北山雫は魔法科高校の劣等生   作:ひきがやもとまち

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久しぶりなのかどうか自分でも分からなくなってましたが更新です。
最近いろいろな面で時間感覚が少しおかしいみたいで……。とりあえず今の自分でも書けそうな話を書いてみた次第です。


39話「魔法科高校の犯罪シンジケートも劣等生?」

 時刻は、九校戦七日目にして新人戦四日目の昼過ぎ頃。

 事故による森崎たちの負傷を知らされたことで、九校戦の会場内にある各校の天幕が置かれたエリアではパニック一歩手前に覆われてしまっていた。

 

 その中で、森崎たちの負傷に責任を感じて元世界最強の一角だった少女がイラ立ち。

 元最強少女のイラ立ちに、劣等生の転生者少女が怯え。

 少女たちの醜態に、事実上世界最強の一角になりつつある史上最高の天才の片割れ少年は溜息を吐きながら拳骨を振り下ろす対処を押しつけられてしまう不幸に見舞われていたからである。

 

 

 ――だが、誰かが損をする時には異なる誰かが得をするのが、資本主義経済というものであり、誰も損をしない状況では誰一人として大成功できる者も誕生できない。

 森崎たちの負傷は不幸であり、第一高校にとっても対戦相手である四校にとってもメリットのないデメリットだけしかない損以外の何物でもない悲劇ではあったものの、悲劇なればこそ得になる者たちが必ず誰かは存在するのが世の摂理というものでもあった。

 「風が吹けば、桶屋が儲かる」そういう風に世の中というものは出来ている。

 

 そんな被害者たちにとっては不条理極まる世の摂理によって、森崎たちの不幸が伝わったことで、久々に安息の眠りを満喫できる心地になった男たちが、ここにいた。

 

 

 

「――首尾はどうだ?」

 

 空中でうねり渦を巻く竜の胴体を金糸で刺繍させた掛け軸を、背後の壁において円卓の席に座す一人の男が、他の同士に向かって確認の言葉を投げかける。

 

「予定通りだ。先ほど協力者から連絡が届いた。

 森崎選手たちは重傷は負っただけで命に別状はなく、大会委員は一高と四校を棄権とするだけで九校戦そのものは続行する方針に決したそうだ」

「やれやれ、一安心だな。これで気持ちよく美酒に酔えるようになったというものだ」

 

 派手な内装の大部屋の中央で、円卓に着いていた他の男たちも『森崎たち負傷』という『吉報』を聞かされて一様に笑顔を浮かべると、悪かった顔色にようやく血色が戻ってくる。

 

「こうなってしまっては、一高もモノリス・コードを棄権するしかない。これで勝負はまだ分からなくすることが出来る」

「モノリス・コードは最もポイントが高い競技だからな。新人戦のポイントは本戦の半分とはいえ、競技そのものから棄権してポイント加算0となれば、流石に影響は小さくなれまいよ」

 

 ハッハッハと、三日ほど前から喉を通らなくなりつつあった美酒美食がようやく満喫できるようになった血色の良い顔色で愉快そうに笑い合い初老から中年にかけての男たちが5人ほど座しているだけの広々とした豪華な内装の部屋。

 

 ・・・・・・そこは今世紀前半に香港資本によって建てられた、横浜・中華街にある横浜グランドホテルの最上階から更に上の階に作られている、一般客には知られていない秘密の最上階だった。

 香港系の犯罪シンジケート『無頭竜』の東日本支部としても機能している場所であり、この場に集まっているのは無頭竜の幹部たちで、九校戦に介入してきた者たちの正体でもある。

 

 彼らは同時に、『今年の九校戦で優勝する魔法科高校はどれか?』というクイズ大会を開催して、正解者には豪華賞品が進呈される今は懐かしトトカルチョの運営まで担っている男たちという側面も持っており、一番人気の第一高校を負けさせてイカサマ賭けクジでの賭け金一人占めを目論んでいる者達でもあったりしていた。

 

 賭け金の金額が法外だからこそ大層な事案になっているが、やってること自体は妙にセコく、森崎たちを負傷させてモノリスコード棄権を促したのもコイツらの差し金による結果だった。

 そんな連中が、自分たちの指示で傷つけさせた森崎たちが無事だった報告を受けて安堵の息を漏らした理由は言うまでもなく、僅かに残った良心の呵責に痛みを感じたから―――ではなく。

 

 単に、参加選手から死者が出てしまって、九校戦が中止されるのを恐れていたから。というだけが理由の全てだったりする。

 

「しかし、大胆な手を使ったものだ。モノリス・コードの一高選手全員を試合開始直前に事故に見せかけて負傷させ、競技そのものから省かせてしまおうというのだからな。協力者を納得させるのも大変だったろうに」

「仕方があるまい? 試合中にCADの誤作動を起こして負傷させたのでは、想定外の事態が生じて被害が大きくなる危険があった。

 それに四校から一高に対する攻撃に偽装すれば、四校に不正行為があったことが既成事実として明白になってしまう。そうなれば大会委員も、被害者である一高からの要望には配慮せざるを得なくなる」

「・・・・・・確かにな。一高から四校の不正行為による負傷を理由として“モノリス・コードのポイントを全体のポイント集計から外せ”などと要求されて採用されてしまえば目も当てられん。

 それらの危険を避けるため、誰の目にも分かりやすく事故に偽装することは必要か」

 

 九校戦にちょっかいを出してきている彼らの目的は、あくまで『一番人気の一高に優勝させずに他校を優勝させて賭け金を独り占めすること』であり、一高への妨害工作として犠牲者を生じさせるほどの犯罪行為をやってしまったせいで九校戦そのものが中止されてしまったのでは元も子もない。

 

 非合法賭博のため賭け金の払い戻しに際して迷惑料の支払いなどは発生しないものの、胴元として賭けを企画したのが彼ら自身であるため必要経費がかかっており損失ゼロにはなりようがない。

 また来年度の参加も期待するとなれば、客に対する言い訳と一緒に見舞金ぐらいは払ってやる必要も出てくるだろう。

 そうなっては自分たちが一方的に損しただけで一銭の儲けも得られず、今回の件を始めたことそのものに意味がなくなってしまう。

 

 そのような滑稽すぎる悲喜劇の主人公になるのを避けるため、彼ら犯罪シンジケート無頭竜の幹部たちは、モノリス・コードの一高参加選手を負傷させる裏工作を仕掛けながらも、一方で自分たちの仕掛けで森崎たちが万が一にも死んでしまわぬよう細心の注意を払って彼らの無事な生還を守らなければならないという、皮肉と言うより些か以上にアホウらしい配慮が必須な面倒くさい立場に立たざるを得なくなってしまっていた。

 

 それが彼らが、自分たちが負傷させた森崎たちの生存を祝福した理由だったのである。

 幸いと言うべきなのかモノリス・コードは、九校戦で最もポイントが多い競技である反面、変則ルール戦を採用していることから、同じ一つの高校だけで上位が占められることが制度上不可能になっている競技でもある。

 最優秀選手が棄権して優勝を逃したが、次点の選手が入賞できた分のポイントだけは得られる――という結果をもたらされないで済む唯一の競技なのだ。

 彼らさえモノリス・コードの競技そのものから排除してしまえれば、一高を完全優勝から大きく遠ざけることが可能になる・・・・・・。

 

 予想を大きく上回る一高の快進撃に焦った彼らが、優勝を阻止するため妨害工作を行う対象にモノリス・コードを選んだのには、そういう事情が関係していた。

 あまりにも事故が多ければ流石の大会委員も不審に思う者が出てくるだろうし、それでなくても安全面を考慮して点検のため今年分は中断の決定が下されてしまう危険性が増すばかり。

 

 少ない回数で、最大の利益を。分捕れている間に分捕れるぶんだけ分捕っておく。

 悪徳商法の原則に則った手法で、彼らは今年の九校戦で“自分たちが儲かれるまでは”大会が中断されぬよう配慮した攻撃だけを実行してやるつもりでいた。そのための手間暇なら惜しむ気はない。

 

 かな~り手前勝手な理屈によるものではあったものの、一応は彼らなりに森崎たちのことを気にかけてやってはいたのだった。

 怪我させたのも自分たちではあるんだけれども、そこは気にしないで自分の利害が関わる部分だけ空涙を流して見せるのがイカサマ賭博で儲けたがる悪徳商人の思考というものでもあるので、どーしようもなし。

 

「まっ、想定外の出費が高くついたのは認めざるをえん所だがな。だが、賭けに勝って得られる利潤から見れば全体の一部に過ぎん額でもある。必要経費として受け入れてやるさ」

「あれだけ配慮してやっても、死ぬ危険があったのも事実ではあったしな。その点では森崎選手たちの頑丈さとしぶとさに助けられた面もある。ゴキブリ並の生命力と賞してやって良いほどだなハッハッハ」

「まさしく、キャリア候補の日本人という生き物は氷河期でも生きていけると評判だからな。今回はその図太さに助けられたというわけだ。素直に感謝してやるとしよう。

 森崎選手たちの生存確定を祝して―――乾杯」

 

『『『『乾杯』』』』

 

 そう言って、カチン♪と近くの席に座っていた同僚同士でグラスをぶつけ合い、笑顔で乾し合う犯罪シンジケートの幹部共。

 言われてる本人が聞いたらブチキレること確実なレベルの会話内容だったのだが―――彼らとしては、それなりに切実な理由があった上での身勝手すぎる計画だったので、本気で生還できるよう配慮したのは事実ではあったのだ。一応はだが。

 

 なにしろ、四校が一高にフライングをして『破城槌』を使って相手選手チーム全員に入院するほどの怪我を負わせて、死者まで出すほどの事態になってしまったら、それは完全に事件であって警察が出張ってくる羽目になるだろう。

 いくら九校戦と言えども、刑事事件ともなれば犯罪捜査は魔法競技よりも優先されざるを得ない。そうなれば大会委員が何を言っても大会続行は難しいだろうし、客たちも手を引く恐れがある。

 

 客たちにバレず、大会委員にもバレず、選手たちにも観客にもバレないよう、事故の範疇に被害をとどめて警察が出てくる危険性からも守り抜く。

 

 意外に手間暇かけて、色々なことに配慮しながら慎重に進められていたのが彼ら無頭竜による九校戦への介入計画ではあったのである。

 もっとも、自分たちが出来レースな違法スポーツクジみたいなイベントで儲けようなどと考えなければ済んでいた話でもあったので、一人音頭で勝手に踊り狂って勝手に自分たちが配慮しまくってるだけと言えばだけなのだけれども。

 

「・・・・・・だが、新人戦モノリス・コードからは完全に一高を排除できたとはいえ、それで本当に補填できる程度の点数になりえるのか? 既に他校との点数差は絶望的に近い数字だというのに・・・」

 

 しかし全員が全員、気持ちよく不安から解放されて酔えると言うほど、彼らを取り巻く現実は甘い状況ではなくなってきていたらしい。

 一人がポツリと呟いた途端、他のメンバーが浮かべていた笑みが一斉に強ばり、弱気を振り払うための強気な演技も混じっていた彼らの本心を露骨に顔を出させてしまい、場は一致に消沈して暗い空気に包まれる。

 

「今年の一高の戦績は異常だ・・・。現段階の得点一位は第一高校で、二位は第三高校。これだけなら例年通りだが、新人戦だけで見た点数差は既に50ポイント以上の差が出ている。

 それにまだ結果は出ていないがミラージ・バットの点数次第では、今更モノリス・コードで棄権扱いになり0ポイントだったところで、このまま逃げ切られて優勝してしまう危険性が高すぎるのではないか・・・?」

「・・・そうだな。しかも明後日からの本戦で残っている競技には、モノリス・コードとミラージバットだけしかない。

 しかも一高のモノリス・コードには十文字選手が出ることになっている。彼がいるチームである以上は、誰と組んでもトーナメントを取りこぼす可能性は極めて低い。

 だからと言って、氏族会議代表一族である十文字家の次期後継者に何かあったとなれば、十氏族が出てくるのは避けられまい。

 渡辺選手を先に負傷で棄権に追いやっているミラージ・バットばかりに、そう何度も怪我人や事故を生じさせたのでは不自然すぎる。怪しむ者も出てくる恐れが・・・」

 

 一時の成功による興奮が冷め、過酷な現実を思い出してきたことによって空元気さえ湧き出す気力すら根こそぎ奪われてしまっていく犯罪シンジケート幹部の面々たち。

 

 口に出して並べ始めてみれば、八方塞がりとしか言いようのない状況だった。

 序盤から快進撃を続けまくってきた一高の異常な戦績が、ここに来て彼らに重くのしかかり過ぎる結果を招いてしまっていたのである。

 

 なにしろスピード・シューティングに始まって、アイス・ピラーズ・ブレイクでもバトル・ボードでも一高の女子選手たちが上位独占という快挙を連発しまくっているのである。

 その結果が、男子選手陣に与えるプレッシャーまでもを増大させて、失敗による被害を膨大なものにしていたが、それでも女子選手だけで得られた成果は失態を補って余りあるほどのものがある。

 

 現在の時刻は午後7時前、ミラージ・バット新人戦決勝が始まるまで少しだけ間がある時間帯だが、もしミラージ・バットの女子陣までもが上位独占などという惨状をもたらされたら、モノリス・コードだけ完全棄権に追い込んで0ポイントになるよう徹底しても焼け石に水にしかなりようがないのではないか・・・・・・?

 

 

 ――バカがもたらす変化に対処できるよう、一般基準では劣等生の天才技術者少年が苦心した人事配置が、巡り巡って九校戦を出来レース賭博で儲けるのに利用しようとした犯罪組織幹部たちを追い詰めまくる事態を招く結果になってしまっていたのは、一体どんな皮肉な運命か、あるいは本当に彼らが悲喜劇の主役を演じるため生まれてきてしまってた宿命にあった故なのか。

 それらは分からないし、分かったところで特に誰からも同情してもらえそうな真相ではなかったけれども、とにかく彼らは追い詰められていた。それは事実。

 

 自分たちの努力だけでは覆しようのない『九校戦で一高以外の敗北』という避けられぬ結果を目前にして、心理的な余裕が完全に失われつつあった彼らが『最終的な問題“解消”の手段』として、今の状況を取り巻く全てをぶち壊しにする選択肢を今の時点で選びそうになってしまっていた――――まさに、その時。

 

「心配ない」

 

 強がりの仮面が剥がれて、押さえ込んでいた不安が止めどなく溢れ出てきて抑えが効かなくなってきたと当人たちでさえ思っていたところに、落ち着き払った声がかかった。

 円卓の中で議長格の位置に座している、丸っこい顔立ちと小太りの体型をした、目だけが鋭く酷薄そうな光を放っている音が断定口調で短く宣言する。

 

 ダグラス=黄、というのが彼の姓名だった。

 

 黄は不敵な笑みを浮かべると、不安そうにしている同士たちを安心させるため、“協力者に追加指令を出したときに聞かされた吉報”を皆の前で披露する。

 

「私とて無論、現在の点数差は把握している。今のまま進めば、確かにモノリス・コードを棄権させただけでは一高以外が優勝できる可能性はないと、今の時点で判断していただろう。

 正直、こうなっては最早手段を選んでいる場合ではないと判断して、大会自体を中止させるため『ジェネレーター』の起動を提案するつもりでいた程だったが・・・・・・状況が変わった。

 我々が諦めるにはまだ早い。先程の連絡をもらった際、協力者から思わぬ吉報を得られたのでな。

 そのまま彼に明後日からの本戦ミラージ・バットの途中で、一高選手二人に棄権してもらえるよう細工する依頼を、実は既におこなっていた後だったのだ。先に語ったのは、その費用も混みでの話だ」

 

 その発言に他の幹部たちは驚きを露わにした。

 たしかに本戦のポイントは新人戦の倍であり、それを妨害して選手を棄権に追い込めるなら、その成果が新人戦モノリス・コードの『一高棄権0ポイント』という結果と合わされば自分たちが勝利者に賭けたギャンブル勝者になれる可能性は現実味を帯びたものへと一変する。

 

 ・・・・・・だが、果たしてそんなことが可能なのか?

 

 ミラージ・バットは九校戦中、華やかさにおいて最も人気のある競技であると言うだけでなく、試合時間中はずっと空中を飛行する魔法を発動し続けなければならず、選手にかかる負担はスタミナ面だけで比べるなら男子競技のモノリス・コードにすら匹敵する過酷な競技という側面がある。

 

 また魔法師にとって、自らの魔法の失敗による『魔法への不信』は二度と魔法が使えなくなる恐れすらある最も危険で最も身近な脅威の一つだ。

 それが、『空中を移動している最中に落下する』という状況に直結してしまうミラージ・バットでは、最も警戒せざるを得ない条件でもある。

 

 当然ながら各校共に、出場選手たちには術式の制御に失敗して貴重な人材を失うリスクをことのほか懸念するし、そんなミスを犯す初心者を大量に起用するなどあり得ない。

 

 良くて一人。二人も魔法失敗による事故が出てしまえば疑われることは確実だ。

 最悪の場合その手もありえると考えてはいるものの、それで勝利者になれるか?と聞かれれば絶対の確信を持って保証するのは無理だと思ってもいる。

 あくまで、『最終手段としてならあり得る』という手段であって、その方法そのものが一か八かの賭けなのである。

 

 技術的には可能な手でも、現実的に実現できないのでは不可能なのと同じことだ。

 その手を使うことを既に指示してしまったと宣いながら、にも関わらず勝利を確信できるとは・・・・・・一体どんな情報を得た故での決断だったのか?

 

 黄以外の幹部たちの顔に、驚愕と不審と――縋るような『欲望』が露骨に浮かび上がる。

 誰だって勝ちたいのだ。儲けたいのだ。負けたくないのである。

 リスク少なく、その願いが叶う道があると言われたら、それを選びたくなるのが人の飽くなき欲望というものでもあるだろう。

 

 ・・・・・・まぁ、その思考の結果としてギャンブルで持ち崩す人が多いのも人間の欲望なんだけれども。

 賭け事で負けが込みはじめてる時に、上手い話を持ちかけられて拒絶できる人って、あんまいないから仕方のないことなのかもしれなかったが・・・・・・。

 

「先程の連絡の中で協力者から面白い話が大会委員に届いていると聞かされてな。

 一高の本戦ミラージバットで負傷した渡辺選手の代理として、誰が出場するかは聞いているか?」

「渡辺選手の代理出場? ・・・いや、彼女以外の誰かから選ばれるのだろうとしか考えていなかったからな」

「だいいち誰が選ばれようと、渡辺選手より格下のミラージ・バットの出場選手にすら選ばれなかった一科生なら大差あるまい?」

「それが・・・・・・なんと一年生をコンバートして本戦に出場するよう調整していたらしいのだ」

『なんだと!? 本当かそれは!?』

 

 話を聞いて慌てて端末を操作して情報を調べに行く黄以外の幹部たち。

 やがて事実であったことが分かった後、先程までの不安が嘘のように満面の笑みを浮かべ治しながら席へと戻ってきた男たちは、黄の余裕と確信の理由とを理解して心から賛同する側に回る。

 

 “あの一高”が、そんな愚かな選択などするはずがないと決め付けによって確認作業を怠っていたが、それが裏目に出たようだった。

 まさか一年生をミラージ・バットに渡辺選手の代理として出場させるなどという愚劣な判断を一高が犯してくれるとは願ってもない行幸だった。

 更には調べて分かった代理選手の個人データが、彼らの機嫌をより良いものへと上昇させる。

 

「・・・調べさせてもらった。確かに一高から本戦ミラージ・バットの出場選手として渡辺選手の代わりに『司波深雪』という一年生が参加する配置に代わっていたようだな。

 それにしても―――クックック。一高も上級生女子の方は、人材不足と見えるな。

 まさか一年を本戦にコンバートさせるとは、正気の沙汰とは思えん愚行だ」

「全くだ。しかも、この司波という選手。アイス・ピラーズ・ブレイクの戦績を見る限りでは、サイオン保有量はズバ抜けているが、感情的になりすぎるきらいがあるようだな。全く冷静な試合運びができていない」

「相手選手の安っぽい挑発に乗って、同じ一高の選手同士で、ここまでの試合をただの競技大会で見せてしまう程なのだからな。所詮、才能はあっても子供は子供」

 

 本人を見てないし会ったこともないからこその悪口を口々に言い合い続ける無頭竜メンバーの面々。

 本人がこの場に居合わせたら地獄絵図間違いなしな状況だったが、いないのであれば好きに言いまくれるのが陰口というものなので、男たちの悪口には際限というものがない。

 

 なまじ不安だったところで一気に飛躍できる吉報を得られたと思い込んでいるから余計に口の悪さが加速してしまう心理になってたからこその部分もある行為だったけれども・・・・・・本人がなにかの拍子で耳にしてしまった場合に、配慮してくれるかどうかは本人次第に委ねる他なし。

 

「しかも運の良いことに、彼女の参加する試合順は1試合目と3試合目だ。

 一年生が本戦に出場できる栄誉を授かった喜びと意気込みで勝ったとしても、2試合目で自分より年齢でも経験でも実績まで上回っている上級生が魔法制御に失敗して落下し、魔法の失敗による恐怖というものを初めて目の当たりにした直後に、自分の出番が回ってくることになるのだ。

 この状況では、才能は溢れんばかりでも、精神や技術は未熟極まりない一年からコンバートされた新人選手が魔法制御を誤って先達の後を追ったとしても、誰も不思議には思わんだろう?」

「まさしく、だな。天の差配と呼ぶしかあるまい。

 おそらく、三校の《エクレール・アイリ》を意識しての起用だったのだろうが・・・・・・一色選手は天才だ。彼女のような天才が、そう何人も同じ年の一年から出るなら日本政府も魔法師育成で苦労してはおるまいよ」

「夢よもう一度という訳か。愚かなことだ。現実はそう上手くはいかないのだということを、痛みを伴う教訓として子供に教えてやるのは、われわれ大人の義務でもある。遠慮はいらんだろう」

 

『『『はっはっはっは♪』』』

 

 

 自分たち以外には誰もいない、知る者すら少ない秘密の密室に、犯罪シンジケート幹部の男たちが上げる笑い声が木霊する。

 

 話し合いが始まった時には芳しくない顔色で、森崎たちの生還を聞かされ顔色を回復し、強がりの笑みを浮かべた後に空元気を出す意欲もなくなり、今新たに最新版として『勝利の笑み』へと変わった表情を浮かべる彼らの指示によって、既に新人戦4日目の現時点から明後日の本戦4日目で九校戦全体では9日目の予定スケジュールまで決めてしまって、変更できなくなってしまう危険性は考慮しないで安心しきっている彼らの笑顔には、もはや強がっている虚仮威しの要素はどこにもなく。

 

 他校の勝利と一高の敗北による、自分たちの成功と真の勝利を確信する自信で溢れていた。

 ・・・・・・もっとも、『自分たちは必ず勝てる』と『自分たち自身が信じるだけ』なら何の意味も客観的根拠にもなりえるものではなかったのだけれども。

 こういう時の人間に、その手の話をしたところで以下同文。・・・・・・と言うしかないのが古代より繰り返されてきた人の歴史というものなのかもしれない。

 

 

 

 そう。

 たとえば、そんな過ちを犯していた人物が、ここにも一人いたのと同じように――

 

 

 

「・・・・・・それで? 雫。エリカたちに今回の一件について、どのような説明をしたのか一元一句過たずに詳しく説明してもらおう」

「あ、あう、あ、う・・・え、えと、そのえー、と・・・・・・私はた、だ達也さんに言われたとおり、に・・・・・・(えぐっ、えぐっ・・・)

「そうか。それは済まなかったな。俺の早とちりだったようだ。

 たしかに幾らお前でも、説明しに行く途中で屋台を見つけて寄り道している間に迷子になり、心配したエリカたちに探しに来てもらった理由説明を、“バレないと思ったから”黙っていた。・・・・・・などという愚かな選択をすることはありえないことだものな。

 ―――で? そうでなかったなら、説明は?」

「ひぅッ!? あああ、ああう・・・あう、あ、う・・・あうぅ、ぅぅ・・・・・・(びくびく、オドオド土下座のポーズ)」

 

 

 

 ・・・・・・規模は桁違いだが、やっていることの内容的には同じようなレベルで、九校戦の外と中とで陰謀は進められていた――らしい。

 

 

 

つづく


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