深緑、深緑、草、草、花。
一面に広がる深い森。その中でちょっとした高台の上に、狩り場「樹海」のベースキャンプは設置されていた。麓の村まで引き上げていく竜車を見送り、クレハは深く深呼吸する。
肺を満たす緑の薫りに、クレハは酔ってしまいそうだった。
「緑が濃いところだね」
アイテムボックスの蓋を開いて支給品を確認しているジュンキに、クレハは近寄りながら話し掛ける。
「地図が無いと道に迷いそうだな…」
ジュンキはアイテムボックスの中から地図を取り出し、クレハに向かって放る。
クレハは両手で受け取ると、すぐに開いた。
「うわ、複雑…」
そしてすぐ閉じる。今回も道案内はジュンキに丸投げしようとクレハは心に決めたのだった。
携帯食料を齧って軽く腹を満たすと、クレハとジュンキはベースキャンプを出発した。高台を下り、鬱蒼とした森の中へと足を踏み入れる。
森の中は木々の葉で日光を遮られて暗いのだろうとクレハは思っていたのだが、案外そうでもなく明るかった。
気温は高くもなく低くもない。強いて言うなら湿度が高いので、汗をかいても乾いてくれなさそうだ。
「もっと暗いイメージがあったなぁ」
「俺もだ。視界は問題無さそうだな」
樹海といえども、場所によっては樹が生えていなくて開けている。ここでナルガクルガと戦えば大剣使いのジュンキも戦いやすいだろう。
「あれ…?」
ふと、クレハはあることに気が付き、足を止めた。ジュンキも歩みを止める。
「ん?どうした?クレハ」
クレハはジュンキの問い掛けには答えず、静かに目を閉じた。そして耳を澄ます。
「…」
ジュンキはクレハの意図することが分かったようで、静かに待っていてくれた。
「…やっぱりおかしい。ねえ、ジュンキ」
「何か分かったか?」
「小型モンスターがいない。足音、息遣い…。ランゴスタやカンタロスの羽音も聞こえないよ」
「…」
ジュンキは考える素振りを見せ、そして口を開いた。
「…案外近くにいるのかもな。警戒して進んでいこう」
「うん」
ジュンキの提案に賛成のクレハは、ジュンキと並んで警戒しながら樹海の奥へと進んでいく。木々に挟まれた獣道を通り抜け、地図上で隣のエリアに出ると、そこには湖が広がっていた。
「…!」
水深が浅く、澄んだ湖。その岸辺で水を飲む一匹のモンスター。ナルガクルガだ。
「…見つけたね」
クレハの小声に、ジュンキは声を出さず頷いて返事をする。
モンスターにもよるが、耳がいいモンスターの場合はこの距離でも聞こえてしまう可能性がある。小声で会話ができるように、クレハはジュンキの真横に立った。
「…相手がどんな動きを見せるのか分からないから、最初のうちは積極的に攻撃しないようにしよう」
「そうだね。今回は様子見だね」
クレハは了解の意を伝えると、足元から適当な大きさの石を持ち上げ、ジュンキに視線を送る。彼が頷くと、クレハはその石を投げた。
石は放物線を描いてナルガクルガの手前に落ちたが、ナルガクルガはすぐに反応してクレハとジュンキの方を振り向いた。
「よし…。よろしくね、ジュンキ!」
「こちらこそ」
短く会話を交わすと、クレハとジュンキはそれぞれの方向へと駆け出した。ナルガクルガが独特な声を出して咆哮し、牙を向けてくる。
クレハやジュンキにとって、久しぶりの狩りが始まったのだ。
ナルガクルガは両の翼と脚を巧みに使い、飛び掛かってきた。クレハとジュンキは余裕をもってそれを回避し、ナルガクルガの背後に回る。
(翼はあるけど空を飛ばない…。ティガレックスと同じか…)
翼があるのにもかかわらず、ナルガクルガは地面を跳ねるようにしてクレハやジュンキへと接近してきた。それを見る限り、リオレウスのように空を飛ぶのは苦手なのだろう。
ナルガクルガはその場で回ってクレハとジュンキの方を向くと、長い尻尾を空中で回転させはじめた。意図の分からない行動に、クレハはすぐ回避できるよう身構える。
やがて、ナルガクルガは回していた尻尾を思いっきりクレハとジュンキがいる方へ振った。
すると、ナルガクルガの尻尾から何かが剥がれ、それがクレハやジュンキの方へと飛んでくる。
「…っ!」
クレハは飛んでくる黒い物体の速さと向きから自分の安全地帯をすぐに割り出し、思いっきり飛び退いた。
すると、ナルガクルガの尻尾から飛んできた黒い物体が今さっきまでクレハが立っていた場所に突き刺さる。
「何、これ…?」
クレハはナルガクルガに警戒しつつ、その黒い物体へ近づく。よく見ると、それはナルガクルガの鱗だった。
つまり、ナルガクルガは自身の鱗を投げて攻撃してきたのだ。
「ジュンキ、これは…!」
「距離を置いても安心できないな…!」
ジュンキの返事にクレハは頷く。
ナルガクルガが地面を這って接近してきたので、クレハは安全な距離を保ちつつ走り出す。しかし。
(速い…!)
ナルガクルガはティガレックスのように大きな音を立てて相手を威嚇しつつ迫るような走り方ではなく、音も無く相手に気付かれないような静かな走りを見せた。
そしてナルガクルガは走る速度を落としたクレハに肉薄すると、長い尻尾を薙いできた。
クレハはそれを見切り、紙一重で回避する。
(尻尾か…)
ナルガクルガ最大の武器は尻尾だ。クレハはそう確信すると、ジュンキの元へと走る。
「ジュンキ。ナルガクルガの最大の武器は尻尾みたい」
「そうだな。尻尾に注意を向けつつ、じっくり焦らず戦おう」
クレハはジュンキの隣に並ぶと、背中の双剣を抜いた。
ちらと隣のジュンキを見ると、ジュンキは右手を大剣「ジークムント」の柄に添え、いつでも抜けるような状態でナルガクルガを真っ直ぐに見つめていた。
(…かっこいい)
狩りの最中だというのに、クレハは思わず見とれてしまった。
ヘルムを被っているのでどんな表情をしているのか分からないが、唯一露出している青色の瞳は真剣で、真っ直ぐナルガクルガを見据えている。大剣を抜く構えも変に力が入っておらず自然な型で、余裕すら感じられる。
何の前触れも無くジュンキの瞳が動いてクレハの方を見返してきたので、クレハは驚いて視線をナルガクルガに戻した。
(いけない、いけない!集中、集中!)
今、自分は命を賭した狩り場―――戦場にいるのだ。一瞬の隙が命取りになる。
クレハが気合を入れ直したその瞬間、ナルガクルガは空高く飛び上がると翼を広げ、飛んで行ってしまった。
「あっ…」
「移動したか…」
ジュンキはヘルムを取ると、クレハに向き直った。
「行動パターンは大体分かったよな?」
「うん。いよいよ本番だね」
クレハはジュンキと並んで歩き出す。次に出会ったら、いよいよナルガクルガと戦うのである。