「リサ…?」
リヴァルが慌てて追いかけると、リサは近くのベンチに座っていた。リヴァルはリサの前に黙って立つとリサが左手で席を勧めてきたので、リヴァルは取り敢えずリサの横に座ってから口を開くことにした。
「一体どうしたんだ?」
「…ごめんなさい、無理に引っ張ってきてしまって。どうしても話しておきたいことがあるんです。それも、リヴァルさんだけに…」
明日退院すれば再び団体行動になるので、そうなる前にリヴァルに伝えたいことがある…ということらしい。
「…分かった」
リヴァルは頷くと、リサは目を閉じて深呼吸してから口を開いた。
「リヴァルさん…。いいえ、兄さん…」
リサの言葉に、リヴァルは耳を疑った。いま、リサは「兄さん」と言わなかっただろうか。
「に…兄さん…?」
リヴァルは驚きの表情を隠さずにリサの顔を覗くが、リサは静かにリヴァルを見つめて言葉を続ける。
「にい…リヴァルさんと初めて会った時からそんな気がしていたのですが、リヴァルさんがこれを私に預けた時、私はリヴァルさんが自分の兄だと確信しました」
リサはそう言って、右側のポケットから何かを掴んで取り出した。閉じた拳をリヴァルの前で開く。
そこには一対の指輪。リヴァルがリサに預けた、両親の結婚指輪だ。
「リサ、お前何言って―――!」
「リヴァルさん」
普段のリサからは信じられないような強い言葉で、リヴァルは自分の発言を遮られてしまった。
リサが続ける。
「村がリオレウスに襲われた時、私は瓦礫の下で気を失っていたんです。隣の村の人が異変に気づいて助けに来てくれた時には、もうリヴァルさんはいませんでした…」
リヴァルは何度も口を開きかけるが、リサはそれを抑え込むように言葉を紡ぐ。そしてそれは、リヴァルの中の古い記憶を呼び起こしていた。
リヴァルの家族は父、母、自分、そして妹。その妹は自分と同じく母の血を強く受け継ぎ、赤い瞳と赤い髪を持っていたのではないか?そして目の前のリサは明るい赤色の瞳に、明るい赤色の髪。
「お前…本当に…それじゃあ…!」
リヴァルは言葉を正確に発することが出来なくなっていた。それくらいの衝撃だった。
「リサは偽名です。私の本当の名前は、ミナ…」
リサの言った「ミナ」という名前。リヴァルの口は半開きのまま、言葉を発することはない。
「本名を使うと、名付けてくれた父と母を思い出してしまうから…。そしてそれはリヴァルさんも同じ。そうでしょう?リヴァルさん…。いえ、ミゲル兄さん…」
ミゲル。リヴァルの本名である。
「ミナ…。生きていたのか…!」
「兄さん…!」
リヴァルの深い赤色の瞳から、リサの明るい赤色の瞳から、涙がこぼれ落ちる。2人は兄妹なのに、まるで恋人のように抱き合ったのだった。
「村が焼かれて、家族が死んで…。私は生きるためにハンターになりました。新人の赴任先としてポッケ村に飛ばされたのは驚きましたけど…。でもいつか、兄さんと再会できると信じていました…」
リサは一度座り直してからそう言った。リヴァルも自分の過去を振り返ってから口を開く。
「村が焼かれて、家族が俺以外全員死んだと思って…。俺は復讐のためにハンターになった。でも、ミナは生きていた…」
リヴァルの言葉に、リサは首を横に振った。
「ミナはあの村で死にました。今ここにいるのはリサ…。ミナとは別人です…」
「そうだな…。俺ももうリゲルじゃない。今は、リヴァルだ…」
リヴァルはそう言って口を閉じた。街の喧騒が夜風に運ばれて聞こえてくる。
リヴァルは横目でリサを見つめてから口を開いた。
「どうして今になって明かしたんだ?俺とリサが、血の繋がった兄妹だってことを…」
リサはリヴァルの言葉に振り向き、視線を落として口を開く。
「父さんと母さんの婚約指輪を見た時に話しても良かったのですが、世界の危機なのにこんな話をしては、リヴァルさんが混乱してしまうと思い…」
確かにそうかもしれない。
シェンガオレンによるミナガルデ侵攻、ミラルーツの放った4体のモンスター…。大きな問題が次々と起き、その最中にリサから兄妹だと言われればどうしただろう。やはり混乱しただろうか。
「でも、事態は変わりました。明日からは、いよいよミラルーツとの戦いに備える事になります。最悪、どちらかが死ぬかもしれない。だから…」
明日、リサの退院と同時に対ミラルーツ戦の準備を行う予定になっている。そしてミラルーツの居場所が分かり次第、そこに向かうはずだ。
ミラルーツは竜の世界の王らしく、その力は計り知れない。そして下手をすれば、パーティメンバーの誰か死ぬかもしれない。それがリヴァルかもしれないし、リサかもしれないのだ。
リサの伝えるなら今しかないという気持ちはリヴァルにも理解できた。
「…そうか。でも、話してくれてありがとう」
リヴァルはそう言って立ち上がり、利き腕である右手を見つめた。
「リサに会う前までは、復讐の為に武器を振るった。リサに叱られてから、世界のためとかいう漠然とした理由の為に武器を振るった。でも、これからは違う…」
リヴァルはベンチに座っているリサを振り向く。そこには微笑みを浮かべたリサの姿。
「これからは、大切な家族を守る為に、武器を振るうよ」
リサは声に出さず、ただ右手を胸に当てて返事とし、そして立ち上がった。
「この事は、ジュンキさん達にはまだ話さないでおこうと思います。ジュンキさん達に、気を使わせたくないですから…」
リサはそう言って元気のない笑みを浮かべた。リヴァルには話したけれど、ジュンキ達には話さない。そこに引け目を感じているのだろうか。
「そろそろ病室に戻ろうと思います。担当医さんに見つかって、怒られたくありませんし」
「病室まで送るよ」
「…ありがとう、兄さん」
今まで一緒に行動してきた中で最高の笑顔を、リサはリヴァルへ送ってくれたのだった。