翌日、リサは予定通り退院することができた。受付で退院手続きを済ませ、待合室で椅子に座って背もたれに体重を預けているリヴァルに歩み寄る。するとリヴァルは立ち上がり、ほんの少しだけ笑ってくれた。
「手続きが終わりました。退院です」
「よし、じゃあ昼飯だな。大衆酒場へ行こう。ジュンキ達もそこで待っているはずだし」
リヴァルの提案にリサは微笑みを浮かべながら頷くと、リヴァルと並んで歩き出した。外来窓口の前を通り過ぎ、ドンドルマの街へ出る。太陽は登り切っていないものの、昼食にしてもいい時間帯だろう。
「リヴァルさん、ひとついいですか?」
「ん?」
一つ目の角を左に曲がって大通りに出ると、リサが話しかけてきた。
「私、もしかしたら竜人かもしれません」
「えっ…!」
リヴァルは声に出して驚いてしまった。リサは軽く頷いてから、そう思った経緯を話す。
「私が今回キリンとの戦いで負った怪我の治癒が、常人より早いと担当医が言っていたんです。確か竜人は、怪我の治癒能力が竜並みに高いんですよね…?」
「確かにそうだが…。医者が驚きの声を上げる程だったのか?」
リヴァルが問いかけると、リサは視線を落としてしまう。
「いえ、そこまでは…。ただ傷の治りが快調で、膿化しなかったというだけです」
「…偶然じゃないのか?」
「そうかもしれません…。でもリヴァルさんが竜人なら、私たちの父さんか母さんのどちらかが竜の血を引いていたという事になります。兄妹なら、私も竜の血を引いている可能性はあるのではないでしょうか?」
「それもそうだけど…俺には分からないよ。多分、ジュンキ達にも…」
「そう、ですよね…。いえ、いいんです。ただ、もし私も竜人だったら、みなさんのお役に立てるかなと思っただけですから…」
リサの会話の意図をリヴァルは理解し、小さくため息を吐いてから口を開く。
「リサはリサのできる範囲で頑張ればいいと、俺は思うけどな」
「リヴァルさん…」
「さ、着いた。ジュンキ達にはこのこと、内緒なんだよな?」
リヴァルとリサは、生き別れた兄妹―――。
昨日の夜に発覚した事実を、2人は今回の騒動が収まるまで秘密にしようと決めていた。
「ええ、お願いします」
リサの言葉を聞いて、リヴァルは頷いてから大衆酒場へと足を踏み入れた。
大衆酒場の中はお昼が近いために混み合っていたが、ジュンキ達はカウンターから一番近いテーブルを占領していた。ある程度近づいたところでクレハがこちらに気づき、席を立って駆け寄ってくる。
「リサちゃん!退院おめでとう!」
クレハはリサの手を取り、しっかり両手で握った。
「ありがとうございます。もう大丈夫です」
リサは笑顔をクレハに返す。そのままクレハに案内される形で、リヴァルとリサは並んでテーブルの席に着いた。
「は~い、ご注文は何かな~?」
狙っているが如くユーリが現れ、注文を取る。ユーリはリヴァルとリサが席に着くのを待っていたのだろう。
パーティ全員がそれぞれ注文を取ると、ユーリは「毎度ありがとうございます♪」と言ってカウンターへと下がっていった。
「話の前に、まずは退院おめでとう」
ショウヘイがリサの退院を祝ってから、これからの事について話を始めた。
「まずは各自の装備についてだが、どうだ?」
ショウヘイは目線でジュンキを指す。
「折れた太刀の修復はできないらしい。同じ太刀を作る過程で素材が不足するから、今は大剣に戻そうと思う」
「どんな大剣なんだ?やっぱりリオレウスか?」
「ほっとけ」
カズキが横槍を入れてきたが、ジュンキは軽く受け流した。続けてジュンキの隣に座っているクレハが口を開く。
「防具の修理は終わってるよ。もちろんジュンキのも、リサちゃんのもね」
クレハの言葉を聞いて、リサは安心した。穴の開いたフルフルの防具はリサの手持ちの素材で修理が可能と聞いて、自分は病室から出られないのでジュンキ達に任せていたのだが、何とかなったらしい。
「体調の面は全員退院できたからここでの確認は省くとして、あとはミラルーツの居場所か。ベッキー、何か情報を得られたか?」
ベッキーの名前に驚いてリヴァルはショウヘイの隣を見ると、そこにはいつの間にかベッキーが座っていた。しかし表情は暗く、ミラルーツの居場所に関する手掛かりは得られなかったのだろう事が容易に分かった。
「ごめんなさい。過去の文献を徹底的に漁ってみたのだけど、古の塔に関する記述自体はいくつもあったの。でも、肝心の場所は載ってなかったのよ」
「そうか…。なら仕方ない、ザラムレッドを訪ねてみるか?」
ショウヘイはベッキーからの報告を受け取ると、以前リサが提案した、ザラムレッドに会ってみるという意見を出した。
「私からもお願いするわ。これ以上ハンターズギルドの書庫を漁っても、何も出てきそうにないし…」
ベッキーも、リサが提案しショウヘイが出した案を薦める。
「ベッキーがそう言う以上は、これ以上待っても仕方がないか…」
「そうだね。ザラムレッドやセイフレムなら何か知っているかも」
ジュンキとクレハはそう言って賛成の意を示し、他のパーティメンバーも拒否する理由がないという事で決まった。
「出発は早い方がいい。今日中には出ることにしよう」
昼食を終えたリヴァル達は話し合いを再開し、今はザラムレッドを訪ねることを前提として話を進めていた。ショウヘイの出した出発は今日という意見、これに反対する者はおらず、すんなり通った。
「ベッキー、ひとついいか?」
「なぁに?ジュンキ君」
ジュンキが声を上げたので、ベッキー以外にもパーティメンバーの視線が集まる。
「先にミラルーツの依頼を受けたら駄目か?」
「…先に依頼を受ける?どうして?」
「ここからは俺の勘だけど、ザラムレッドやセイフレムは俺たちをミラルーツのところへ運びたがると思うんだ。だから先に依頼を受けておかないと、後から俺たちがザラムレッドやセイフレムを引き連れて街に近づくことになると思うけど…?」
「それは困るわねぇ…」
ベッキーは眉間に皺を寄せ、顎に右手の人差し指を当てながら天井を見上げて考え込んだ。しかしすぐに結論が出たようで、ベッキーはすっと顔を正面に戻した。
「分かったわ。先にハンターズギルドから、ミラルーツという脅威を何とかして下さいっていう依頼を出します。…ユーリ。ちょっと」
「は~い!」
ベッキーがユーリを呼ぶと、ユーリはカウンターを飛び出して駆け寄ってきた。そしてベッキーの前で止まり、耳打ちで指示を受ける。
「分かった?」
「はい!ユーリ、了解しました!」
ユーリは笑顔でそう答えると、来た時と同じように駆け足でカウンターの奥へと消えていった。
「今、ユーリに依頼書を作るよう言ったから、もうしばらくだけ待ってね。すぐ戻ってくると思うから」
ベッキーは笑顔でそう言い、手元の水を飲んだ。
ベッキーの言う通り、ユーリがハンターズギルドから特例の依頼書を持ってきたので、それをリヴァル達は受け取り、そして夕方までに準備を終えて集合ということにして解散となった。