侵入者を追い出せれば良いのか殺すのかはモンスターによるが、何も反応しない事は有り得ない。つまり、このリオレウスはジュンキに対して何らかの理由があって攻撃してこないと考えるのが妥当だ。ただ単に憶えているから、とは考えにくいが。

別に返事は期待していないが、一切の反応が無いというのも寂しいものだった。

「俺も、お前のことを忘れられない毎日だったよ」

夢に出たこともある。このリオレウスを狩ることができるハンターになることが一つの目標でもある。ジュンキからすれば道標のような存在だった。

ジュンキの語りかけにリオレウスは応じない。当然だ。相手は竜。自分は人間。人と竜では言葉は通じない。

隣にリオレウスがいて攻撃されず、思い出話を聞いてくれている。この状況だけでも奇跡であり、これ以上を望むことは許されないだろう。

ジュンキは自分を納得させて目を閉じる。

 

 

 

「―――時が来た。それだけだ」

 

 

 

「そっか………ん!?」

低い男性の声に適当な返事を返したが、周囲には誰もいないはず。ジュンキは飛び起きて周囲を見渡し、地面に寝かせた大剣の柄を握る。

「誰だ!」

見えぬ存在に向けて声を張る。しかし、人の姿は見えない。

「誰だ、か」

再び響く声。ジュンキは来た道の方を振り返るが、そちらにも人の姿はない。

「隠れていないで出てこい!」

「隠れてなどいない。隣にいるではないか」

今度は隣のリオレウスを振り向く。だがこちらにも人の姿はない。

この場に居るのはジュンキとリオレウスだけだ。

 

 

 

リオレウスだけだ。

 

 

 

「まさか、お前…!」

ジュンキが顔を上げる。すると、リオレウスも蒼い瞳を動かし見返してきた。

「儂(わし)が話しているのだ」

「リオレウスが…喋ってる…!」

「リオレウスが話すのはまずいのか?」

ジュンキは混乱を通り越し、頭が真っ白になる。

「…夢じゃないよな?イテテ」

ジュンキは自分の頬をつねるが、痛みはあった。

「噛み付いてやろうか?」

「それはやめて。死んじゃうから」

相手はリオレウス、噛み付かれただけでも大怪我だ。

 

しばらくの沈黙の後、ジュンキはゆっくり口を開いた。

「え~っと…お前は、人の言葉を話せるリオレウスなのか?」

「違う。儂が話しているのは、言わば竜の言葉。人の言葉ではない。ヌシが竜の言葉を理解しているのだよ」

「俺が竜の言葉を理解している…?」

「分からんか?ヌシは今、竜の言葉で話し、竜の言葉を聞き取れている」

「…仮にそうだとして、何故?」

「話せば長くなるぞ」

「…夜は長い」

ジュンキの言葉を最後に、話が通じるリオレウスは星空を仰いだ。

 

昔。と言っても、どの程度昔かは分からん。

奇跡だった。

有り得なかった。

だが起きたのは事実。

一匹の竜と1人の人間が、種を超えた契りを交わした。

なっ…!

驚くのも無理はない。儂かて嘘だと思う。

だが事実なのだ。

その竜と人の間に子が生まれた。

その姿は人を基とし、体表は鱗で覆われ、瞳孔は縦に割れ、耳は長く、背中からは翼が生えていた。

竜と人の中間。

人はそれを竜人と呼んだ。

竜人?竜人族のことか?

それは祖先が違う。あくまで竜人だ。竜人族ではない。

その竜人は竜の力と人の知を備えていた。

そして竜と人の言葉を理解した。

竜と人は竜人を二種の和平の象徴と崇め、共存出来るものと考えた。

竜人も数を増やし、竜人の集落が世界中にあったと伝え聞く。

だが長くは続かなかった。

動いたのは人と聞く。

人は国を作り、互いに殺し合う。

竜人の力は魅力だったのだろうか。

竜人の多くは戦に駆り出され、抵抗した者は殺されたと聞く。

こうして竜人は数を減らしたが、人社会に溶け込み隠れた者も多かった。

次第に竜の血は薄まり、やがて竜人と人の区別はつかなくなった。

儂が何を言いたいのか、もう分かるな?

 

「つまり、俺は…」

「そう、ヌシは竜人の末裔だ。血は薄いがな」

「竜人の生き残り…」

ジュンキは思わず自分の腕を見た。防具で包まれているので素肌は見えないが、そこには脆弱な皮膚があり、鱗は生えていない。

「先程も言ったが、ヌシに流れる竜の血は幾星霜の時を経て薄まっている」

「じゃあどうして、俺がお前と話せているんだ?もう俺は人間なのに…」

「分からん。ただ、ヌシに眠る竜の血が目覚めようとしているのかもしれん」

「…どうして」

「分からんと言っている。だが心当たりがある」

ジュンキはリオレウスの蒼い瞳を見る。リオレウスが見つめ返した。

「竜人は、世界の均衡を保つ存在だ」

「…つまり?」

「この世界の均衡が危うくなると、竜人が現れる、ということかな」

正直、まだ信じらない。

だが現に、ジュンキは目の前のリオレウスと会話をしている。

ここで会話が途切れてしまうが、ジュンキは此処へ来た本当の目的を思い出し、顔を上げた。

「2年前のことは憶えているか?」

「憶えている」

「2年前に俺を殺さなかったのは、俺が竜人の末裔だからか?」

「そうだ」

リオレウスの返事はジュンキを2年に渡って悩ませていた疑問を解消させた。

ジュンキは大きく息を吐き、リオレウスに告げた。

「もう一度、俺と戦ってくれないか?」

リオレウスは返事を返さない。

「…やっぱり竜人は大切か?」

「いや、分かった。いいだろう。手加減しよう。今か?」

「明日の昼だ。この場所でいいか?」

「分かった。ヌシが2年あまりの月日でどれだけ成長したか見てやろう」

リオレウスの言葉に、ジュンキは苦笑いを浮かべることしかできなかった。

「じゃ、また明日」

ジュンキはそれだけ言い残し、地面に置いたヘルムを持ち上げて被る。大剣を背中に固定すると、キャンプへの道を歩き出した。

途中で振り返ると、リオレウスは星空を見上げ続けていた。


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