普段と何も変わらない楽しい夕食を終えたクレハは自分の部屋へと戻り、後ろ手で扉を閉めると大きなため息を吐いた。それはジュンキが食事の後に「今夜、俺の部屋に来てくれ。これからのことについて話があるんだ」と言ってきたからだ。
(ジュンキに呼び出された…)
クレハは酔ってもいないのにフラフラと歩いて部屋に備え付けられている椅子に座り、そのままテーブルに突っ伏した。
するとコトンという乾いた音と共に、水の入ったグラスが置かれる。クレハの部屋にいつも居る、ハンターの手伝いをするアイルーが置いてくれたのだ。
「ありがとう…」
クレハは身体を起こして一気に半分近く飲み干し、再びテーブルに突っ伏す。
「どうかしましたニャ?旦那さん。何だか難しそうな顔をしているニャー」
「そう…?ちょっと、ね…」
「ボクで良ければなんなりと相談して欲しいのニャ!」
ニャ!と言って背筋を伸ばし、胸に手を当てる部屋付きアイルー。クレハは微笑んでから、何も考えずに口を開いた。
「私の仲間に、部屋まで来てって言われちゃった…」
「なるほどニャ。それは雄なのかニャ?」
部屋付きアイルーの質問に、クレハは黙ったまま頷く。
「ニャ、ニャンと!?」
クレハの言葉を聞いた部屋付きアイルーが目を点にし大きな声を出して驚いたので、クレハも何事かと驚き、身体を起こす。
「そうか、きっとそうなんだろうニャぁ…。ニャぁぁぁ…」
呆然としているクレハを置いて、部屋付きアイルーはひとりで納得してしまう。
「何か分かったの…?」
クレハが恐る恐る尋ねると、部屋付きアイルーは胸を張って言った。
「つまり、旦那さんのお仲間さんは、旦那さんと交尾がしたいのニャー!」
部屋付きアイルーの言ったことがあまりに強烈だったので、クレハはその場で一瞬固まってしまう。
「…ニャ?」
だが次の瞬間に、クレハは目の前の部屋付きアイルーの両脇を挟むようにして持ち上げ、振り回しながら叫んでいた。
「ば、馬鹿なこと言わないでよ!?そ、そんな訳ないじゃないっ!!!」
「ニャぁぁぁぁぁ!!!目が回るニャぁぁぁぁぁ!!!」
「~~~っ!!!この馬鹿ネコーーーっ!!!」
クレハは部屋付きアイルーを思いっきり放り投げる。しかし部屋付きアイルーは「ニャニャニャーっ!」と悲鳴を上げながらも綺麗に着地し、部屋付きアイルー専用の出入り口から出ていってしまった。
ひとり残されたクレハの耳に響く、自分の乱れた荒い呼吸の音。
「…っ!」
クレハは椅子に座ると、両手で灼熱の顔を包み込む。
(ジュンキが、私と…!?そんな訳無いじゃない!どうしてアイルーの言うことを真に受けているのよ私は…!)
大きく2回、深呼吸。それで少し頭が冷えた。
「でも…可能性は…ゼロじゃない…?」
ひとり呟いてから、自身の二の腕の臭いを嗅ぐ。…ちょっとだけ、汗臭いか?
「アイルー!お風呂!」
クレハの注文に部屋付きアイルーは返事を返さなかったが、浴室の給湯栓が開く音が聞こえた。
クレハは浴槽に両足を入れると、そのまま肩まで浸かった。
「そういえば、一緒にお風呂に入ったこともあったっけ…」
ふと、ポッケ村でのことを思い出してしまう。
あの時はリヴァルに暴言を吐かれて落ち込んでいたジュンキを元気づけたい、ただそれだけの思いで入浴に至った。しかし今思い返せば、あまりに常識外れな手法だったと思う。
あの時はジュンキに対して既に好意を抱いていたとはいえ、相手…ジュンキはどう思ったのだろうか。
パーティ仲間の異性が、いきなり同じ風呂に入ってきたら…。
「もしかして、それが理由なのかな…」
ジュンキが少し距離を置いてくる理由のひとつが、これなのかもしれない。大胆というか、遠慮が無いところをジュンキは嫌っているのだろうか。
「私も、もっと思慮深くならないとなぁ…」
クレハは一度目を閉じ、そして湯船から上がった。持ち込んだ浴室タオルで簡単に全身を拭き取り、脱衣所でバスタオルを使って全身の水気を取り除く。
ここでふと、浴室でのぼせ倒れたことを思い出した。
「確かあの時は、湯船に浸かり過ぎて倒れたんだっけ…。そしてジュンキに…。あっ…!」
クレハが倒れたあの時、部屋付きアイルーはクレハの部屋の外で助けを呼んでいた。そしてジュンキが駆けつけ、介抱してくれたのだ。
だがここで疑問が浮かぶ。
あの時クレハは目覚めた直後に、見られたと思ってジュンキに殴り掛かった。しかしクレハの身体にはバスタオルが掛けられ、直接見えてはいなかった。
だがしかしだ。クレハが目覚めたのは「脱衣所」であり、実際に倒れた「浴室」ではない。部屋付きアイルーでは倒れたクレハを運ぶことはできないので、誰かがクレハを浴室から脱衣所まで運んだことになる。
それは、つまり…。
「ジュンキは…私を浴室から脱衣所まで運んだ過程で…私の…身体を…!」
ジュンキとしては不本意でも、恐らく見ていただろう。そしてクレハの素肌を触ったはずだ。
「初めてだよぉ…。男の人に…身体を見られ触られたのは…」
クレハは恥ずかしさのあまり立っていられず、その場にしゃがみ込んでしまう。
「でも…初めてがジュンキで…よかった…かも…」
クレハはそう呟き、自分を納得させてから立ち上がった。
恐らくジュンキは自室でクレハが来るのを待っているだろう。どんな要件か分からないが、待たせ過ぎるのは良くない。
クレハは急いで身支度を始めたのだった。