ベースキャンプにリサを置いて、リヴァル、ショウヘイ、ユウキの3人は再び狩場へ足を踏み入れていた。ペイントボールの臭気をたどり、雨の中を歩き続ける。
「リサは…大丈夫なのか?」
「俺には分からない。止血が早かったから失血死はないだろうが、傷口が膿化したら…」
ショウヘイはここで口を閉じた。この先は言わなくても分かるからだ。
「だけど、キリンの強烈な電撃を食らったのに意識があったんだ。大丈夫だよ」
確かに不思議ではあった。あれだけの電撃を受けて生きているなんて…。ユウキの言葉にとりあえず納得して、リヴァルは歩み続けた。ペイントの臭気が強くなってきている。キリンは近い。
そのエリアの中央に、キリンは佇んでいた。初めて会った時と異なり、その身体は薄汚れ、首元からは出血の痕が見られる。出血自体が止まっているところを見ると、古龍の回復力の強さが理解できる。
「あなたたちは強い…。私では、勝てるかどうか…。今更ながら、自信がありません…」
ショウヘイにしか聞こえない声でキリンは言った。
「だったら降参するか?命までは取ったりしない」
ショウヘイの提案を、キリンは首を横に振ることで拒否の意思を示した。
「嬉しい提案ですが、お断りします…。私もひとり、あなた達の仲間を倒すことができました…。勝算は、まだあります…」
「そうか…」
ショウヘイがそう言って背中の太刀「ヒドゥンサーベル」を抜いたので、リヴァルも右手を背中の大剣「オベリオン」へと持っていく。
「いくぞ…!」
ショウヘイが静かにそう言って駆け出し、リヴァルもショウヘイの背中を追いかける。
キリンはその場で天高く嘶いて雷雲を呼び寄せ、接近するショウヘイとリヴァルに向かって雷を落とした。ショウヘイとリヴァルは左右に分かれ、雷の雨を避ける。キリンは迫るリヴァルとショウヘイのうち、迷わずショウヘイを選んで駆け出した。
ショウヘイはキリンをギリギリまで引き寄せ、すれ違い様に斬りつける。しかし、キリンの胴体にショウヘイの太刀「ヒドゥンサーベル」の刃は通らない。キリンは減速することなくユウキに向かって駆ける。ユウキは接近するキリン目掛けて貫通能力に優れた貫通弾を撃ったが、キリンはそれを跳躍して避けてみせた。だがユウキも避けられることを頭に入れておいたので、キリンの突進は難なく回避できた。
キリンはエリアの端まで駆け、そこで立ち止まってから振り向く。
「はああああっ!」
そこへ、リヴァルが大剣「オベリオン」を振り下ろした。突然のことでキリンは怯んだものの、横倒しにはならなかった。しかし、その僅かな隙をも逃さず、ショウヘイがリヴァルと入れ替わるように一太刀浴びせる。
「ぐうっ…!私は…負けられない…!私の信じた…ミラルーツ様のために…っ!」
ショウヘイにしか聞こえない声で、キリンは天高く嘶いた。直後に雷が降り注ぎ、周囲が明るく照らされる。
リヴァルとショウヘイは雷の落ちる範囲から抜け出し、落雷が収まるのを待つ。だが、その落雷が止まる前に、キリンは猛烈な勢いでリヴァルに向かって突進してきた。
そう、リサを戦闘不能に陥らせた時と同じように。
「くっ…!」
リヴァルは大剣「オベリオン」を盾にして、キリンの突進を受け止めた。キリンの勢いにリヴァルは吹き飛ばされ、キリンはリヴァルに激突した衝撃で体勢を崩し、それぞれ泥沼の中を転がる。
リヴァルは泥の水たまりの中で起き上がり、キリンは倒木に当たって起き上がる。リヴァルはまだ駆け出す力が残っているが、立ち上がったキリンの脚は震えていた。限界が近いのが、誰にも理解できる。
それでもキリンは首筋から血を流し続けながらも駆け出し、ショウヘイへ迫る。ショウヘイはその場を動かず太刀を構え、キリンが間合いに入ったその時を狙って太刀を振るう。しかしキリンは、ショウヘイの攻撃を跳躍することで回避した。
「あっ…!」
リヴァルは思わず声を上げてしまった。ショウヘイの攻撃を避けるために跳躍したキリン。宙に浮いているキリンを、ユウキが狙い打ったのだ。キリンの身体が強張り、着地に失敗して泥水を巻き上げる。そこへリヴァルが駆け寄った。
「ごめん…!」
リヴァルは無意識にそう言って、大剣「オベリオン」を振り下ろした。
ぬかるんだ地面に横倒しになったキリンのもとへショウヘイとユウキが集まると、キリンはゆっくり目と口を開いた。
「やはり…敵いませんでしたか…」
キリンの言葉はショウヘイにしか聞こえない。ショウヘイはキリンが言葉を話す度にリヴァルとユウキに言って聞かせた。
「しかしこれは…私の信念に従った結果…。哀れみなど無用です…」
リヴァル達は口を開かず、黙ってキリンの最期を見届ける。
「ミラルーツ様…。申し訳ありません…、先に逝きます………―――――」
キリンは最期にそう言い残し、静かに息を引き取った。
リヴァル達はそれぞれ祈りを捧げた後、背中の剥ぎ取りナイフを手に素材を剥ぎ取り始めた。雨が降り続く中の、静かな作業。静寂を破ったのは、リヴァルだった。
「これ…」
リヴァルの声を聞いて、ショウヘイとユウキが振り向く。
「リサの分も剥ぎ取っていいかな?」
ハンターはモンスターから素材を剥ぎ取る際、その全てを持ち帰ることはない。大きすぎたり重すぎたりして持ち帰れないというのもあるが、感謝の意味も込めて、あまりたくさん持ち帰るのは美徳とされていない。だからリヴァルは一応ショウヘイとユウキに尋ねたのだが、2人は快く頷いてくれた。
「持っていってやれ」
「喜ぶぞ、リサちゃん」
リヴァルはしっかりと頷いてから、再び剥ぎ取りナイフを突き立てた。