予定してなかったのですが、1話分できちゃったので投稿しておきますね。
次回は選手選考回です。
本当はこちらが今回の本命だったはずなのに、どうしてこうなったん?(・ω・)?
一学期の定期試験が終了してから、俺はほぼ毎日の放課後を風紀委員会本部で過ごしていた。夏休みが終わったすぐ後に訪れる生徒会長選挙に備えるためである。
前世紀ではお飾りでしかなかったと聞いている生徒会長職であるが、未来の国防を担う新人育成を目的に設立された魔法科高校においてまで適用されていいルールではない。権限も影響力も被害が出たときの規模までもが段違いなのだから、当然のことだった。
しかしーーー
「ーーまさか、後任の次期風紀委員長への引き継ぎに必要な資料作成を、一年で新人の俺に一任されるとは予想もしておりませんでした。
何だか自分が飛んだお人好しに思えてきましたよ・・・」
「極悪人でお人好しか。中々に興味深い二面性だ」
してやったり、と言い足そうな意地の悪い表情を浮かべながら現委員長の渡辺先輩が、悪癖である部下イビりをしてくるが、甘い。
あいにくと俺には、どこかのバカが言い逃れをして逃げだそうとするのを一年三百六十五日捕まえ続けてきた実績がある。この程度のミステイクを見逃していては身と心が持たん。
「そうでしょうか? 自分は、風紀委員入りしたこともない新人がいきなり組織の長に任命されて、アドルフ・ヒットラーの再来とならぬよう努力するのは日本人として、魔法師として、神聖な義務であり善意であると解釈しておりますが?」
「・・・・・・・・・」
義務と善意を投げ出してデスクから俺を眺めやるだけだった渡辺先輩が、沈黙したまま目を逸らす。
順当通りに勝ちを得ただけの勝利に抱ける感慨などあるはずもない俺は、黙々と作業に戻ることにする。
しばらくの間は室内にキーを打つアナログ音だけが響いているという状況が続き、居心地が悪くなったらしい渡辺先輩の方から別の話題をふってきた。
目前に迫った一大イベント、『九校戦』にである。
「きゅ、九校戦の準備が本格化すれば忙しくなるぞ! 出場メンバーが固まったら競技ごとの練習が始まるし、道具の手配や情報の収集と分析、作戦立案、やることは山積みしているのだからな!」
「はぁ、なるほど。であれば尚の事、委員長であらせられる渡辺先輩が準備作業の陣頭に立ち、現場を士気高揚させられるような活躍を示された方がよろしいのでは?」
「・・・・・・・・・・・・」
再び沈黙。そして窓の外へ視線を逃避。
往々にして後ろめたさを持つ人間は、自らの後ろめたさを隠すため多弁を用い、自らが埋まる墓穴を増やしたがる傾向にある。ーー誰の言葉だったかな? ・・・雫の読んでいたマンガの主人公だった記憶があるのを口に出して表現するのは止めておこう。
「・・・・・・九校戦は何時から開催されるんでしたっけ?」
今度は俺の方から話題を振って話に乗り、渡辺先輩に救いの手を伸ばして差し上げる。
小悪魔的なところのある生徒会長、風紀委員長両名と違って、俺は罪悪感を感じる心を持っていた記憶がある。敗残兵に追い打ちをかけるようなヒトデナシではない。
なによりも、敗者には慈悲を以て接するのが社会的地位の高い人間の正しい在り方だった。
足元を見るときには容赦しない分、そうでないときは可能な限り寛容さを旨とするよう北山会長から口を酸っぱくして言われ続けた俺としては当然の優しさだった。
「・・・!! 八月三日から十二日までの十日間だな! それなりに長いぞ!」
差し伸べられた施しへと、食い気味に飛びついてきた渡辺先輩に内心苦笑しながらも、俺が尋ねたのは別のことだった。意外と開催期間が長かったことに驚かされたのだ。
「結構、長丁場なんですね」
「ん? 観戦に行ったことはないのか?」
「はぁ、なにぶんにも俺は魔法の才能が中途半端ですので、家でも疎んじられていましたから中々ね・・・」
「うっ!?」
「それに、末端ながらも関係者になった魔法科高校入学後は風紀委員として行動的な活動だけでなく、事務作業のほぼ全てを一任されていましたから、他のことに割いている時間的余裕はあまりに少なくて・・・。
他の人から見てどうかは存じませんが、俺も一応は人間のつもりですし学校以外で過ごす時間と場所も必要でしたからね・・・・・・」
「すまない! 本当にすまなかった達也君! 私が悪かった! 私が悪かったから!謝るから! もうこれ以上はイビらないでくれないか!?
こんな姿を次期委員長にするため目をつけていた二年生に目撃されるのは君だって望むところではないだろう!? だから頼む! この通りだから! どうか後生をーっ!」
渡辺先輩で遊ぶことで気を紛らわせつつ、機械作業にありがちな凡ミスの数を減らし、効率よく作業を進めながら九校戦に関する情報もついでとして教えてもらっていく。
作戦チームに作戦スタッフ、「最強世代」と呼ばれている第一高校の現三年生たち三人、今まで二回しか負けたことのない当校のライバル校である三校の存在など、興味を引かれなくもないワードはいくつも見受けられたのだが。
俺が最も気になったのは「エンジニア不足」についてだった。
九校戦で使用するCADには共通規格が定められており、これに適合する機種でなければ使えなくしてある一方で、ハードが規格の範囲内でありさえすればソフト面は事実上カスタム制限が課されていない。無制限なのだ。
これは、いかに規格の範囲内で選手に適したCADを用意して選手の力を引き出すチューニングを施せるかどうかを勝敗に組み込むことにより、出場選手だけでなく技術スタッフたちサポートメンバーの能力向上まで狙っていたのではないかと俺は予測する。
今までは現場にでる魔法師ばかりが評価されていた世の中だったので気付きづらかったが、注意して見渡してみるとこの手の工夫は魔法社会各所に見受けられる。悪いことではないし、良いことだとも思うのだが、この際に問題となるのは九校戦が発足した当時にはまだ魔法技師は復権を果たしておらず、技術関連に関する世間の認識がきわめて半端だった時代の基準で大会の公式ルールは定めてあるだろうと言うこと。
つまりは、魔法技師に社会進出を促したアホの発明品『超簡易魔法式』に関して取り扱いを規制したルールなど現時点では存在できないことを意味していた。
(これは・・・些か以上に不味いかもしれんな・・・)
内心で冷や汗を流しながらも俺は、思考は九校戦に向けたまま作業を続けることで外側を取り繕いごまかす。心は変わらず九校戦のルールについて考えているままでだ。
渡辺先輩から聞かされた話によると九校戦の歴史は意外と浅く、まだ九回しか行われていないらしい。
今年で十回目の開催となるわけだが、伝統が形成されるのに実数は重要事ではないので意味はない。其れに関わる人々が「伝統と格式に満ちた歴史ある大会だ」と認識すれば出来てしまうのが「伝統と格式のある歴史」と言うものなのだから。
今更その是非について言及する気はないし、一民間人が考えなければいけない問題でもないので流すが、流すわけには行かない関係者として問題視すべき部分もある。
それは、「伝統は変更を容易には受け入れられない性質を持っている」という事実。
・・・おそらく今年の九校戦で、どんな超簡易魔法式をインストールしたCADを使おうとも競技を中断して審議に入るなどの強硬措置は取られないだろう。最初の一、二度はあるかも知れない。だが、それ以降は全て流されるようになる。「大会が終わった後、来年の大会での使用有無について精査します」とだけ言って、今年に生じた問題を来年の運営委員会に押しつける方針を取るに違いないのだから。
「やれやれ・・・こういう時には『立つ鳥跡を濁さず』という諺を上に立つ人間には弁えて欲しいものだと思わされるな・・・(ぼそり)」
「なにが!? 私か!? 私の無責任な風紀委員運営方針に対する批判なのかそれは達也君!?」
なにやら耳元が騒がしい気がするが、まぁいいだろう。それより今は、九校戦と超簡易魔法式についての方が大事だからな。
ーーおそらくと言うか、ほぼ間違いなく今年の九校戦には俺も参加させられるだろう。無論、選手としてではなく技術スタッフでとしてだがな。
なにしろ試験的に導入されたばかりの魔法工学科主席入学者だ。成績云々は置いておくとしても、『技術』と名の付くイベント事では花を持たせる意味も込めて出さざるを得ない立場にある。
競技に出場する選手たちからは反発もあるかも知れないが、それでも学校運営側が望んでいる出場を生徒の側から感情だけを理由に拒否するわけにはいかない以上、経過はどうあれ結果は見えている。
問題は『アイツ』だ。
あのバカが技術スタッフに選ばれるなどということは有り得ない可能性上の話でしかないのだが、どうにもアイツには昔から『トラブルを呼び込む奴の周囲にいたがる』悪癖があるから心配でならない。
アイツには昔からそういうところがあった。
いつも事件や騒ぎが起きたときなどに、外野でありながら事態の中心近くに居続けて、終わったときには必ず最後まで立ち続けている。しかも無傷で。
並外れた強運の持ち主なのか、あるいは悪運の神様に愛されてでもいるのか、アイツはいつも『大きな事件の中心近くにいて』『遠くとも確かな影響を与えている奴』だった。
そんな奴が超簡易魔法式にとっては事実上『やりたい放題』の場に引きずり出されてきた場合、俺一人で押さえつけておくことは可能だろうか? ・・・できれば異常事態など起きることなく、恙なく大会が終了してくれることを切に願う。
無いとは思うが、もし選手としてまで出場するよう求められた場合、俺はスタッフと選手とバカの世話との三足の草鞋を兼任しなければならなくなり『フラッシュ・キャスト』の強制使用待った無しな窮状にまで追い込まれかねなくなるのだが・・・・・・。
「・・・いや、些か先走りすぎがすぎるか。さすがに一年生の新人相手にそこまで押しつけたがる先輩がいるはずもない。思い上がりが傲慢に直結して綻びを招かないよう自戒することが必要だな」
「それは皮肉か達也君!? 真由美や十文字を除いて今の三年は、選手に比べて縁の下を支えるエンジニアの数が少ないことに対しての皮肉だったのか!?」
ーーこの後、思考の海から現実世界に帰還を果たした俺は、目の前に渡辺先輩がドアップで泣きそうな顔をしていたことに慌てつつもフォローだけはして、帰り支度を手早く終えて委員会室を出る。
平たく言えば逃げ出したわけだが、それを恥と呼ぶ気は俺にない。・・・向き合い続けても、誰もが満足する結果が出せるとは思えない問題だったからな・・・。
「あ。達也さ、ん。やっとき、た」
「ん? 雫か。こんな所でお前と会うのは珍しいな」
言ってから、俺は周囲を見渡してみる。ーーごく普通の魔法科第一高校校舎前にある校門だった。
放課後の遅い時間帯とはいえ、同じ学校に通う女生徒と出くわして「こんな所で会うのは珍しい」と話しかけるような場所ではない。断じてない。絶対に認識が間違っている。
・・・知らず知らずのところでバカに順応するため洗脳されかかっていた自分に気づき、額に浮かぶ脂汗を自覚しながら俺は、校門に背を向けて空をボンヤリ見上げている雫からの返答を待つ。
コイツのことだから詩的な返しなど期待できんことは分かっているが、それ故に何を言ってくるのか予測できない特殊な思考法の持ち主が俺の幼馴染み、北山雫という少女の特性なのだから。
「う、ん・・・。え、っと・・・空、見てた。あと、雲、も」
「ほう。それで?」
「お腹減ったな、て・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
・・・文脈がないにも程がある・・・。しかも校門前で一人いたことの説明には全然なっていない。
「ーーなるほどな、よくわかった良かったな。ところで俺は今から帰ろうと思っているのだが、お前はどうする気だ? なんなら途中までなら送っていってやるぞ?」
俺は深く追求せずに流す道を選んだ。以前にも似たような状況で長時間問いつめ続けたあげくに「なんとな、く・・・?」と疑問形で返された過去を思い出した故である。
実際、雫には自分でも理由が分からないまま行動していることが希にあり、そう言う際には原因究明よりも事態解決を優先した方が効率的だという事実を俺は思い知っていた。
「ん、と・・・それより、も買い食いして帰りたいか、も。お腹減ったか、ら」
「わかったわかった。で? 何が食べたいんだ? ファーストフード店の最安値ポテトフライか? それとも買い食いには少しく量が多すぎるジャンボチョコパフェか?」
「トン、カツ。お腹減ったか、らお腹いっぱい食べた、い」
「お前は買い食いの概念すら理解していないのか・・・・・・」
本気で学校帰りの買い食いで夕食分まで食べてしまおうと意気込んでいるバカな幼馴染みの小さな体を見下ろしながら、俺は考えていた。
夕食に響かない手頃なサイズのミニトンカツがメニューにあるトンカツ専門店は、商店街のどこにあっただろうかと言う位置情報を。
つづく