今話は達也目線での話です。気付かぬうちに時間が経ち過ぎていて色々忘れているためか、雫の口調が相変わらずブレブレです。
読み返しながら直すつもりですので、今はお気になさらずに。
「準備はいいか? ーー始め!」
「ぐはぁっ!?」
『え!? 早っ!? もう決着!?』
服部先輩とクドウとの模擬戦は開始直後に一撃で壁まで吹き飛ばされた服部先輩の敗北をもって、一瞬で決着した。
「あのはんぞーくんが、一瞬で・・・」
「クドウは特殊な事情故に工学科を志望して一科に配属されましたが、実力では一科の主席合格者とほぼ同格です。やんごとない身分の方より直々に魔法の使用制限を厳命されているとは言え、所詮チャンバラごっこの延長上にあるのが学生同士で行われる模擬戦である以上、彼女が学生に敗れる道理がありません。
ましてや彼女の場合は実技で試される魔法力評価基準すべてで服部副会長を既に超えてもいますし、この結果は出るべくして出た当然の帰結ですよ」
「容赦ないわね達也君・・・・・・」
会長から、やや引き気味な反応をされてしまうが事実である。致し方がない。
なにしろ元スターズの隊長にして十三使徒の一人だ。
魔法科高校は将来的に日本の戦力として活躍できる魔法師の育成こそが主目的であり、本校の生徒会役員たちは全国の魔法科高校に在学している生徒すべてを併せた上でも尚、優秀な人材に恵まれた精鋭揃いと言っていい。
中でも飛び抜けているのは七草会長だが、服部副会長とて実力は決して低くはあるまい。少なくとも成績順位においては二年生の中でトップクラスなのだ。早々容易く倒せる相手ではないだろう。
ーーが、何事にも相手が悪すぎるという例外は存在する。今回の件はその典型・・・というには些か異質に過ぎるな。本来ならあり得ない組み合わせであるのも事実ではある事だし。
「ほぇ・・・すご、いね。達也さん、今の見え、た?」
いつもどおりに戦いの内容そのものが見えていなかったらしい雫が、惚けた口調で尋ねてくる。これから戦うのはお前なんだぞ? ・・・と言ってやりたいところだが、わざわざ好き好んでバカにさらなるバカ化を促す必要もあるまい。
容易くテンパり、テンパっても結果は変わらない奴なのだから、言うだけ時間と労力の無駄と言うものだ。
・・・どのみち始めから結果が見えている勝負。一石を投じることさえできないのなら、その手間さえ惜しむのは当然と言えよう。なにしろこの勝負『成立さえしない』のだから・・・。
「大丈夫ですか? 服部副会長。もし御身体に異常が見られるようでしたら、直ぐにでも保健室へ。魔法師は体が資本です。つまらない事で余計なお怪我をなさる必要はないと思われますが・・・」
「ーーはっ!? お、俺はなにを・・・? まさか負けて・・・いいや司波! 試合は続行する!
なんとしても模擬戦で会長に良いところを見せてポイントアップを図らねば、割が合わない!」
「しっかりしてください副会長。本音がダダ漏れです。建前の“た”の字も残っていない。魔法師はいついかなる時も冷静でなければーー」
「うおおおっ! 次は勝つ! 次こそ勝つ!
一年生などに負けたままでは俺のメンツが! 俺のイメージが! なによりも会長の好感度がぁぁぁぁっ!!」
ーー駄目だな、この人は。本筋であるはずの会長自身からゴミを見る目で見られていることに全く気付いていない。
・・・もしかして本当に頭でも打ったのか? あるいは雫のバカさに汚染されたのか?
・・・ふむ。なんとなく後者の方が可能性が高い気がするな。後で診察してやるとしよう。
バカとの付き合いが長いぶん、バカに汚染された人間を直すのを俺は得意としているからな。アフターケアだ。
「ーーでは、第2試合を始めます。両者、前に出てください」
俺の言葉に服部副会長は素直に応じて前へ出ると構えを取る。
右手を伸ばし、左手首に嵌めている腕輪型CADに指を置く。
対する雫は・・・やはりと言うべきか、未だに元の場所で小首を傾げて不思議そうにしている。間違いようもなく、模擬戦の意味がわかっていない。理解もしていないだろう。
ーーと言うかこいつ、まさかとは思うが『試合』という単語自体知らないなんて事はないだろうな・・・?
普通で考えれるのであれば有り得ない疑問だとは思う。
だが、北山雫のバカさ加減に限って言えば、有り得ないという事こそ有り得ない。
何だって起こりえるのだ。バカ行動と呼べる行動だったら何だって出来る。ある意味で神の如きバカさと言っても差し支えないだろう。
無論。そんな無能な神がいるとは思えんが・・・。
とは言え、だ。一応俺は雫の父親である北山潮氏から直々に家庭教師を依頼された身。中途半端は俺のプロ意識に差し支えかねない。この程度の講義はしておいてやるか。
「雫。模擬戦とは戦うことだ。この場合で言うなら相手は服部副会長で、対戦相手がお前になる。
ルールは簡単。相手より早く魔法を発動させて、相手を壁まで吹き飛ばせばいい。
素手や足などを使った肉弾攻撃は禁止だが・・・お前にはそもそも無理なので、これに関しては無視していいだろう。
とにかく魔法だけを使った勝負で、先に魔法を相手に当てて吹き飛ばせば勝ちだ。分かったな?」
「・・・う、ん。わかっ、た。つまりスマッシュブラザーズで、しょ?」
「・・・なぜそこで旧世紀のテレビゲームが例えに出るのかよく分からんが・・・しかし間違ってはいない。少なくとも完全なる見当違いではないだけ、お前的には及第点をやれるレベルだ。要点だけは押さえている。要点だけだがな」
「うん・・・この前一緒に遊ん、で楽しかっ、た・・・」
「あの時か・・・俺は北山氏から凄い目で睨まれたが・・・そう言えば確かに対戦プレイをしたゲームの中にスマブラがあったな。
なら問題ない。いつも通りにやればいい。どうせお前に期待している者など誰も居ないから、気楽にいけ」
「・・・うん。わかった。気楽にい、く」
いつものペースを崩すことなく納得した雫は、自分用のCADを入れた黒いアタッシュケースを深雪から受け取り中身を取り出す。
見た感じだけで言うならオーソドックスな、腕輪形態の汎用型CAD。通常であるなら全部で九つあるキーの内、三つのキーを叩くだけで魔法が発動する。
深雪であるなら登録可能上限を越える九十九以上の魔法を登録しても少なすぎるのだが、これが本物の劣等生である雫になると桁が異なる。
「あら、雫さんもはんぞーくんと同じで汎用型なのね。魔法師が聞いてよい事ではないのかもしれないけど、いったい何個の魔法が登録してあるのか気にはなるわね」
七草会長が如何にもな魔法師らしい理由で魔法師らしい興味を持たれたようだ。
せっかくだ。教えておこう。どのみち知られたところで大した意味も効果もないことだしーー。
「九個です」
「・・・はい? 達也君、今なんて・・・」
「ですから九個です。雫の使うCADには九個しか魔法は登録されていません。キー1つに付き魔法が1つだけ発動できる仕組みになっているんです。
それ以上の魔法も、それ以外の魔法も、登録されたことは一度としてありません」
「それ、旧式以下のスペックなんじゃない!?」
「と言うより、スペックを上げると雫の能力の方がCADに付いていけません。性能に振り回されます。
なにより彼女の演算能力では、九個以上の魔法を使い分けることなど不可能です。頭の方が先にパンクしてしまう。登録してある魔法の九個という数はCADではなく、むしろ雫の頭の登録可能上限を示している数なのです」
「どこまでバカなら気が済むのよあの子!?」
会長、それは俺が常日頃から疑問に思っていることですので今更すぎるかと。
「お待た、せ」
「ああ。相変わらず九個以上を使い分けるには処理能力が足りないようだな」
「う、ん。・・・九個って、多すぎ、る・・・」
「多いの!? 九個って多すぎる数だったの!?」
会長が本気で驚いているな。無理もないことではあるが・・・
「では改めて、両者は所定の位置へ。・・・雫、もう少し前だ前。怖いからって後ろへ下がろうとするな。
あと、これは先ほど言い忘れていたんだが、魔法の発動準備は試合開始の合図があるまで無しだ。CADも合図があるまで起動させるな。これが模擬戦のルールだぞ。
・・・理解できたか?」
「う・・・ん。なんとな、く・・・?」
「だろうな・・・じゃあお前にも分かりやすく例えてやる。
ランプが点灯中からBボタンを押しておく、ロケットスタートは無しだ。これなら理解できるだろう?」
「あ・・・分かっ、た。フライングはなしなんだ、ね・・・?」
「よし、偉いぞ。よく理解できた。二十三点を与えてやろう」
「わーい・・・」
「今ので二十三点!? え?あれ? それって高いの低いのどっちなの!?
あまりにも低レベルすぎて基準がサッパリ分からない!」
会長が頭を抱えているが、こればかりは雫と長年付き合わなければ理解できない評価基準なのだから理解できなくても仕方がない。
魔法師には時として諦めることも必要だからな。
「ではーー始め!」
先ほどから意外性のありすぎる展開に付いていけず、動かない女性像と化している渡辺先輩に成り代わり、今度の試合も俺がジャッジを務める。
――とは言え今回も前回もやることは変わらず結果もさして変わらないのだから、気楽な身分といってもいい役割なのだがな・・・。
「・・・え、い・・・。ポチッと、な」
「ぐはぁっ!?」
「試合終了。勝者、北山雫」
二度も続けば嫌でも慣れる。俺は淡々と勝ち名乗りをした後、敗者たる服部先輩の体を診察するため歩み寄ろうとしたのだが・・・。
「ち、ちょっと待て。今の魔法は・・・予め用意していた遅延発動型魔法を使用した・・・訳ではないのだろうな、あの様子だと・・・」
フリーズから回復したらしい渡辺先輩が、自らの疑問に自ら否定の答えを返しつつ俺を呼び止める。
肝心の雫は「ちえん・・・ジャッキー・チエン?」と、いつも通りに訳の分からないことを口走っているが、いつも通りなので流すことにする。
「遅延発動型の魔法ではありません。正真正銘、ただの超簡易魔法式による初級魔法です」
「超簡易魔法式って・・・あれは民需用で、戦闘用に使える代物じゃないだろう!?」
「CADは魔法を最速で発動するツールであり、CADを使った魔法発動の速さが魔法実技における成績を決める上で最大の評価ポイントです。
ならばボタン一つで魔法が発動する超簡易魔法式に、人間の魔法師が魔法発動の速さで敵うことは決して出来ない。相手に重傷を負わせてはいけない為、威力の高い高度な魔法を使用できない模擬戦では圧倒的に有利だと断言できるでしょう。
実技試験における魔法力の評価基準は、魔法を発動する速度、魔法式の規模、対象物の情報を書き換える強度で決まりますが、今後は多数変化も加えた方がいいかもしれませんね。
書き換えと規模で超簡易魔法式は大きく水を開けられては居ても、発動までの速度では他の追随を許しませんから。対処するには別の物を入れて混ぜ返すのが一番手っ取り早いですし、なによりも楽で受け入れやすい。時代の変化に対応し切れていない生徒にも順応しやすいことでしょう」
唖然として黙り込む先輩方を後目に、俺は服部副会長の側へと寄って肩を揺する。
「ううん・・・」とうなり声を上げながら目を覚ました彼に、俺はホッとして息を付いた。
ああ、よかった。これで俺も、後顧の憂いなくーー
「服部副会長、俺と模擬戦をしませんか」
「え・・・・・・?」
なに言ってんだこいつ、正気か・・・? そう言いたげな表情の副会長だが、俺は本気だ。ついでに言えば正気でもある。
冷静に、的確に、戦機を捉えて今しかないと踏んだからこそ、こうして勝負を挑んでいるのだ。
「副会長は実技の成績が悪く、新設されたばかりの工学科から禄な実績もないのに生徒会入りを果たした俺が以前からお気に召さないご様子だとお聞きしました。
出来るなら今この場をお借りして、魔法師としての俺の実力を示させていただきたいのですが」
「え、いや、その、今はちょっと・・・」
「魔法師は国防の要。何時いかなる時も冷静に、そして勇敢に敵と戦い、立ち向かえなくてはいけません。敵前逃亡など言語道断。挑まれて尻尾を巻いて逃げる臆病者が、どの様にして国難に立ち向かえるというのですか?」
「・・・・・・」
真っ青になってプルプル震え出す服部副会長を安心させるため、俺は力強く彼の肩を掴んで笑顔を向ける。
「大丈夫です、服部副会長。安心してください。俺の見た限り、貴方は一科生の中でもとりわけ優秀な学生だ。たかだか新入りの工学科に負けるわけがありません。貴方の勝利は揺るぎませんよ。
ーーなので俺も、胸をお借りするつもりで全力で行かせていただきます」
最後らへんで彼の顔色が病的な青さに達したが、まぁ気のせいだろう。
事象をあるがままに、冷静に、論理的に認識できなければ優秀な魔法師にはなれない。
二科生の雫よりも優秀な一科生で、二科生よりも一科生の方が優れているに決まっていると信じきれるほどの実力をお持ちの副会長様が、まさか実技では最低クラスの俺如きに怯えるはずなど無いのだからーー
「うわ・・・あの顔、マジ引くわー・・・。ねぇ、アナタのお兄さんってもしかしなくても怖い人?」
「ああ・・・倒せる敵は倒せるときに徹底的に叩き潰すなんて。流石はお兄様です・・・」
「ダメだわこれ、兄妹ともども頭少しおかしいわこれ。
ねぇ雫、アナタの試合も終わったんでしょ? だったら一緒に教室行きましょうよ。
入学早々、上級生の生徒会役員の不興を買って返り討ちにしてやりましたなんて、ジャパニーズゴクドーっぽくて格好良く思われないかしら? あらやだ、ワタシったら入学早々に有名人?」
「・・・ん、と・・・リーナは試合の前か、ら有名人だとおも、う」
「あら。何故そう思うのかしら? ワタシなにか特別なことした?」
「うん、と・・・私のお尻をたたいて追いかけ、た・・・痛い痛い、お尻痛い、叩かない、で・・・!」
「上官反抗罪は、お尻ペンペンで有罪だー!」
「痛い痛い、お尻がいた、い・・・なんで私のお尻ばっか、り・・・!?」
「摩利・・・私たち、必要だったのかしら・・・?」
「何を言っているんだ真由美。お前はまだ良い方だったぞ?
・・・・・・私なんか完全に空気だったからな・・・・・・」
「・・・・・・(市原リンちゃん)」
「・・・・・・(中条あーちゃん)」
つづく
補足:雫が使った魔法は副会長のと同じ物です。どちらも同じく初級の簡単なもので、発動までの短さが売りなようなので登録されてた設定です。
あと、非殺傷系なので雫には丁度良いかな~と。