北山雫は魔法科高校の劣等生   作:ひきがやもとまち

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昨日の夜に出してた分に、続きを付け足して1話として完成させた正規版です。
既に出してた分はそのままに、続きの話を繋げただけですので、読み終えてしまってた方には二度手間になってしまうかもしれず申し訳ありません。

例によって例の如く、飛ばしても内容自体に問題はありません。
ただ、雫の出番は増やしておきました。主人公です故に(重要事項)


38話「北山雫は魔法科高校の事故でも劣等生」(正規バージョン)

 大会7日目であり、新人戦としては4日目。

 今日は、九校戦のメイン競技である《モノリス・コード》と、九校戦随一の華やかさを誇る《ミラージ・バット》という二大魔法競技がおこなわれる日である。

 

 ミラージ・バットの方は、カラフルなユニタードに、ひらひらのミニスカートを取り付けて、袖なしジャケットかベストをまとって行われる女子のみを対象とする魔法競技で、コスプレ大会ともファッションショーとも呼べなくもない女子ピラーズ・ブレイクとは一味違った華やかさを持っている。

 

 ・・・・・・もっとも、リーナの活躍によってと言っていいのか、せいでと言うべきなのか、来年以降はどうなるかまでは微妙な気もするが・・・・・・今はとりあえず置いておく。

 

 一方のモノリス・コードは、一つのチームが四試合を行って、勝利数が多い4チームが決勝トーナメントに進出できるという変則リーグ戦を採用している。

 また、直接戦闘が想定される唯一の種目でもあることから、ミラージ・バットとは逆に男子選手のみが参加できる競技と定められている。

 

 要するに、女子選手陣だけを担当する俺や雫にとっては、最も関係のない競技なのがモノリス・コードという訳だ。

 折しも第二試合まで終わった段階で、ほのかと里美スバルという少年めいた容姿をもった二人の女子選手たちが揃って予選を勝ち抜いて勝利を収め。

 本来は参加予定だった深雪も、バトル・ボードの事故で負傷した(公式見解でそういうことになった)渡辺先輩に代わって新人戦から急きょコンバートされた本戦は明後日におこなわれる。

 

 その結果、大会の順位そのものは総合計ポイント数で決められるため完全に無関係ではないものの、少なくとも俺が男子のみ参加のモノリス・コードを見学して明日以降の競技に活かせる当てはなく、それぐらいなら午後7時から行われる決勝戦に備えて神経を休めておいた方がマシだろう。

 

 そう考えた俺はホテルの自室に戻り、ベッドに横たわって目を瞑ると、意馬心猿に意識を委ねる。

 

(・・・・・・三年前に勃発した新ソ連の佐渡侵攻に対して、若干13歳で義勇として防衛戦に参加して、数多くの敵兵を葬った実戦経験済みの魔法師。一条将輝。

 魔法式の原理論方面の研究者なら、知らぬ者はいないと言われるほど注目されている英才。吉祥寺真紅朗・・・・・・か)

 

 肉体的に疲れていたわけではないため、無理に眠ろうとせず適当な思考でリラックスしていたところ、そのテーマとして“彼ら”について考えてしまったのは特に理由はない。

 単に時計を見たら、もうすぐ一高男子にとってモノリス・コードの2試合目が始まるだけが理由だったが・・・・・・印象深い奴らだったからな・・・。

 良くも悪くも、先頃の出会い方が影響していなかった人選とは自分でも言い切れん・・・。

 

(人格面は置いておくとしても、あの二人が魔法科高校の一生徒として同じ学校の同じ学年に在籍しているというのは、相手チームの者からすれば反則級の偶然だろう。

 森崎たちも気の毒なことだが、桐原先輩よりはクジ運的にはマシとも言える。頑張ってもらいたいものだな)

 

 完全に他人事でしかない立場故に、俺はクラブ勧誘での一件から比較的親しくなっていた先輩の男子生徒のことを思い出しつつ、気楽に割り切る。

 

 先に本戦で敗北している桐原先輩は、優勝候補の三校エースと当たって惜敗しており、その際には二回戦目の出来事だったため決勝戦に駒を進めることは、その時点で不可能となっていた。

 彼と比べれば、森崎たちが《クリムゾン・プリンス》たちと当たるのは三試合目。

 またモノリス・コードは変則リーグ戦を採用しているため、敗北=決勝戦進出不可能につながると決まっているわけでもない。そう考えれば大分マシな条件下で戦うことが可能になった恵まれたポジションに彼らはあると言えないこともない。

 

 ――もっとも、だからと言って個人戦闘能力で《一条のプリンス》と力の差が縮まるというものでないのも事実だったが。

 

(救いがあるとすれば、一条家の切り札である『爆裂』は殺傷性Aランクの魔法で、完全にレギュレーションに引っかかるということと、ここまでで最下位の四校が二試合目の相手で取りこぼす恐れはほとんどない・・・・・・この二点ぐらいか)

 

 戦力分析と言うほどの精度はないが、俺は眠気を感じ始めてきた頭の中で相手校と自陣営の戦力とを大まかに見比べて、そういう結論を出すことになる。

 四校は、九校戦がはじまる少し前に俺が指導室へと呼び出されて形式的ながらも転校を勧められた学校だ。

 戦闘向きの魔法より技術的に意義の高い魔法を重視する教育方針を採用している場所なのだと、あの後になってから説明を聞かされている。

 

 無論、技術系重視の学校に通っているからと言って戦闘系の魔法競技に弱いと決まっているわけではないが、現実に最下位という順位になっている現在があるのだから普通に弱いのだろう。

 仮にも三連覇がかかっている第一高校から選手に選ばれて出場している者たちなら、余程のヘマを犯さない限りは消耗することはあっても勝利が揺らぐ可能性はほぼあるまい。

 

「・・・そう言えば、あの件で航くんには手間をかけさせてしまっていたな。わざわざ従兄が通っている四校の情報まで聞いてきてくれたそうだし・・・・・・大会の帰りに、なにか土産物でも買っていってやるとするか――」

 

 雫の弟で、姉に似ず聡明で頭脳面で将来が期待できる、よく出来た賢弟を思い出しつつ、なぜ彼が姉のことを慕っているのか理由が理解できなかった出会いの日のことまで記憶が戻り。

 

 完全に思考が横へとズレてきてしまったことを自覚した俺は、無駄で無意味な抵抗などすることなく、素直に眠気へ体と意識を委ねて眠りに落ち、一時の平穏に心を委ねる。

 

 寝覚めた後、あの恐るべき事件の渦中に巻き込まれる未来を、この時はまだ知るよしもないままに――――

 

 

 

 

 

 

「・・・深雪。いったい何があったんだ・・・?」

「いえあの、その・・・・・・お兄様、えっとぉ・・・・・・」

 

 昼寝を終えて競技エリア内にある第一高校の天幕に入ってきた俺は、明らかに何かが起きたとおぼしき動揺に包まれている皆を見やりながら、駆け寄ってきてくれた深雪に質問してみたが、いまいち分かりにくい反応しか返ってくることはなかった。

 

 各校の天幕が置かれた一帯が動揺に包まれており、パニック一歩手前の空気がエリア全体を覆っている。

 その動揺とパニックの元を生み出しているのは第一高校の天幕であり、当の天幕内に集まっているスタッフたちでさえ、「状況はどうだ・・・!?」「分からん、先ほどから問い合わせているのだが・・・っ」といった声が幾つかの場所から漏れ聞こえてくるほど混乱状態に陥っていた。

 

 

 ――だが、それは別にいい。

 

 いや、良くはなかろうが今すぐ実害があるという類いの問題でもなさそうなので、とりあえずは良いとしておける。直近に差し迫った問題がない限りは、些事と割り切ることすら可能だろう。

 

 何かが確実に起き、それは思った以上に深刻な事態かもしれないと感じさせてくる雰囲気に包まれている第一高校の天幕の中。

 今、俺が最も気にしなければならない問題であり、解決せざるをえない課題があるとするなら、それは――

 

 

 

「・・・・・・・・・ッ!!!(イライライラ、とんとんとん、ファックファックファックッ!!)」

 

「ひぅッ!? こ、怖、こ、わ・・・っ! あう、あ、うぅ、ぅ・・・(ガクガクぶるぶる、ビク、ンビクン)」

 

 

 

 ・・・・・・天幕の中央の席に座って、不機嫌さを隠そうともせず怒りと負のオーラを発散しまくって人差し指で机を高速で叩き続けているリーナと。

 そんなリーナに怯え切って怒気だけで腰を抜かし、彼女の近くで動けなくなっているらしき小動物のような幼馴染みの醜態をどう処理するかという難題から片付けるより他なかったのだから・・・・・・。

 

 明らかに周囲の先輩や同級生らのスタッフたちも、彼女の気配に恐れおののいてしまって、声を上げることすら躊躇っているようにしか見えることが出来ず。

 

「お、おい。状況はどうなっているんだ? 早く運営委員会に問い合わせろよ・・・」

「い、いや、先ほどから問い合わせているのだが、未だ反応がないから仕方なくだな・・・」

 

 と、先ほどから同じような内容のやり取りを延々と繰り返し続けて、「緊急事態に対処中だから自分たちには話しかけずに巻き込むな」と遠回しにアピールしたがっているらしき先輩方の姿には、憤りを通り越して諦観めいたものさえ感じさせられつつある程である。

 

 その先輩方が、俺の方へと何度も振り返るたびに「チラッ、チラッ」と視線を向けてくるのが視界に移るたびに吐息したい心地に誘われてしまう。

 

 その態度は抑制を保とうとはしていたものの、彼らの目は見間違えようもなく「お前いけ」という後輩に押しつける意思にあふれており、もはや怒りすら燃えてくる要素が見つけられん・・・。

 

 天幕の外では、第一高校を中心とする混乱でパニック寸前に陥っている中、第一高校の天幕の中では不機嫌の極にある少女の怒りに巻き込まれるのを恐れて、帯電したかのように静まりかえっているとは・・・・・・本当にいったい何があったんだ? この状況が発生した理由は本当に・・・・・・。

 

「・・・事故かなにかでもあったのか? たとえばリーナがなにかでミスをしたとか」

「はい、あの・・・事故と言いますか・・・・・・いえリーナは関係ない、と先程から言っているのですけど、本人がそのえっと・・・・・・」

「そうですよ、クジョウさん」

 

 そして、戸惑う深雪を背後において二人の間に割り込んでいったのは七草真由美会長だった。

 

「単なる事故とは考えにくい、それは確かですけど、決めつけてはダメ。

 疑心暗鬼は口にする程ますます膨れ上がって、それがいつの間にか一人歩きしてしまうようになるものです。

 また、過剰に自分の責任を感じすぎるのもいけません。“自分がナニカ言ったせいで”といった言葉を口にしていると、本当にそうなれたような気がしてしまって、不安感を膨れ上がらせ、結局は同じになってしまうのですから」

 

 そして上級生らしい正論で優しくたしなめ始める会長。

 こういうことを考えては失礼に当たると分かってはいるのだが、随分と上級生らしく正しい正論を口にするのを聞かされて、「生徒会長は伊達ではなかったのか・・・」と考えさせられてしまう。

 

 そんな俺の内心まで洞察したわけではないのだろうが、会長は「ジロリ」と俺の方に睨むような視線を向けてきて、そして

 

「この件については、達也くんに少し相談したいことがあるのです。

 チョッとだけ一緒に来てほし――」

 

 

「・・・・・・アアアもう! やっぱダメだわ! なんかムカつく!

 別にアタシのせいじゃないって分かってるけど! 別にアタシが焚き付けたからモリモトたちがあーなったなんて事ありえないぐらい承知の上だけど!!

 それでも、こーゆー結果見せられると、なんかムカつくのよ!なんか!!

 あーもう、シズク! ちょっとアタシの膝に乗ってお尻出しなさい!

 悪いことあったから罰としてシズクのお尻をペンペンよッ!!」

 

「だからなん、で・・・!? 私なにも関係な、い・・・! リーナが勝手、に怒ってるだけだ、し、だいた、いモリモトってだ、れ・・・・・・っ!?」

 

「うるさい! いいからシズクは私の上に寝る! お尻を出す! そして叩かれる!!

 とりあえず、そうしていればいいのよ!! なんかそーいうことにしとけばいいの!!

 アタシがイライラで暴走したりとかしないで済むために必要だからペンペ~ン!!」

 

「だか、ら理不、尽・・・・・・ひピィっ!?」

 

 

 ペチーン! ペチーン! ペチーン!!・・・・・・と。

 今日も今日とて第一高校の天幕内で発生してしまった、二人の見た目はいい少女たちによる公開恥態・・・・・・。

 

 もともと心を消されて、流石に慣れてもきていた俺と違い、周囲の男子選手陣たち数名が赤い顔をしてソワソワし始め、女子選手たちも何割かが妙な目つきで二人の姿を盗み見るようになってしまってきたため・・・・・・いい加減、止めに入った方がいい頃合いかと俺も腹をくくらざるを得なくなるしかない。

 

 

「えっと・・・・・・ちょっと達也くんに相談したいことがあったんだけど・・・。

 とりあえずアレ、止めてきてもらえる?」

 

「・・・・・・分かりました、会長。義務として果たしに行くことにします」

 

 

 

 そして結局、何かあったことだけは明らかな状況の中、何があったかの具体的な説明を受けるためにも、まず二人の問題児生徒たちを大人しくさせてからでなければ満足に話も進められない自分の日常に激しい頭痛を感じさせられつつ。

 

 俺はゆっくりと二人に向かって歩を進めていく・・・・・・。

 

 ただ一人を除いて誰からも期待されていなかった時分ならいざ知らず、今の俺には「分解」で解体できない人間関係が多くなりすぎていることを感じさせられながら。

 

 得られたものも膨大だが、その代償として多大な精神的負担を背負わなければならなくなったことは、果たしてプラスであったかマイナスだったのか今となっては分かりようもないままに。

 

 とりあえず、この手の作業は義務と思って機械的に了承し、機械的に処理してしまわなければやってられない事実のみを胸に秘め―――ひとまず俺は今日も、拳を振りかぶる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――それで、森崎たちモノリス・コード参加選手たちの怪我は、どの程度のものなのですか?」

「・・・・・・今のを流しちゃうんだ・・・私から言えたことじゃないとは思うけど、流石は達也くんよね。そういうところは本当に・・・」

 

 鉄面皮で可愛げのない優秀すぎる後輩から改めて質問されてしまった私、七草真由美は思わず溜息を吐いてしまいそうになる本心を押さえつけて、全力で苦笑するぐらいに留めるよう努力してみる。

 

 私たちの元へ戻ってきた達也くんの背後には、二人の女の子たちが文字通り静かになっちゃっていて。

 

 

「・・・シ、・・・シバ・・・・・・タツ・・・ヤ・・・・・・がくり・・・(ぴく、ぴく・・・)」

「あわ、あわわ、わ、わ・・・・・・(ガクガク、びくびく、ビクンビクン・・・)」

 

 

 その内の一人である雫ちゃんの方は、完全に怯え切っちゃって何も言えない状態になっちゃってるし・・・。

 もう一人のリーナさんは床の上に倒れ伏しながら、ダイイングメッセージっぽいことを口で言っちゃってるし・・・・・・なんでこう、今年の新入生の子たちは「やりにくい」と言うか、癖の強すぎる子たちばかりが集まってるのかしらね・・・? 分からないわ。

 

 自分が頼んだ仕事をやってくれただけなんだし、こういうことを考えちゃうのは多分っていうか確実に失礼になっちゃうんだろうけど・・・・・・。

 “達也くんらしい言い分だなぁ”って思っちゃうのよね、こういう時って何となく。

 なにがどう「達也くん“らしい”」のかは、自分でもよく分かんないんだけれども。

 

「・・・・・・何でしょうか?」

「いえ、先程の会話だけで森崎くんたちが怪我をしたのは分かっちゃうのね、と思っていただけよ?」

「・・・・・・・・・そうですか」

 

 あまり変わらない表情の中で、目だけが少しだけ伺うような色を表した――ようにも見えなくはない達也くんからの再質問に、私は素顔に疲れたような表情の仮面をかぶって、今度は嘘偽りなく溜息を吐いてみせることで演技に信憑性を付与しちゃう。

 

 達也くんって、的確すぎる洞察を示すこと多いから、ときどき油断できないときあるのよね・・・。

 まぁ、私も年齢通りの人生経験送ってきた普通の女の子じゃないから合わせることは出来ないことはないんだけど、正直やりづらいとは思うわ本当に。

 

 まっ、それはそれとして。

 気を落ち着かせて、状況を過不足なく説明するための準備時間も終えたところで。

 

「重傷よ。市街地フィールドの試合だったんだけど、廃ビルの中で『破城槌』を受けて瓦礫の下敷きになっちゃったのよ。

 いくら軍用の防護服を着けていたといっても、分厚いコンクリートの塊が落ちてきたんじゃ気休めにしかならないわ。

 それでもヘルメットと、立会人が咄嗟に加重軽減の魔法を発動してくれたおかげで大事には至らなかったのは不幸中の幸いではあったんでしょうけど・・・・・・三人とも魔法治療を施してさえ全治二週間の大怪我を負わされて、三日間はベッドの上で絶対安静の重傷ね」

「・・・・・・想像していた以上に酷い被害だったようですね」

「ええ。私なんか不謹慎だけど、治療を見てて気持ち悪くなっちゃったぐらい」

 

 茶目っ気を交えた言い方で言ってはみたけれど、やっぱり生徒会長として生徒の中に生じた怪我人に対して、これは問題発言と受け取られちゃってもおかしくない言葉だったらしい。

 達也くんの顔には、明らかに「そう感じさせられた」という感情が浮かんでいて、それを言わないで流してくれるのは彼なりに私の気持ちを慮ってくれてるのか、私から信頼されてることを理解してくれてるのか・・・・・・どちらにしても、ありがたい話なのは間違いない。

 

 他の選手やスタッフたちまで動揺している状況下だと、皆のトップである会長の私まで動揺を示せば誰もストッパーがいなくなってしまってパニックが伝染してしまうのは避けようがない。

 

 だから生徒会長たる者、こういう時には教条的なぐらいに規則遵守で、形式論とかのルール尊重という態度を示さざるを得ない。

 ・・・・・・ただ、逆に言っちゃうと私自身は内心で動揺しても、なかなか表に出し辛くなっちゃってて、今回の場合みたいに第一報から皆が先に混乱し始めちゃうと不安そうにしている余裕すら与えてもらえない。

 

 だから、こういう「弱さ」を見せちゃっても、立場に配慮した言動として考えて対応してくれる達也くんみたいな人は率直に言ってありがたいのよね。

 私の立場的には、今の段階で「事件」と判断しているとは言いたくない。

 たぶん十中八九「事故じゃない」とは思っているんだけど、事故調査を担当してる運営委員より先に言えるわけもない。

 

 それに多分、「事故じゃなかった」としても犯人は他校の生徒たちじゃない・・・・・・だけど、そう思える「根拠となる情報」を人前で言える相手は限られてもいる。

 

 それを言える数少ない一人である達也くんは、私の説明を聞いて一度は顔をしかめた後、不思議そうに首をかしげながら尤もな確認のつぶやきを漏らしてくれる。

 

「しかし、状況がよく分かりませんね。三人が同じビルの中に固まっていたんですか?」

「試合開始直後に奇襲を受けたのよ! 開始の合図前に索敵を始めてなきゃ無理なタイミングでね!

 『破城槌』まで使ったのが同じ魔法師かは分からないけど、四校がフライングしてたことは間違いないわ!!」

 

 達也くんの疑問に答えようとした私を遮るようにして、横から割って入って真っ赤な顔をしながら『四校の不正行為』を強く訴えてくる女子生徒がいた。

 急なことで驚かされたけど、相手の顔―――『滝川和美』さんを認識したことで逆に納得して落ち着きを取り戻す。

 

 彼女は1年C組所属の女子生徒で、森崎くんと同じ一科生でもある女の子だ(もっとも九校戦メンバーに達也くんと雫ちゃん以外は一科生しかいないけど)

 普段はあまり森崎くんと仲良くはない――と言うより、親しくないって言った方が正しい関係に見えてた女の子なんだけど・・・・・・『目の前で知り合いが倒れる光景』を目にしたときに黙って見過ごせるタイプじゃないことは、九校戦の選手に選ばれてから過ごす時間の中で理解できていた。

 

 そんな彼女にとって、今回のことで同じ学校の生徒たちが大怪我を負わされたことは感情的になるのに十分すぎる事案だったんでしょうね・・・完全に冷静さを失ってるわ・・・。

 止めた方が良いのは分かっているのだけれど、こういう場合にどう言えば相手を落ち着かせられるか・・・・・・難しい問題よね。

 

 ―――そう私が思っていたところで。

 

「なるほど。それなら今回の件は、四校の仕業“ではない”事だけは可能性が高いと言うことか」

「な、なんでそうなるのよ司波君!? だってアイツらと試合中に『破城槌』が・・・っ! 森崎たちが・・・・・・ッ!?」

「屋内に人がいる状態で使用した場合、『破城槌』は殺傷姓Aランクに格上げされる。バトル・ボードの危険走行どころじゃない、明確なレギュレーション違反に当たる行為だ。

 そんな魔法を四校が使ってくるとは思えない」

「そんな形式論や綺麗事が通用する状況とでも思ってるの!? アイツらは怪我人だって出してるのよ!!」

 

 達也くんから落ち着いた口調で語られた内容に、滝川さんは激高する度を増すけれど・・・・・・なるほど、と私は彼の説明に納得していた。

 横で聞いてた立ち位置に代わってたおかげで感情に流されることなく、達也くんが言いたがってることに気づけたからだ。

 

「そういうことではないよ、滝川。

 これが事故であれ故意の奇襲だろうとも、四校との試合中に一高だけが『破城槌』で負傷させられリタイアせざるを得なくなった以上、対戦相手の四校だけを不戦勝ということにする訳にはいかないだろう?」

「あ・・・・・・」

「まず間違いなく、自分たちに容疑がかかる立場なのは分かり切っているのだから、自分たちも棄権は確実だ。

 被害の規模で考えれば、今回の大会に限り退場ということさえ無いとは言い切れない。それでは『格上に勝つための手段』としての反則行為という目的とは相反してしまう。

 試合開始直後というタイミングに仕掛けるのも、フライングしていたことを自分から自白しているようなものでもある。

 仮に四校が、勝つために反則行為で一高選手の森崎たちを害するとしても、もう少しはバレないように工夫するぐらいはするさ。

 むしろ一高と四校“以外の魔法科高校すべて”の方が、犯人としてはメリットがある程に」

 

 相手を落ち着かせるためか、達也くんに優しくたしなめられて赤面させられ、反省を口にする滝川さん。

 そうなのよね・・・・・・犯罪行為が行われたときっていうのは、必ず犯人側にメリットがなくちゃおかしいし、その点で今回のが仮に事件で、四校が犯人だったと仮定すると完全に利害損得が破綻しちゃって本末転倒になってしまう。

 それすら分からなくなる程、慌てまくっちゃって冷静な計算さえ出来なくなってたとか理由付けしようにも――『九校戦の順位を上げたくて』だと動機がなぁー・・・。

 

 と言って、魔法の効果範囲とか、発動可能な射程距離とかの条件による縛りもたしかにあるのも事実だし・・・・・・う~ん、やっぱり分からないわ今回の一件・・・・・・これだけ学生離れした出来事が多発してるってことは犯人たちは学生じゃなくて、本物の犯罪組織の“彼ら”しか・・・・・・

 

「ふあ、ぁ~~・・・♪ 達也さん、名探偵コ、ナンみた、い・・・。

 真実はいつ、もお爺ちゃんが一、人・・・・・・☆」

 

 そして、いつの間にか寄ってきてたらしい雫ちゃんが、達也くんの名推理みたいな語りを聞かされて目を輝かせてたけど・・・・・・雫ちゃん。

 普通は、お爺ちゃんって呼ばれる人は二人か一人しかいないものだと思うんだけど・・・・・・この子の家は複雑な家庭だったりするのかしらね・・・・・・何となく本当にありそうな子で、ちょっと怖いなぁー。

 

「ご、ごめん司波君・・・・・・私、ちょっと動転しちゃってたみたいで・・・八つ当たりしたみたいになっちゃって・・・・・・」

「いや、気にしなくていい。それに滝川だけじゃなく、慌てているのは大会委員も同じようでもあるしな。事故か否かの判断がまだ発表されない理由もその辺りか」

「・・・え?」

 

 私が今回の件で懸念しなくちゃいけなくなった“組織”について思い出していると、達也くんが不意に人の悪い笑顔を浮かべて言っている言葉が聞こえてきて、次いで深雪さんからの質問も。

 

「それは、フライングを防げなかったからでしょうか? お兄様」

「それは大した問題じゃないよ、深雪。

 結果的に惨事へと繋がってしまったとはいえ、本来フライングを防げなかっただけなら再度のやり直しを命じれば済む程度の問題だからね。責任問題を気にするなら運営委員より審判たちの方だろう。

 それよりも、崩れやすい廃ビルにスタート地点を設定したことが今回の事故――と一応言っておくけど、事故の間接的な原因だと言えるからね。

 大会委員としては、このまま新人戦モノリス・コード事態を中止にしたいんじゃないかな。

 渡辺先輩に続いて今回の事故。これほどの被害を三度も出してしまったら、運営委員たちの首が何人飛ばされることやら」

「なるほど・・・・・・どこにでも、“あの人たち”のように考えたがる人はいるものなのですね。よく分かります。

 ――本当にあの人たちは、いい歳をして子供にたかって何をやっているのか・・・っ」

 

 そして今度は、達也くんの悪そうな顔して行われた解説を聞かされた深雪さんが、暗い顔になって苦々しく誰かの家族批判を開始。

 

 え~とぉ・・・・・・もしかして今年の新入生たちって、問題児ばかりなだけじゃなくて、家庭に問題のあるお子さんたちばっかりしないかしら・・・? この状況見てるとスゴク不安になってきた私がいるんだけども・・・。

 

「こ、コホンコホン。――確かに中止の声もあったんだけど、結局うちと四校を除く形で予選は続行という決定が運営委員会からは通達があったわ。最悪の場合、当校は予選第二試合で棄権でしょうね」

「最悪の場合も何も、選手が試合をできる状態ではないのですから棄権するしかないのではと考えますが・・・・・・精鋭揃いのモノリス・コード選手に予備は用意できておりませんし・・・」

「それについては私たちを代表して、十文字くんが大会委員会本部で折衝中よ」

「はぁ・・・・・・」

 

 要領を得ないといった風の達也くんからの返答。

 基本的に九校戦では、予選開始後に選手の入れ替えは認められていないけど、相手の不正行為などが理由で負傷したり退場させられたりした場合には特例として認められることが可能にはなっている。

 特に直接戦闘が想定されるモノリス・コードでは、想定外の事故や事態は発生する危険性は最も高い競技でもあるので、こういった事態に対応できる許容範囲はけっこう広いのよね。

 

 ・・・ただ逆に言えば、それだけ持ちうる戦力の中で最大のものを投入するのが定石になっているのがモノリス・コードでもあるわけで、得られるポイントでも全競技中最大と言うこともあって一年男子たちの中でも選りすぐりの子たちのみを集めていた。

 

 また、仮になんらかの理由で選手交代が認められても、負傷者や退場者が何人も出るなんて事態はめったに起きるものじゃないから、一人ぐらいが入れ替わるだけなのがせいぜいでしょう。

 チーム戦であるモノリス・コードで、三人のうち誰か一人だけが入れ替わっただけでは、作戦にしろチームワークにしろ前提から崩れちゃって弱体化するだけ。

 有事の際に備えて交代したとき用の練習をしてたら練習量が増え過ぎてしまって正規メンバーでの訓練に支障が出ちゃうだろうし、意味ないって考えるのが普通の思考法というもの。

 

 だから達也くんの反応は決して間違ったものじゃないし、むしろ通常の基準で考えた場合は正しくて正常でもあるんだけど・・・・・・ただ大前提として達也くんって普通の基準を当てはめて考えるには、特殊――コホン。

 特別なところが多い子だから、普通とか常識とか一般論で考えても仕方ないと思うのよね。そのことに本人が自覚薄そうなのはホントどうかと思わなくもないんだけれども。

 

「その件については、交渉結果次第ですが、魔法工学科の代表として達也くんにも意見を聞くことになると思われますが・・・・・・とりあえず今は先ほど話した相談に乗ってもらいたいので、そろそろチョッとだけいいかしらね? 大丈夫! 本当にチョッとだけ! チョッとだけだから大丈夫!!」

「何を狼狽えたような言い方を敢えてしてらっしゃるかは分かりかねますが・・・・・・承知しました。

 雫、ちょっといいか?」

「え・・・? あ、うん達也さ、ん。な、に・・・?」

 

 そして突然、なぜだか雫ちゃんを呼び寄せるとトテトテ近づいてきた彼女の頭に「ポン」と片手を乗っけてから、

 

「ほのかやレオたちにも、問題ない範囲で状況を説明してやってくれないか?

 エリカたちも今回の事態には動揺しているだろうし、一般客に属する彼女たちには大会委員から詳しい事情が説明されるはずもないからな。安心させてってほしいんだ」

「う、ん・・・分かっ、た。今さっき聞いたお話、をしっかり説明してき、ます」

「ああ、頼んだ。お前に任せたぞ」

「ん・・・♪」

 

 心なしか誇らしげに、もしくは試合の選手に選ばれた草野球少年みたいな嬉しそうな笑顔を、ほんの少しだけ無表情気味な顔に浮かべて観客席を目指して走り去っていく雫ちゃんの小さな背中。

 

 たしかに、この会場に来ている一高生徒たちの中で、達也くんの友達グループは普通の一般客よりかは私たちや大会の内情に詳しい反面、こういう場面では後回しでしか情報が聞かされることができずに、半端な立ち位置で不安になりやすい特殊な立場の一年生たち。

 教えていい範囲で情報を伝えて安心させてあげるっていう判断そのものは、別に悪いものじゃないんだけど・・・・・・ただ・・・

 

 

「・・・・・・いいの? 達也くん。雫ちゃんに任せちゃって・・・・・・。

 あの子は悪い子じゃないし、良い子だと思ってもいるんだけど・・・・・・説明役っていうのはミスキャストっていうか、ちょっと不安というべきなのか、え~~とぉ・・・・・・」

「気を遣って言葉を選んでいただかなくて結構ですよ会長。アイツに説明役などやらせたところで、却って混乱させるぐらいしか役立たないことぐらい理解しておりますから」

「??? それじゃあ何で彼女に・・・?」

 

 不思議そうに彼の顔を見上げると、達也くんは事故現場を写しているモニター画面の一つで、床の上に伸される前のリーナさんが不機嫌になる切っ掛けになる映像が映し出されていたものへと視線を向けて――ほんの僅かにだけ表情が変わったように見えなくもない顔になると。

 

 

「・・・・・・リーナに怯えて意識が集中していたせいなのか、アイツは何の映像も見ていないようでしたので、なら何も見えない場所に行かせてしまった方が余計な騒ぎを起こされなくて済む。そう考えた故での判断ですよ、大した意味はありません」

「あ~、なるほどねぇー♪」

 

 

 達也くんの返事を聞いて、私は思わずニヤニヤ笑って、愉快な気持ちになっちゃう自分を抑えられなくなってしまうものだった。

 そんな状況じゃないことは分かってるけど♪ 不謹慎だっていうのも理解してるんだけれども~☆

 

 う~ん、青春してるわね達也くん♡

 らしくもない癖して、可愛いわよ後輩くん♪

 

「・・・・・・会長。今なにか、失礼なことを考えられている気がするのですが・・・」

「ん~ん~♪ そんな事はないわよ~? さすがは魔法工学科初の代表だな、って考えてるだけだから気にしないでちょーだい♡」

「・・・・・・そうなのでしょうか? 到底そう思ってるようには見えないのですが・・・」

 

 

 疑わしそうな目付きで見られちゃうけど、私は気を使って何も言わないわ♪

 達也くんの背後から、キツくて怖~い視線で見つめてきちゃってる深雪さんの反応も指摘しないであげるわね♡

 

 私は生徒会長として、生徒たち皆の幸せを祈ってるんだから~♪ ウフフフ~♡♡♡

 

 

 

「わ、ワタシ・・・・・・は・・・・・・フミダイ、か・・・・・・がくり」

 

 

 

つづく




*今話で登場してる【滝川和美】は、『夏休み編+1』からの友情出演ですけど、九校戦に選手として参加してたかは思い出せなかったため、違ってた場合はオリ設定って事にしといて下さいませ。

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