「かはー、でっかい…!」
フェンスは竜車から降りると、尻の痛みを忘れて呆然と街を見上げてしまった。
今まで見たこともない数多の人、数多の物、それに高く大きい建物。フェンスはジャンボ村から狩り以外の用事では外に出ないので、街の何のかもが新鮮だった。
「うわっ!カズキ見て!石畳だよ、この街!」
フェンスは周囲の目も気にせず、ただただ驚いていた。
ジャンボ村はよく雨が降る。雨が降ると地面がぬかるんだりしてフェンスは嫌だったのだが、この街ではその心配もないのだろう。とても羨ましかった。
フェンスはその喜びを伝えようと、竜車から荷物を降ろそうとしているカズキを振り向こうとして、そのカズキにランポスヘルムの上から殴られた。
「っ~!何するんだよ!」
「やかましい。いくら目に入るもの全てが新鮮だからっていちいち反応していると、リアクションだけで疲れて死ぬぞ」
そう言い残し、カズキはフェンスを置いて歩き出してしまう。フェンスはカズキを追う前にもう一度だけドンドルマの街を見上げ、そしてカズキの背中を追い駆けた。
カズキの横に並んで街の正面に聳える巨大な門をくぐり、街の中心なのであろう広場に出た。この広場だけでジャンボ村全体の敷地くらいはありそうだ。
並んでいる屋台の商品やすれ違うハンター達の姿に、フェンスはついつい視線を奪われてしまう。
「あんまりキョロキョロするなよ」
「…分かってるってば」
カズキの忠告に、フェンスは少しだけ苛立ちを交えて返す。
「先に寄るところがある。ついて来てくれるか?」
「今ここで解散!って言われても、僕は迷うだけだから一緒に行くよ」
フェンスの返事にカズキは「そうか」とだけ言って、広場を横切る。カズキが目指しているのは目の前の縦にも横にも大きな建物で、この街のハンターが何人も出入りを繰り返しているのが見えた。
「カズキ、ここは?」
「ここは酒場だ」
カズキの言葉に、フェンスの深い青色の瞳は点になった。
「これが酒場!?ジャンボ村の酒場とは大違いだね…」
フェンスは驚きを隠さないまま、カズキと共にドンドルマの街の酒場…通称、大衆酒場へと足を踏み入れた。
外観の通り、中は横にも縦にも広く、ハンター達で賑わっていた。フェンスは今まで感じたことのない熱気に眩暈を覚えそうだというのに、カズキは一切動揺しない。先日まで街を拠点に活動していただけのことはある。
「すごい熱気だね…」
「ん?暑いのか?」
「そうじゃなくて、何ていうか…生き生きしているっていうか…」
フェンスの言いたいことが伝わったようで、カズキは首を小刻みに縦に振る。
「凄いところだろう?今はまだ昼だからこれくらいだけど、夜になると街中のハンター達が集まるんだ。これくらいで参っていたら、この街で生きていけないぞ」
「うへ~…」
カズキの言葉に、フェンスはわざとらしく降参の声を上げておいた。
やがてフェンスの前を歩くカズキが―――これがまた何人座れるのだろう―――長い1人用カウンター席の前に立つと、ある人物の名前を呼んだ。
「ユーリ、久しぶりだな」
ユーリと呼ばれた給仕は振り向き、カズキを見るなり嬉しそうに微笑んだ。
「カズキじゃない!久しぶりー!」
「元気にしてたか?」
「それは私のセリフだよ。…あれ?こちらのハンターさんは?」
ユーリと呼ばれた給仕に目を向けられたので、フェンスは一歩前に出る。
「フェンスです。カズキと同じジャンボ村のハンターで、今日はカズキの手伝いと、人探しに」
フェンスの言葉を黙って聞いていたユーリは、一度頷いてから口を開いた。
「私はユーリ。この酒場で給仕をしています。カズキとは長い付き合いだよねー」
「そうかぁ?せいぜい1年がいいところだろ?」
「もー、つれないなぁ」
「俺は魚じゃないんでね」
カズキとユーリの会話を前に、フェンスは瞼を瞬かせてしまう。何故なら、カズキが村の酒場の給仕であるパティ以外の女性とまともに話している姿をこれまで見たことが無かったからだ。
フェンスは気になってしまい、つい尋ねてしまう。
「…もしかして、2人はお付き合いしてる…とか?」
フェンスの言葉は、カズキとユーリを石化させるのに十分な威力を発揮した。2人の会話が不自然に途切れ、ゆっくりとフェンスの方へと顔を向ける。
フェンスは「しまった…!」と内心焦ったが、次の瞬間には杞憂だと悟ることができた。
カズキとユーリが笑い声を上げたのだ。
「違う…!違うわよ…!あははっ…!カズキとは、知り合って長いってだけよ」
「そうそう…!俺にユーリはもったいねぇよ」
再び「はははっ!」と笑うカズキとユーリに、フェンスも連られて苦笑いを浮かべてしまった。
「あ~、久々に笑っちゃった…!さてと…カズキの手伝いは分かったけど、人探しっていうのは?」
「ああ、はい。僕はジュンキって人を探しています」
「ジュンキ」と言ってユーリの表情が一瞬だけ固まったのをフェンスは見逃さなかったが、ユーリは何事も無かったかのように話を続けた。
「ジュンキ…かぁ…。しばらくこの街に?」
この問い掛けはカズキに。カズキは頷いてから答える。
「ああ。買い出しは数日かけて、たくさん村に送るからな」
「そう…。フェンス君」
「…はい」
「私には、ジュンキというハンターに心当たりは無いの。だから、もしジュンキというハンターがこの酒場に現れたらフェンス君が探していた事を伝えるから、時々酒場に来て確認してくれないかしら。私はここから動けないし…」
「…分かりました。よろしくお願いします」
「それじゃ、よろしく頼むわ」
フェンスは頭を下げる。カズキは気楽に挨拶を済ませると、フェンスを連れてカウンターを後にした。
フェンスとカズキが大衆酒場を出て行ったのを見て、ユーリは人知れずため息を吐いた。
そしてユーリは、カウンターに一番近いテーブルに向かい合うようにして座り、昼食を食べている男女2人のハンターの方を向いた。
すると視線に気付いた男のハンターが顔を上げて「悪いな」とユーリに礼を述べる。
「何か面倒なことになったわね。2人はあまり目立たないようにと上から言われているのに…」
ユーリの言葉に、座っている2人は苦笑いを浮かべた。
「ま、見つからないようにしてね。それと、次から食事は大衆酒場を使わないこと。お願いね」
ユーリのお願いに、女ハンターは「え~…」とあからさまに嫌そうな顔を浮かべたのだった。