フェンスは自分を助けてくれた大剣使いを知っていそうなカズキを追って酒場を出たのだが、結局カズキの家に着くまで追いつくことはなかった。
「逃げ足だけは早いんだから…」
フェンスはため息をひとつ入れてから、カズキの家の階段に右足を乗せる。
「ん…?」
その時、家の中からカズキの声が聞こえてきた。
カズキは口数が多く、そのせいか独り言も多い。フェンスは軽い罪悪感を覚えながらも、玄関の扉に左耳を当ててみた。
ゴトゴト…ガチャガチャ…と狩りの道具を触る音に混じって、カズキの独り言も聞こえてくる。
「ったく、こんなところまで来るなんて…。ジュンキの奴も暇だよなぁ…」
ジュンキ…。聞いたことのない名である。
しかし、前後の文脈から判断して、例の大剣使いの名前で間違いないだろう。フェンスの睨んだ通り、カズキは自分を助けてくれたハンターのことを知っていたのだ。
フェンスは一気にカズキの家の玄関を開けると、中へ飛び込んだ。
「その人、ジュンキっていうんだね!」
突然フェンスが家の中に入ってきたというのに、カズキは驚きもせずにチラとこちらを見てから「聞かれてたか…」とだけ呟いた。
「カズキ、教えてくれよ。僕はその人にちゃんとしたお礼を言ってない。もう一度会って、お礼を言いたいんだ」
フェンスは真剣だ。
しかし、カズキは普段の明るい表情を引き締め、黙って首を横に振る。
「なんで!?」
必死に訴えかけるフェンスを余所に、カズキは装備を解いて私服に着替える。
「お前を助けてくれたのは、多分ジュンキで間違いないだろう。だけどこれ以上は教えられない。悪いな」
最後の方だけニカッと笑い、自宅を出ていくカズキ。
フェンスは慌てて背中を追った。
「どうして教えてくれないんだよ?何か僕に言っちゃまずいことでもあるの?」
フェンスの言葉にカズキは「ん~…」と考える素振りを見せるものの、すぐに屈託のない笑みを浮かべてこう言うのだった。
「まずいことがあるんだな~」
それからというもの、フェンスはカズを執拗に追い駆けた。
酒場や村の道など、フェンスはカズキを見かけると追い駆け、カズキはフェンスに見つかると逃げる。
そんな状態が続いて、既に3日が経とうとしていた。その日の夜は月が隠れていたが、その代わり星空が綺麗で、他の村人やハンターに混じってフェンスも酒場に出てきていた。
「で、何か情報は得られたのかい?」
隣に座った村長の言葉に、フェンスはため息を吐いて答えとする。それを見て、村長は「ははは」と軽く笑った。
「村長は何か知りませんか?そのジュンキって人のことを」
「ごめんね、フェンス君。僕もカズキ君からは何も聞いていないんだ。カズキ君、街であったことを何一つ詳しく話してくれないんだよ」
「そうですか…」
フェンスはそう言いつつ、手元のグラスを傾ける。視界の端に、こちらに向かって歩いてくるカズキの姿が入ったのはその時だった。
フェンスが手に持ったグラスを置くと、カズキは右手を軽く上げてくる。
「なんだ?フェンスもいたのか」
「いちゃ悪いのかよ、ケチのカズキ」
悪口を言ったというのに、カズキは苦笑いを見せるだけ。村長がカズキに席を薦め、カズキは村長の隣―――フェンスとは反対側に座った。
「カズキ君。そんなに彼…ジュンキという人物について、話したくないのかい?」
カズキが席に着くなり、村長はそう切り出した。
カズキは表情を変えないまま給仕のパティから水を受け取り、半分ほどを一気に飲む。
「どうしても、か…。まあ、ジュンキ達との約束だからな。フェンスにも、村長にも、詳しく教える訳にはいかないんだ。…悪いな」
「約束…」
フェンスはテーブルに置いたグラスに視線を落としながら呟く。
自分のことを他人に言わないで欲しい…。そのジュンキという人物は、それほどまでに自分の存在を知られたくないのだろうか…。
「だから、俺の口からはこれ以上言えない」
カズキはここで言葉を切り、パティに「水、ありがとな」と礼を言って立ち上がった。
「俺の口からは言えないんだ。俺の口からは、な」
カズキは「俺の口」という部分だけ強調して言い、そして酒場から遠ざかっていく。すると突然、隣に座っている村長が大声で「そうか!」と言った。そしてフェンスの方を振り向き、両肩を揺すってくる。
「カズキ君の口からは言えないけど、それ以外の口から…!そうか、その手があるのか…!フェンス君、いいかい?ジュンキというハンターはカズキ君の知り合いみたいだから、恐らくカズキ君がパーティを組んで活動していた街、つまりドンドルマの街のハンターだろう。だから―――」
村長の言葉をここまで聞いて、フェンスはようやく理解した。カズキの口からは言えないけれど、カズキ以外の口からなら約束を破ったことにはならない。
そして、ドンドルマの街に詳しい人物。幸い、この村にはそういう人物がたくさんいる。
「ドンドルマの街からこの村に来ている商人に話を聞けば、何か知っているかもしれない!」
フェンスの答えに、村長は笑顔で頷いてくれたのだった。
翌日から、フェンスはドンドルマの街から来た商人達への聞き込みを始めた。
街から来たハンターや商人、ハンターズギルドの職員など、手当り次第に訪ねて回る。
そして2日が過ぎた頃、ようやく有用な情報を得たフェンスは、自信満々にカズキの前へ立ったのだった。
「カズキ、話がある」
「なんだ?何かジュンキに関して分かったのか?」
面倒臭そうにカズキは言うものの、その眼は興味津々といった感じだった。
フェンスは胸を張って口を開く。
「ジュンキという人物は、ハンターの多くが憧れる凄腕の大剣使いで、なんとあのリオレウスをペットとして飼っているらしい!そして街を危機から救った英雄である!」
フェンスの自信満々の言葉に、カズキは「まあ、大体合ってるかな…?」と首を傾げながらも頷いてくれた。
「それで?ジュンキの情報を得て、これからどうするんだ?」
「僕は…ジュンキさんにお礼を言いたい。ただそれだけなんだ。カズキ、僕を街に連れて行ってくれないか?」
「街ねぇ…」
カズキはその場で両腕を組み、空を見上げて考え込んでしまう。途中「まあ連れて行くだけなら…」「でもなぁ…」と独り言が聞こえたが、「ああ、そうか、そうだったな」という言葉を最後に、笑顔でフェンスの方を向いてくれた。
「よーし、分かった。お前のその努力に免じて、村長のお願いでドンドルマの街へ行く俺の手伝いということで、連れて行ってやろう」
「やった!ありがとう、カズキ!」
フェンスはカズキの言葉を聞いて、ドンドルマの街へ出るための準備をするために駆け出した。その後ろ姿を見ながら苦笑いするカズキ。
「まあ、あの2人は今、ドンドルマにいないもんな。フェンスには悪いが、お前をあの2人に会わせるわけにはいかないんだよ…」
とは、カズキの言葉である。
数日後の朝、フェンスは装備を固めて村の出入り口でカズキを待っていた。
金色に近い茶色の髪に、深い青色の瞳。身長は少し低いのが悩みで、身体の方もまだまだ筋肉が付いていない。
そのひ弱な身体を守るのが、駆け出しハンターに一定の人気があるランポスシリーズで、武器は太刀の「鉄刀・禊」というのが、今のフェンスである。
「やっと来た…。おーい!カズキー!」
一方のカズキは村一番の実力者なだけあって、背中のランスは「ブラックテンペスト」と呼ばれるもので、身を守る防具はディアブロUと、フェンスが見たことのないモンスターの素材から作られた装備で現れた。
「元気な奴だなぁ」
「カズキに言われたくないよ」
フェンスの言葉に、カズキは一瞬キョトンとしてから「はっはっはっ!」と大笑いする。
そこへ村長が現れ、カズキに一枚の紙を渡した。
「街で買ってきて欲しいものはこれだけだ。多少時間はかかってもいいから、じっくりジュンキというハンターを探して、ちゃんとお礼を言うんだぞ」
「はい!」
フェンスは大きく頷き、その様子にカズキは人知れず苦笑い。
そしてフェンスとカズキは1日に僅か1便しかないドンドルマ行きの竜車に乗り込むと、ジャンボ村を出発したのだった。