(素早い…!)
ショウヘイは駆け回るキリンに苦戦していた。キリンは先程からショウヘイの周囲を時計回りに駆け、隙を見つけられては突進してくる。ショウヘイはすれ違い様に一太刀浴びせているが、その多くは刃が通らない前脚や胴体に当たっている。
「ショウヘイ!」
駆け回るキリンの合間を縫って、リヴァルとリサはショウヘイと合流した。
「ユウキは?」
「大丈夫です!」
手短にユウキの状態の確認をとり、すぐ意識をキリンへと向ける。キリンは3人が固まっているところへ突進してきていた。3人は余裕をもってこれを回避し、それぞれ散らばる。ショウヘイとリサは距離を置いたが、リヴァルは走り抜けるキリンを追い駆けた。
走る速さはキリンの方が早いので両者の距離は開いてしまうが、キリンは立ち止まると方向転換するためにその場で小さく回る。リヴァルはその隙を狙っていた。
(間に合うか…!?)
やがてエリアの端、岩の壁の手前でキリンの脚が止まった。キリンが振り向く。
「はああああっ!」
キリンと目が合った。リヴァルは大剣「オベリオン」を振り下ろす。それはキリンの頭頂を正確に狙い、キリンは衝撃でその場に横倒しになった。
「いいぞ、リヴァル!」
いつの間にか接近していたショウヘイが、キリンの背中を斬りつける。
「リヴァルさん!さすがです!」
リサも加わり、ハンマーでキリンの脚を狙う。唯一刃が通る首から上は、リヴァルの担当だ。
「うおおおあああああっ!」
リヴァルはありったけの力を込めて、大上段からキリンの首へと大剣「オベリオン」を振り下ろした。キリンの首は断たれたり折れたりすることはなかったものの、大量の血飛沫が飛び散り、ぬかるんだ地面にめり込んだ。さらにもう一発というところで、ショウヘイが牽制する。
「一旦引くぞ」
「なっ!?どうして!?」
「大丈夫だ。安心しろ」
すでにリサはハンマーを背中に戻し、キリンから距離を取り始めている。リヴァルは仕方なく大剣「オベリオン」を背中に戻し、ショウヘイと共にキリンから距離を置く。すると突然横から何かが飛んできたと思った直後に、キリンの周囲で爆発が起きた。あれは―――。
「拡散弾…!」
リヴァルは弾が飛んできた方を見ると、そこには右手を大きく振っているユウキの姿があった。どうやら無事らしく、リヴァルは安堵することができた。そしてすぐに意識をキリンへと向ける。キリンのいた場所は黒煙で覆われ、姿を確認することはできない。
「やったか…?」
「いや…」
リヴァルは期待の声を上げたが、ショウヘイは小さく首を横に振った。横を見ると、リサがハンマー「アイアンストライク改」を構えてゆっくりキリンの方へと歩み出していた。リヴァルが声を掛けようとしたその時、黒煙の向こうから爆発的な光が発せられ、満身創痍のキリンが飛び出した。
「っ!?」
キリンは怒り狂った様子で嘶き、落雷の如く駆け出した。その先には、リサ。
「リサ!危ない!」
リヴァルの声でリサは我に返った様子だったが、もう遅い。キリンは電気を纏わせながらリサへ突っ込んだ。リサの右肩に、キリンの角が突き刺さる。
「きゃああああああああっ!!!」
キリンは角をリサに刺したまま頭を持ち上げ、リサの身体を宙に浮かせる。そして、キリン自身の角を通してリサに電気を流し込ませた。リサの身体は電気の白い光包まれ、痙攣を起こす。
「リサあああああっ!!!」
リヴァルの悲痛な叫びが沼地に響く。キリンは自身の頭部を思い切り横に振り、リサを放り投げた。リサの身体は泥沼を何度も転がり、水たまりの中で止まる。キリンは残されたリヴァル達を無視し、脚を引き摺りながらもエリアを脱していった。
沈黙。聞こえるのは雨の音だけ。リヴァルは何も考えることができなくなってしまった。
「早く…リサの手当てを…!」
「…ああ」
ショウヘイはそう言い、リサの元へ駆け寄る。リヴァルは重い脚を引き摺るように、リサの元へ歩き出した。その途中で、ユウキもリサの元へ駆け寄る。そして、大声を出した。
「リヴァル!リサは死んでないぞ!」
「えっ…!」
てっきり、リヴァルはリサが死んだものだと思っていた。慌ててリサの元へと駆け寄る。
そこには、ショウヘイに抱えられたリサの姿。ぐったりと横たわり、右肩からは今も真っ赤な血液がドクドクと流れ出ている。リサを守っているフルフルの純白な防具は泥と血と電撃で汚れていて悲惨な光景だったが、リサの明るい赤色の瞳からは、まだ生きる活力を見出すことができた。
「リヴァ…ルさん…」
ここでリサは一度言葉を切り、再び口を開く。
「不覚でした…。不用意にモンスターへ近づくなんて…」
「今は何も話すな…!早く手当てをしないと…!」
「分かってる。今は応急手当をして一旦ベースキャンプに戻り、そこで治療する」
ショウヘイは冷静にそう言い、アイテムポーチから回復薬グレートと薬草と包帯を取り出した。ショウヘイは回復薬グレートをユウキに手渡し、自身は薬草を手に、防具の上から包帯を巻き始める。傷口を塞ぐ詰め物は持ち合わせていないため、薬草で代用するのだ。
リヴァルは今自分にできることを考え、近くにモンスターがいないか警戒に当たることにした。血の臭いを嗅ぎつけて、イーオスのような小型肉食竜が出てくるかもしれないからだ。リサに背を向ける形で立ち、目を光らせ、耳を澄ませる。
「リサ、傷口に薬草を当てるぞ。痛むが我慢してくれ」
「はい…」
背後からリサの苦しむ声が聞こえ、リヴァルは下唇を噛んだ。焦る気持ちを必死に抑える。今、自分にできる最大限のことをするべき、それは見張りだ、と。
「…よし、立てるか?」
ショウヘイの声を聞いて、リヴァルは振り向いた。リサはショウヘイに支えられて立ち上がり、ユウキから回復薬グレートを受け取るところだった。
「リヴァル、リサに肩を貸してやってくれないか?俺だと背の高さがあって、リサが大変だ」
何となく嫌味に聞こえたが、今は気にしている場合ではない。ショウヘイからリサを預かり、歩き出す。
「すみません…リヴァルさん…」
「気にするな。それより本当に歩けるのか?無理なら言えよ」
「…はい」
リサの言葉を聞いてリヴァルがショウヘイとユウキに頷くと、4人はリサのペースに合わせて歩き出した。
「あ…」
リサがユウキから受け取った回復薬グレートを飲もうとしていたので、リヴァルはそれをリサから取り上げ、リヴァルが飲ませる。こぼしながらも飲み終えると、リサの顔色も少し良くなったように見えた。
「ありがとう…ございます…」
「気にするな」
この会話を最後に、4人はベースキャンプまで一言も口を開かなかった。