「ぐっ…!」
「なんだぁ…!?」
「みんな、無事か…?」
「私は大丈夫よ…」
「私もです、先輩…」
「リサ、大丈夫か…?」
「リヴァルさん、私は大丈夫です…」
「ジュンキ…!」
「クレハ、俺は大丈夫。クレハも…無事か」
リヴァルは病室全体を見渡した。散乱する木片、舞う埃。しかし病室は以前より明るい。なぜ?
―――答えはすぐに分かった。天井が無いのだ。一面に広がる空の青、差し込む午後の日差し。そして、一匹の龍。
「…!?」
リヴァルは驚いて後ずさり、木片につまずいて転んでしまう。すると真っ赤な瞳に睨まれて、リヴァルは硬直してしまった。
「…我が名はミラルーツ。畏れ多くも、竜の世界を治めさせて頂いている統治者である…」
「ミラルーツ…!」
ジュンキの言葉にミラルーツの声が聞こえないリヴァル、リサ、ユウキ、カズキ、ベッキー、ユーリが驚愕や畏怖の表情を浮かべた。ジュンキは立ち上がり、ミラルーツの前に歩み出る。
「要点のみを話そうと思う。我が遣わした者達…。それが全て、お前たち竜人によって倒され、我には後がなくなった…」
「わざわざ降参を言いに来てくれたのか?」
ジュンキの言葉に、ミラルーツは首を横に振った。
「いや、違う。我は宣戦布告にきたのだ」
「宣戦…布告…!」
「…そうだ」
「まさかお前、この街で戦う気か…!」
ジュンキは、ミラルーツがドンドルマの街中で戦おうとするのではと思った。そんなことをすれば、先日のミナガルデ防衛戦のように街が破壊されてしまうだろう。
しかし、ジュンキの心配は杞憂に終わった。ミラルーツはまたしても首を横に振ったのだ。
「我もそこまで愚かではない。来るがよい、我が根城へ。密林の奥深く、古の塔へと。我が直々に相手をしてやろう…」
「古の塔…?」
「我は待つ。お前たち竜人という障害を取り除いてから、人間駆逐計画を再開するとしよう…」
ミラルーツはそこまで言うと純白の翼を広げ、病棟から飛び立った。街中から放たれる大砲や矢を器用に避け、青空の向こうへと消えてしまう。
「…」
ミラルーツがいなくなっても、誰ひとりとして口を開かない。いろいろな事が一気に起こり、混乱していた。
崩れた天井の一角からレンガが部屋の中へ落下し、音を立てて崩れた。それを合図に、ベッキーが口を開く。
「…取り敢えず、病室を移りましょう。屋根が無いと、雨風に晒されるわ」
ベッキーが口を閉じると、おそらく病院の医者か看護師だろう廊下を走る音が聞こえてきた。
別の病室に移ったリヴァル達9人は、まずミラルーツが残した言葉について整理することにした。
「ミラルーツは、人間駆逐計画を遂行する同志を失って動揺していると俺は思う」
ショウヘイはそう言い、意見を求めた。
「後がなくなった、って言ってたもんね」
クレハはそう言って腕を組む。
「会話の内容からして、ミラルーツは自身の根城で、それも単身で戦う気か?仲間でも募ればいいのに…」
「同志が倒されているんだ。自ら倒されに行くような奴はいないだろうし、そもそも信用の問題もあるからな」
「信用…。ミラルーツは人間駆逐計画の障害…俺たちだけど。を除去できるんだ、ってか」
「だろうな」
ショウヘイの言葉に、カズキとユウキは納得したように頷いた。
ミラルーツは同志を失った。これ以上退場者を出す訳にもいかず、ミラルーツは単身で障害を除去しなければならなくなったのだろう。
「事情は何にせよ、ミラルーツは単身で挑んでくるだろう。言い方は悪いけど好都合だ。ベッキー」
「何?」
「ミラルーツが言っていた古の塔って分かるか?」
ジュンキが尋ねると、ベッキーは右手の親指と人差し指を顎に当てて考え込んだ。しかし、すぐに顔を上げて首を横に振る。
「古の塔ね…私には分からないわ。ユーリ、分かる?」
「私にも分からないです。そのような狩場は聞いたことすら…」
「場所が分からないんじゃ、どうしようもないな…」
カズキはため息交じりに諦めの言葉を吐く。
「…場所なら、きっとあの方が知っていますよ」
リサの言葉に、この場にいる全員が振り向いた。
「誰が…知ってるんだ?」
リヴァルが尋ねると、リサは笑顔で答えた。
「ザラムレッドさん、とか」
リサがザラムレッドの名前を出した後、ジュンキとクレハの検診、及びリサの怪我が完治するまでは、こちらから行動を起こさない事が決まった。その間にミラルーツが行動を起こす可能性も否定できないが、少なくとも古の塔へ来るまで待つと言っていたので、恐らく大丈夫だろう。
ジュンキ、クレハ、リサが動けない間は、リヴァル、ショウヘイ、ユウキ、カズキの4人で狩りの準備を進めたり、壊れた武器、防具の修理へ取り掛かることにした。
そして、ベッキーとユーリはハンターズギルド内で総力を挙げて「古の塔」に関する情報を集めてくれた。
やがてジュンキ、クレハの検診が終わり、リサの退院する日が明日になった日の夜…。リヴァルはリサに呼ばれて病室を訪ねた。ジュンキとクレハはすぐに退院したので、リサは小さな個室に移っている。リヴァルは病室の扉をノックし、「どうぞ」というリサの声を聞いてから中へ入った。
「…体調はどうだ?」
「もう大丈夫です。元気になりました」
リサは入院患者用の白衣ではなく、私服だった。
「リヴァルさん、散歩に付き合ってくれませんか?」
「散歩?外出は禁止…お、おい…!」
リサはリヴァルの右手首を掴むと、強引に病室を出た。
「明日退院だろ!?明日じゃ駄目なのか!?」
「駄目です」
リサはそれだけ言い、病院の裏口から外に出た。
「分かった!分かったから離してくれ!」
リヴァルがお願いしてようやくリサが手を放してくれた。
「すみません、強引に…。どうしても今夜、話しておきたいことがあるんです」
リサはそう言って、夜のドンドルマへ足を踏み出していってしまった。