「暑い…」
灼熱の溶岩。ドロドロに溶けた岩は、陽の光が入らない洞窟の中を明るく照らしてくれる。おかげで歩くのに苦労はしないものの、洞窟ということもあって熱気が逃げず、サウナの中みたいになっている。
「暑い~…」
動植物はおろか、人間でさえ住み着かない過酷な環境、火山地帯。そこに生えるは水をほとんど必要としない乾燥植物のみ。そこに住まうは溶岩の熱気すらもろともしない進化した竜。そして、ハンターである。
「暑いよ~…!」
先程から同じ事を繰り返し言うクレハに、ジュンキはとうとう歩みを止めて振り返った。
「クレハ、暑いのは俺もカズキも同じだ…。そんなに暑い暑い言わないでくれよ…」
「だって暑んだもん…」
「お~い!早くしろよ~!」
元気な声に振り向くと、そこには両手を振るカズキの姿。
「ねぇ、ジュンキ…。どうしてカズキはあんなに元気なの?」
「さあな…。俺が知りたいよ…」
そう言ってジュンキは再び歩き出す。クレハも「うえ~」とか言いながらも付いてくる。
「クーラードリンク、飲んだんだろ?」
「もちろん飲んだよ。飲んでも暑いのが砂漠と火山でしょ…?」
「まあな…」
クーラードリンクを飲んだからと言って、暑さを感じなくなる訳ではない。多少は和らぐものの、やはり暑いものは暑いのだ。
「ほら、行くぞー!」
先行するカズキが元気にそう言ったので、ジュンキとクレハは目を合わせてため息を吐いたのだった。
長くなだらかな坂を登り切ると、そこで洞窟は終わっていた。突然の開放感に、ジュンキは思いっ切り息を吐く。
「やっと出れたーっ!」
クレハも洞窟から出て、大きく背を伸ばす。
相変わらず溶岩の川は流れていてそこそこ暑いが、天井がない分開放的で涼しい。
「息抜きしているところ悪いけど、ラージャンはそこまで待ってくれないと思うぞ」
先に洞窟を抜けていたカズキがそう言って、ある方向を指差す。そこには一見巨大な岩と見間違えそうな黒い塊が鎮座していた。よく見ると所々に金色の模様が入り、一対の角も生えている。あれが…。
「ラージャン…」
ジュンキは気持ちを引き締めて歩き出す。クレハとカズキも続いた。
「ラージャン、説得に応じてくれるかな…?」
「どうだろうな…」
クレハが心配そうな声を上げるのだが、無理も無いとジュンキは思う。
先日のクシャルダオラは説得には応じず、ショウヘイやリヴァルに任せたテオ・テスカトルも駄目だった。キリンはどうか分からないが、ラージャンは果たしてどうだろうか。
表情が伺えるくらいに近づいたところで、ラージャンは立ち上がった。のしのしと歩き、ジュンキ達の手前で立ち止まる。ジュンキとクレハは並んでカズキの前に立って口を開いたが、声を上げたのはラージャンの方が先だった。
「おまえ…りゅうじん…?」
「あ、ああ…。竜人だ」
「人間駆逐計画、知っているわね?あなたもその計画のひとりでしょう?」
突然喋ったので驚いてしまい、ジュンキは返事に詰まってしまったが、クレハがフォローに入ってくれた。
しかし、ラージャンはクレハの言葉に何も言わず、動かない。クレハはジュンキと目を合わせてからもう一度口を開こうとしたが、ラージャンが喋ったので口を閉じる。
「さくせん…?にんげん、ころす…?」
「ああ、そうだ。俺達竜人は―――」
ジュンキはこれ以上言葉を紡ぐことができなかった。それくらいラージャンが発した言葉が衝撃的だったのだ。
「りゅうじん、オデをじゃましにくる…。みらるーつさま、りゅうじん、ころしていいって、いった…」
「おい、ラージャンは何て言ってるんだ?」
背後からカズキに声を掛けられ、クレハは小刻みに震えながら振り向いて言った。
「私達を…殺すって…!」
「へ?」
カズキは目を丸くして凍りつき、そしてすぐに驚きの声を上げた。
「嘘だろおいっ!」
「下がれっ!」
カズキの驚愕の声とジュンキの警戒の声。その直後に振り下ろされるラージャンの拳。溶岩が固まってできた岩の大地に穴が開いてしまった。
「りゅうじん、オデのじゃま、する…。りゅうじん、ころして、くう…!」
ラージャンはここまで言って雄叫びを上げた。そして一番近くにいたクレハに殴りかかる。あの拳に当たればひとたまりもないだろうが、クレハはギリギリまで引きつけてから回避した。ラージャンの拳が、岩の大地に沈み込む。
「はああああっ!」
地面にめり込んだラージャンの拳にジュンキは一太刀入れた。手の甲が裂け、真っ赤な血液が流れ出る。
「結局こうなるのかよっ!」
ラージャンの気がクレハへ向いている間に背後へと回ったカズキが、ランス「ブラックテンペスト」を突き刺す。するとラージャンは四肢を使って飛び退き、ジュンキ達から距離を置いた。そして凶悪な腕を振り回して接近してくる。この攻撃は3人とも余裕を持って回避し、ラージャンの背後に回って各々の武器を構える。
「やああああっ!」
「はああああっ!」
「らああああっ!」
クレハの双剣、ジュンキの太刀、カズキのランス。それぞれが武器の長所を生かし、ラージャンの背中を斬りつける。
ラージャンは短い悲鳴を上げると飛び退いた。
「逃がさねぇよ!」
カズキはそう言って「ブラックテンペスト」を構えると、ラージャン目掛けて一直線に駆け出した。突進するカズキに対し、ラージャンは殴りかかる。カズキは槍と対になっている盾でラージャンの攻撃を防いだ。
「ぐっ…!」
ラージャンの攻撃力はカズキの予想を上回っていた。重い一撃を受け止め、盾が嫌な音をたてる。
「カズキーっ!」
突然クレハの声が背後から聞こえたので、カズキはラージャンの脇に抜けて攻撃をかわした。横目でまだラージャンが自分を狙っていることを確認し、大きく円を描いてクレハと合流する。
「大丈夫?」
「ああ、あれくらいどうってことないさ」
クレハが心配してくれたので、カズキは元気にそう答えた。
「来るぞ」
クレハの後ろで待機していたジュンキが注意を促す。ラージャンは真っ直ぐ突進してきていた。
ジュンキ達は動かない。ラージャンが迫る。
そしてジュンキ達に激突する直前で、突然ラージャンは全身を痙攣させて停止した。特定モンスターの動きを一定時間封じ込める狩猟用アイテムのひとつ、シビレ罠だ。
「ね、シビレ罠持ってきていて正解だったでしょ?」
「だな」
「よっし!一気に攻めるぞ!」
カズキが気合を入れて槍を構える。ジュンキとクレハもそれぞれの武器を抜き、ラージャンへ斬りかかる。一振り、一太刀、一突き入れる度に、真っ赤な血液が飛散する。
「よし、このままいければ―――!?」
カズキが声を上げたその時、ラージャンはシビレ罠から脱出して後退し、ジュンキ達と距離を置いた。
雄叫びを上げ、怒りをあらわにするラージャン。黒色の毛が金色に染まり、筋肉が目に見えて膨れ上がる。
「ころす…!ころして…くう…!」
ラージャンは再度雄叫びを上げると、一瞬のうちにジュンキ達へ迫った。
「くっ…!」
ジュンキ、クレハ、カズキは身を投げ出すようにラージャンの突進を回避する。それだけラージャンの突進は速かったのだ。
ジュンキは急いで身を起こし、ラージャンを探す。ラージャンは起き上がろうとしているクレハを狙っていた。
「クレハ!逃げろ!」
「えっ…?」
クレハはジュンキの声を聞いて振り向く。そこには巨大な拳が迫っていた。ラージャンの右手の拳が、クレハの腹に防具ごとめり込む。
「がは…っ!?」
唾液が口から飛び出した。クレハは身体を「つ」の字に曲げて、地面と平行に飛んでいった。