折角なので今話は恋愛パートにしてみた次第です。
今の達也さんにとって雫がどんな立場にいるのかと、周りから見た達也さんの変化について書かれております。
「司波君もそろそろ切り上げた方がいいよ」
声をかけられ周りを見れば、作業車の車内は既に俺と五十里先輩の二人を残すのみとなっていた。
明日からの試合に備え、念入りに機器類の整備をやり込みすぎていたらしい。
「こんな時間でしたか」
「司波君たちの担当する選手の出番は四日目以降なんだから、あんまり根を詰めすぎない方がいいと思うよ」
彼の言葉に俺はうなずく。
俺が担当するのは一年女子のピラージ・ブレイク、ミラージ・バットの二種目だけで、雫には同じく一年女子のスピード・シューティングと、余裕があるならミラージ・バットを手伝うよう言い含めてある。
会場の広さを考慮して、二人の作業時間が重なりづらいように計算された結果である。確かにこのスケジュールなら、今の時点で焦らなければならない理由は何もない。
それに、ついでと言っては何だが先輩からの好意を素直に受け止めるのも新人の義務だ。学生と二足の草鞋であろうとも、社会人として納税義務を果たしている以上は破る必要のないときに守っておくのがルールというものだろう。
「そうですね。では、お先に失礼します」
あえて一緒に引き上げようとは言わずに、俺は作業車を後にした。
真夏の夜の風は、今のTシャツ一枚で散歩して帰る俺にちょうどいい涼風を吹いてくれていた―――。
ガサッ―――。
・・・その風が運んできた結果なのかもしれない。俺は周囲に漂う妙に緊張した気配に感づいた身体を前傾姿勢で前倒しにしながら静かに駆けだし、イデアにアクセスすることで敵の位置と数を割りだたせる。
(数は三人。場所は・・・ホテルを囲む、生け垣に偽装したフェンスの間際か)
さらには、拳銃と小型爆弾で武装していることが分かり、俺の中の危険度は一気に高まっていく。
走る速度を上げて足音を完全に消し、賊の背後から忍び寄る。
――と、その時だ。俺の知覚は不審者共の向かう先に見知った知人の存在を捉えて、わずかながら動揺する。
(・・・・・・幹比古?)
俺に劣らぬ隠密技術を行使して不審者たちに走り寄っていく影。魔法科高校における数少ない俺の男友達。
――エリカの幼馴染みでもある吉田幹比古が、確かに今ここで俺より先に賊へと向けて攻勢魔法を放つ準備を終えつつあったのだ・・・・・・・。
「・・・驚いたな・・・。まさか“君たち”までこんな場所に来てただなんて・・・」
「お互い様だ」
彼はそう言って、いつも通り肩をすくめてみせてくる。
司波達也。僕が魔法科高校にブルームとして入学することができた、工学科の主席入学者にして最優等生。工学科ができたこと自体が僕に運を回してくれた訳だから、別に彼だけが恩人って訳じゃないけど、それでも僕はなんとなく彼と一緒にいる時間を心地よいものに感じて入学以来友人づきあいを続けている少年だ。
「・・・筆記だけが得意な、ただのガリ勉でないことぐらい解ってはいたけど、まさかこれほどとはね・・・」
下を見下ろし、伸びている正体不明の賊共の姿を視界に捉えながら僕は自嘲する。
「・・・結局僕は一人で賊を捉えることさえできなかったわけだ・・・」
あらためて父から言われた言葉を思い出しながら、血を吐くような思いでつぶやき捨てる。
僕、吉田幹比古が会場内に侵入した賊の存在に気づいたのは偶然だ。
たまたまホテル庭にある奥まった場所で魔法の訓練をしていたら「悪意」を感じて不審に思い、駆けだしていったら侵入直後とおぼしき賊がいた。
本当ならすぐにでも報告して、他の警備員に任せるべきところを僕は自分の才能を確信するために単独での制圧を試みて―――結果的には成功する。・・・させてもらえたから。
「本来なら僕の魔法は間に合っていなかった。達也の援護がなかったら、僕は撃たれていた。僕は死んでたところだったんだ・・・」
僕のつぶやきに、倒れた賊の状態を確認していた達也が顔を上げてジッと見つめてきて何か言おうとしたところ。
“助けに来てくれたもう一人”が彼に先んじて僕を罵倒する。
「ひょっとしなくても、バカなのアンタって? そんなの結果論でしょ。拳銃持って侵入してきた奴らを相手にタラレバ話なんかしたって意味ないし。時間の無駄だとか思わないの?」
「・・・・・・」
僕は唖然として彼女を見つめ、美しすぎる見た目からは想像もできないほど“はすっぱな口調”で痛罵してきた彼女は金砂の髪をかき上げながら煩わしそうに吐き捨てる。
「どんな形であっても勝利は勝利、勝者は勝者よ。私たちの手助けがあったとか、敵より自分が弱かったからとか、そんなのは結果の前では何の意味も持たない。どんなにスゴい才能を持ってる最強兵士だろうと、負けた奴はただの敗者でしかない事実に変わりはない」
何か嫌な記憶でも思い出したのか、苦み走った口調で話す今一人の助っ人、アンジェリーナ・クドウ・シールズさん。
そんな彼女の言葉を補足するように、達也の方も口を開く。
「・・・淑女としてどうかと思う表現ではあったが、幹比古。彼女の言ったことは間違っていない。
結果こそ全てで、強さも弱さも、早い遅いさえ関係ない。それが戦場というものなんだ。お前が何を求め、何を目指しているのかまでは解らんが・・・そう言う感情を大事にしたいなら別のやり方を模索した方が早いかもしれないぞ?」
「別の方法・・・? 達也、君は何を言って――」
「お前の抱える悩みをどうにかする手段が、俺には用意できるかもしれない。そう言ったんだ、幹比古」
「!!!」
僕は驚きのあまり、声が出なかった。
なぜ彼がそんなことを知っているのか? それを聞くべきところだったのに、僕にそれを聞いてる時間をこのときの達也は与えてくれようとはしなかった。
「今日のところは、話はここまでにしよう。それよりコイツらの処置だ。俺が見張っているからお前ら二人の内どちらかだけでも警備員を呼んできてもらえないか? それとも二人が残って俺が呼びに行こうか?」
「え」
クドウさんと・・・二人っき、り・・・・・・だって?
こんな学園を代表する二大美少女の片割れと深夜の森の中で二人っきり・・・っ!?
「だ、ダメだよ達也! 『男子十六にして女子と布団を同じくせず』! 日本の伝統的文化は大事なんだ!!」
「アー、ワタシ日本語ワカラナーイ。ダカラ無理デース」
「・・・お前ら・・・・・・」
なぜだか達也に白い目で見られてしまった。僕は健全な思春期男子として当然の反応をしただけなのに・・・。
とは言え、居心地が悪くなったのは事実だったから報告役は僕が引き受けることにして、その場を駆け足で走り去る。
・・・・・・ああっ! しかしどうしよう!? 一度してしまった妄想はなかなか消え去ってくれない! 未熟者の僕には彼女の身体は魅力的の度が過ぎている!!
父さん! どうやら僕はまだまだ修行が足りない未熟者だったようです! 明日からも諦めずにもっと修行をがんばります!
「・・・で? お前は何をするためこんな時間に、こんな場所をウロチョロしてたんだ? 警備の手伝いは明日からと聞かされていたはずなんだがな・・・」
「―――こっちにも色々と事情があるのよ。動きたくても、動きたくなくても、動かざるを得なくなるような切羽詰まった事情がね・・・」
「・・・???」
何やら意味深なつぶやきを漏らす、元USNAスターズの総隊長アンジー・シリウスことアンジェリーナ・クドウ・シールズだったが・・・なぜだろうか?
肩書きから見て、相当に重い意味が込められていてもおかしくない言葉の内容が、今は妙に軽いものとしか聞くことができない。
なんとなくだが彼女の声からは「お金が、お金が、お金が・・・」と、魔法師とは縁遠い拝金主義者めいた感情が渦巻いてるように感じられて仕方がないのだが・・・。
「ま、まぁ、いいじゃないの別に。さっきの襲撃で達也が何かミスするようならワタシがフォローしていたし、その準備は既に完了した後だった。あの場での勝利は二百パーセント確実で戦いに望むことができていた。
準備の勝利よ。同盟を組んだ意味が証明されたんだから素直に喜んでおきなさい。明日からもこの調子で頑張らなくちゃいけないんだから、ファイトよファイト! えいえい、ON!」
「・・・・・・」
まぁ確かに、いいと言えばいい程度の問題なのだが。
この元世界最強の一角を本当に信じても大丈夫なのか?と、疑問を持つには十分すぎるような気がした真夏の夜の一日だった。
「さて、と。じゃあワタシは行くわ。後よろしくね」
「ああ、任された」
「オトモダチによろしく~♪」
そう言って軽やかな足取りで背を向けて遠ざかっていくリーナ。
しばらくして、少し離れた場所から国防軍に士官服を纏った壮年の人物が姿を現し、軽く頭をなでながら俺に歩み寄ってきた。
「・・・参ったな。盗み聞いていた我々の存在に気づかれていたとは・・・」
「そう言う存在ですからね、彼女は」
俺はその人物、日本国防軍一○一旅団独立魔導大隊の隊長を務める風間少佐を振り仰ぎ、“部下の義務”として敬礼をしながら、ついでのように皮肉な作り笑いを浮かべて忠告して差し上げる。
「次から俺たちの盗み聞きする際には対俺用だけでなく、彼女用の隠蔽措置を考案しておくべきでしょうな。
今の時代、年頃の少女の会話を盗み聞きしていた公務員というのは立場を悪くしますから」
「重々に配慮と警戒をしてことに当たらせてもらおう。忠告に感謝するよ、大黒竜也特尉」
軽い皮肉を言い合って、儀礼的な笑いを浮かべ合ってから俺は本題に入ろうとしたのだが、少佐の方は今少し雑談をお望みらしかった。
「それにしても、随分と容赦のないアドバイスだったな。先ほどの彼女の“アレ”は」
「彼女は彼女でいろいろと苦労してきたようですからね」
「あの少年もだが、貴官も身につまされたのではないかな特尉? 彼も貴官と似たような悩みを抱えているようだからな」
「あのレベルの悩みなら、自分は卒業済みです」
「つまり、身に覚えがあると言うことだろう?」
その時、俺はてっきり自分が反論できない程度には衝撃を受けると考えていた。
だが現実は異なり、俺はよどみない口調で平然と少佐の言葉に適切だと思える答えを返してしまえたのだった。
「所詮、過去の失敗談です。人間誰しもが経験する若さ故の過ちを過剰に意識する必要はありません。失敗しない者には壁を乗り越えた経験すらもまたない。トライ&エラーは開発研究における基本中の基本だと心得ますが、如何に?」
「・・・・・・・・・」
俺の返しに驚いたのか、それとも切り返してきたこと自体が予想外のことだったのか。風間少佐は黙り込み、言うべき言葉を探すように沈思黙考し始めたので俺は先手をとらせてもらうことにする。
「この者たちをお願いしてもよろしいでしょうか? あまり長時間ホテルに戻らないと心配してくる知り合いが増えたものでしてね」
「あ、ああ構わない。後のことは我々がやっておくから貴官は明日に備えて静養してくれ。実務的なことは明日の昼にでも、ゆっくり話すことにしよう」
「では、これにて失礼いたします」
少佐に背を向けて去って行く俺。
そこに少佐から躊躇いがちな声で呼び止められたのは、今度は俺にとって予想外の出来事だった。
「まだ、なにか?」
「いや、大したことではない。極めて個人的な疑問を抱いてしまったものでね。
特尉。――貴官、しばらく見ぬ間にまた少し変わったか?」
どこかしら不審気な――だが悪く捉えている印象のない口調で問われ、俺は少しだけ過去を振り返ってから答えを返す。
「自分では意識していませんでしたが・・・そんなに変わったように見えますか? 今の俺は・・・」
「ああ、いや、悪い意味で言ったのではない。むしろ良い変化があったことを友人として喜んでいるだけなんだ。
――ただ、もし貴官にその変化を与えてくれたものがいたら、上司としても一人の友人として礼の一つぐらいは言っておきたい。そう思ったに過ぎんことさ」
言われて俺は、自分が即座に思いつくのは深雪のことだと思っていた。なぜなら俺は、“そのために造られた人間なのだから”と、固く信じていたのだが。
―――実際に浮かんできたのは、『無表情な顔の左右でピースサインをしている、どっかのバカ』だったことから少しだけ不機嫌にされてしまったのだった。
「と、特尉? どうかしたのかね? 何やら先ほどまでと浮かべている笑いの種類が別物に見えるのだが・・・・・・」
「――気のせいでしょう。俺は今も昔も変わらず司波達也のままです。バカに汚染されたりなどしておりません」
「そ、そうか。ならばいい――――ん? え、バカって一体なん――――」
「申し訳ありません、少佐殿。急用を思い出しましたので失礼させていただいてよろしいでしょうか? 急がないと少々厄介なことになるかもしれませんので」
「う、うむ。それなら良かろ、う? 行ってくるといい」
「は。では征って参ります」
そう答えて敬礼し、俺は早足でその場を走り去り、一定の距離が開いた辺りから全速力で走り出す!
なにか! なにか嫌な予感がする! あのバカが何かやらかしてしまって、後始末が大変なことになる前兆と同じものを今の俺は全神経で感じ取っている!
待っていろよ雫! 俺が行くまで―――――余計なことはするんじゃないぞーっ!?
つづく
*説明し忘れてましたが、最後のフリはただのネタです。次話から普通に競技開始されます。
また、当日の担当が雫と言うだけでCAD制作には達也も大きく関わっています。