カズキは大衆酒場のカウンターでユーリを呼ぶと、フェンス、ショウヘイの3人パーティとして参加登録した。
その後、フェンスはカズキとショウヘイに連れられ、戦いの準備を始める。
と言っても、フェンスはクシャルダオラに肉薄して武器を振るう予定は無いので、カズキやショウヘイがどのような準備をするのかを見ているだけだった。
やがて陽が大きく傾き空が茜色に染まる頃になると、ハンターズギルドの予測通りにクシャルダオラが街の中へと入ってきた。幾重にも張り巡らされた古龍誘導路を通り抜け、クシャルダオラが街の裏手にある古龍迎撃場に現れる。
「来た…!」
フェンスは事前の打ち合わせ通りに砦の上の端の方で待機していたところ、クシャルダオラをその目で見つめることができた。カズキの説明通り、その姿は錆びついた金属のように赤銅色へと染まっている。
クシャルダオラは落ち着きがない様子で、首をあちらこちらに回し、時折天高く咆哮していた。荒い息遣いが、遠く離れたフェンスの耳にまで届く。
「あれが、古龍…」
思わず唾を飲み込む。緊張で呼吸が浅くなる。
フェンスは飛竜との戦闘経験こそ無いが、イャンクックを狩場で見かけたことくらいはある。しかしクシャルダオラからは、イャンクックとは比べ物にならない威圧感を感じ取ることができた。
「本当に…」
本当に、カズキやショウヘイは古龍と刃を交えたことがあるのだろうかと疑ってしまう。あんな威圧感の塊のような存在に対して自分は押し潰されそうなのに…。
これが、ハンターとしての経験と場数の差なのだろうか。
「…!」
そんなことを考えていると、不意にクシャルダオラと目が合ってしまった。世界が停止してしまったかのように静まり返り、フェンスはその瞳に吸い込まれそうになる。
蛇に睨まれた蛙。
圧倒的な殺意。
フェンスは呼吸すら忘れ、目線を外そうとしても首が回らず、瞼を閉じることもできなかった。
「あぁ…っ!」
永遠に似た時間は、クシャルダオラがフェンスから目線を外したことによって終わりを告げる。それを合図に、クシャルダオラはハンター達の海へと駆け出した。待ち構えていたハンター達も、雄叫びを上げてクシャルダオラへと立ち向かう。
クシャルダオラと、街のハンターとの戦いが始まった。
フェンスは今回、クシャルダオラ迎撃戦へ正式に参加しているものの、武器を振るうつもりはない。戦闘経験が乏しいということで、カズキやショウヘイは勿論、フェンス自身も納得している。
カズキとショウヘイは砦の下、野戦用に広くなっている場所でクシャルダオラと交戦しているだろうが、フェンスはガンナーや弓使いのハンター達が足場として利用している砦の端っこで見学だ。ガンナーや弓使いの邪魔にならないよう、静かに戦いを見守る。この高台から、クシャルダオラと刃を交えているハンター達がよく見えた。
クシャルダオラとハンターとの戦いは激しいもので、ハンターとしてはまだまだ未熟なフェンスにも、戦いの激しさがヒシヒシと伝わってきた。クシャルダオラが前脚を一振りするだけで直撃したハンターが吹き飛ばされ、クシャルダオラが尻尾を振り回すだけで防いだランスの盾から火花が散る。
「…っ」
フェンスは黙ってクシャルダオラを見続ける。今の自分にはそれくらいしかできないのだから。
「あっ…!」
突然、クシャルダオラが後脚で立ち上がり、天高く咆哮した。近くにいたハンター達は大音量の前にただ耳を塞ぐことしかできない。クシャルダオラは咆哮を終えた後に地面に前脚を下す。すると、クシャルダオラを中心に突風が吹き荒れ、間近にいた多くのハンター達が地面に薙ぎ倒されてしまった。
「カズキやショウヘイさんは…!?」
フェンスは心配になってカズキやショウヘイの姿を探したが、流石は経験者と言うべきなのか、クシャルダオラから遠すぎず近すぎない距離を保っている2人の姿を確認し、フェンスは安堵のため息を吐いた。
クシャルダオラは地面に倒れたハンター達には興味が無いようで、立ち上がって駆け寄ってくるハンター達を蹴り飛ばしながら突進し、砦に体当たりしてきた。地震のように砦が大きく揺れ、フェンスはその場に尻餅をついてしまう。
「わっ…!」
フェンスから見て左下、砦の中心に体当たりしたクシャルダオラは、ここを突破したいのか、何度も何度も身体ごと砦に体当たりする。
「撃竜槍を使えーっ!」
ガンナーのひとりが叫び、フェンスの隣でスコープを覗いていたハンターが立ち上がって駆け出した。その手には何に使うのだろう、ピッケルを握って。
フェンスがガンナー達の様子を見ていると、砦の中心に設置されている装置にピッケルを振り下ろした。すると砦が内部から揺れ、砦の側面の壁からクシャルダオラの全長を超える長さの槍が突き出してきた。その槍はクシャルダオラの右翼を貫き、翼膜に穴を開けた。砦の上のガンナー達、砦の下のハンター達から歓声が上がる。
「凄い…!」
フェンスはこのような設備があることを初めて知り、そしてその設備を的確に使用する街のハンター達の実力を見せつけられ、感動すら覚えた。
だが、それでやられてしまうほど古龍は甘くない。クシャルダオラは数歩下がると一気に砦の上まで飛び上がり、砦の上のガンナー達に向かって飛び掛かった。ガンナー達が発する声が悲鳴に変わる。
「なっ…!?」
クシャルダオラは砦の上に着地し、ガンナー達を弾きながら駆け出した。狭い砦の上ではガンナー達も身動きが取れず、クシャルダオラの巨体に圧倒されていく。
そしてクシャルダオラは砦の端で呆然とするフェンスの目の前で方向転換し、フェンスに尻尾を向ける姿勢で動きを止めた。
(ぎ…ギリギリセーフ…!)
クシャルダオラの強靭な尻尾が目の前で左右に揺れるが、動き出す気配は無い。砦の上のガンナー達と睨み合っているのだろうか。
(もしかして…このまま静かにしていればやり過ごせるか…?)
フェンスは淡い期待を抱き、その場で岩の如く静止し続ける。
しかし、クシャルダオラは何の前触れもなくこちらを振り向き、フェンスを正面に捉えた。フェンスは再びクシャルダオラと目を合わせてしまう。
「…!」
純粋な殺意がそこにあった。耐えられず目を閉じてしまうが息を詰まらせ、声すら出せない。逃げようにも、ここは砦の端だ。背後と左手には砦の壁があり、右に逃げれば砦の下へ落下する。下にはハンター達が大勢いるが、助かるかどうかは不明だ。
(ここは…飛び降りるしか…!)
ゆっくりと瞳を開くと、クシャルダオラの凶悪な牙が生え揃った口がゆっくりと開いていく様子が見えた。
フェンスは僅かな可能性に賭けて砦から飛び降りようとしたその時、聞き覚えの無い声が突然降ってきた。
「大丈夫?」
「え…?」
次の瞬間、フェンスとクシャルダオラの間にハンターがひとり降ってきた。両手に双剣を構え、青色の髪をポニーテールに纏めた女性のハンターは肩越しにこちらの様子を確認し、安心したように口を開く。
「その様子だと、大丈夫そうだね」
微笑んでから顔を前に向けたそのハンターは、フェンスの探していたハンターの名前を口に出したのだった。
「ジュンキ、大丈夫。怪我もしてないみたい」