かつて英雄と呼ばれた魔王   作:ナイツ

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英雄 3

――どうしてこうなった。

 

街の中央広場、普段なら人々が行き交うだけのそこで、一際大きな人だかりが出来ていた。

その中心にいるのは4人。

 

今にも飛び掛かりそうな気迫のインベルンと、何時にも増して真剣な眼差しをするアッシュ。

それに対するは楽しげに、されど挑戦的に笑みを浮かべるリグリット。

 

そして、その二組を取り仕切る審判を担当するモモンガ。

 

 

――いやぁ、本当に。

 

「どうしてこうなった……」

 

周囲の野次などの喧騒を聞き流しながら、モモンガは顔に手を当て溜め息を吐いた。

 

〰〰

 

時間を戻すこと10分前

 

 

「――分かりました。英雄団への加入、お受けしましょう」

 

「本当かい?それは良かったよ」

 

ニコニコと笑うと、リグリットはふぅと安堵の溜め息を洩らした。今までの雰囲気とは変わるその仕草にモモンガが僅かに首をかしげると、リグリットは笑う。

 

 

「いや、実を言うと次の相手がまた強くてさぁ。モモンさんが入ってくれなきゃどうしようかと」

 

「そうなんですか。……因みに、敵の姿は?」

 

「はっきりとは見てないよ。見る前に味方ごと魔法で吹き飛ばされたからね」

 

「なるほど……」

 

 

――おそらく此方側(ユグドラシル)だろうな。

 

この辺りのモンスターの強さとこの世界での強敵のランクは、この数週間で良く分かった。

少なくともゲームとしての“ユグドラシル”で作業として狩り続けたモンスターならば、最小限の魔法と手持ちの武器で幾らでも駆逐できる。

 

“英雄団”に入るのもそれだった。他にプレイヤーが居たとして、そいつらが入ってくるか、居るという情報を得るなら加入するのが一番確率が高い。

――万が一戦闘となったとしても、周りに居るコイツらを盾にすれば良い。

 

 

「っと……」

 

「?」

 

「どうかしましたか、モモン様」

 

「いいや、何でもないさ」

 

 

盾にする。という考えに、それを振りきるように頭を振る。側に居るインベルン達が疑問符を浮かべるが、何でもないと誤魔化した。

 

アンデッドであるのが原因だろうか、最近人間に対する見方が酷く変わってきている。以前は死体を見ても少しだけ胸にしこりが出来る程度だったが、今では何も感じない。

 

いや、ならインベルンはどうだろうか。初めとは違い、今ではアッシュと友好な関係を築いて――

 

 

「――モモンさん?」

 

此方を覗き込むような視線に気付いて、意識を目の前に向ける。そこには懐からゴソゴソと小さな袋を取り出したリグリットが、首をかしげて此方を見ていた。

 

 

「えーっと、うちの仲間内の印渡したいんだけど、大丈夫?」

 

 

「あぁ、すみません、少し考え事を……。それと、気軽に“モモン”で良いですよ」

 

 

「そう?じゃあこれからよろしくね、モモン」

 

 

コトリと目の前に置かれた物は、小指の先ほどの鉄製の物だった。一本の剣をモチーフにしたであろうそれは、小さいながらも僅かに重い。

 

指輪の形をしたそれを眺めていると、リグリットが手を差し出して言う。見れば、リグリットの指にも同じものが着けられていた。

 

 

「まぁ、適当に嵌めててよ。鎖に通して首から下げるのもアリだからさ、そこは個人の自由」

 

 

「分かりました」

 

 

モモンガが懐に仕舞うのを見て、リグリットはそのまま袋をしまった。まだ受け取っていないアッシュとインベルンが戸惑う中で、リグリットは立ち上がって言う。

 

 

「じゃあ、このまま行こうか。今味方とは離れてるんだけどさ、集合の場所は決めてるから案内するよ」

 

「ちょっと待ってください。二人には渡さないのですか?」

 

「え、うん、そうだよ……?」

 

 

何言ってんの、コイツ。とでも言いたげなリグリットは此方に再度向き合って言う。

 

 

「アタシが誘ったのは()()()()()()()()、他は弱そうだし要らないよ」

 

 

アッシュとインベルンの二人は数瞬呆けた様にしていたが、理解すると勢い良く立ち上がってリグリットへ噛みついた。

 

 

「な、何で?モモンさんは私達の仲間です、なら私達も行くべきでしょ!」

 

「そうです。それに、モモンさん程ではないけど俺もかなり強い方だ!」

 

 

二人の言い分を聞いて、うんうんと相づちを打つように頷くと、リグリットは口を開く。

 

 

「確かにね、そりゃそうだ。突然来て仲間貰ってトンズラ……、そんな真似されたら確かにアタシでもキレる。うん。……でもね」

 

 

ゆっくりと顔を上げ、二人を真っ直ぐに見つめるリグリット。その顔には、明確な殺気があった。

 

 

「アタシ達が戦うのは死んで当然の“強敵”なんだ。子供の来ていい場所じゃあない。……幸い、見たところこの辺じゃ食っていけてるんだろ、ならそれで良いじゃないか」

 

 

殺気を納め、元の快活な表情へと戻るとよしっ、と気合いを入れる。モモンガの手を取って進もうとするその姿に口を開こうとした時、リグリットの腕をつかむ姿があった。アッシュだ。

 

 

「諦めきれない……」

 

絞り出すように、言葉を紡ぐ。

 

「諦めきれない、俺は困っている人を助けたい……“英雄”(ヒーロー)になりたいんだ。()()()()()()()()()()()()()()()だからお願いします。俺も一緒に連れて行ってください!」

 

 

その気迫に、リグリットはしばらく声が出なかった。長く感じる間の後、モモンガが口を開く。

 

 

「私からもお願いします。彼にチャンスを与えてくれませんか」

 

 

モモンガの言葉も受け、少し三人を順番に見つめた後、はぁ、と諦めにも似た溜め息を吐いた。

 

 

「分かった。チャンスをあげよう、但し一度だけだよ」

 

 

その言葉に、アッシュは全力で頷いた。

 

 

〰〰

 

そして、今に至る。

 

「何でやねん」

 

モモンガは一人、誰にも聞こえない音量でツッコミを入れる。

 

アッシュの願いを聞いたのは分かった。

 

その為の二人の入団テストをするのも分かった。

 

……何で、こんなにも人通りの多い中で行うんだ?

 

周囲を埋め尽くさん限りの人、人、人。

人垣、肉のカーテンという言葉がモモンガの頭をよぎるが、続く事態に即座に意識を切り替える。

 

そして頭を悩ませるもう一つが。

 

 

「――おやおや、そんなに見つめちゃぁ照れちまうよ。自分に無いモノがそんなにも羨ましいかい?……胸とか」

 

「うっさい!このド派手な年増女め!直ぐに叩きのめしてその余計な脂肪も引きちぎってくれる!」

 

「やはり嫉妬か。……小便臭いお子様はキレやすくて扱いやすいねぇ、お嬢ちゃん」

 

「また馬鹿にしおって……ぶっ殺す!」

 

 

リグリットとインベルンの、(一方的な)煽り合いが始まっていること。

 

――やめてあげて、その子ガラスのハートだから、豆腐メンタルだから。

 

一緒に居るアッシュが宥めるが全く効果が無いのを見て、モモンガは諦めたように溜め息を吐く。

そろそろ頃合いかと歩を進めると、両者互いの間合いに入った。

 

「それでは、再度ルールの確認から。殺しは無し。武器の使用、魔法の使用も無し。武技、スキルの使用も勿論無し。単純な殴り合いで決着を着けるように、良いか?」

 

モモンガの言葉に、頷きと言葉が返ってくる。二三後ろに下がると、モモンガは上げた片手を振り下ろした。

 

 

 

先に動いたのはインベルンだった。

身を屈め、流れるようにリグリットへと接近すると、屈めた下段の状態から踵をリグリットの顔目掛けて打ち上げる。リグリットはそれを首を振って避けるが、インベルンはそのまま振り下ろした足でリグリットの足元を払った。

 

ぐらりと体勢を崩したリグリットに口の端を吊り上げると、インベルンは倒れる身体に合わせて後頭部へと膝を合わせる。

完璧なタイミングに勝利を確信するも、それは一瞬で終わった。

 

タン、と崩れる体制のまま跳ねると器用に一回転して攻撃を避けた。驚くインベルンへと肉薄して、リグリットは笑う。

 

「甘いねぇ、油断するのは相手の息の根止めてからさ」

 

「いや、これ殺し禁止だから、そりゃっ!」

 

援護とばかりにアッシュが横合いから拳を繰り出す。避けやすいテレフォンパンチだ、リグリットが回避したところを抑え込んでお仕舞い。

 

――の筈だった。

 

 

「ぐぅっ?!」

 

目に飛び込んできたそれをくらって、アッシュは呻き声を上げて動きが止まる。

砂利か、と気付いたのは僅かに見える視界から見えた物と、不敵に笑うリグリットの姿だった。

 

腰溜めに構える姿に遅れて防御をするが遅く、リグリットの拳が鳩尾へと突き刺さる。吐き気を抑えてそれでも立ち上がるが、飛び込んできたのは見慣れた少女の姿。

 

衝撃と共に大きく吹っ飛んだ二人は、地面を数回転がると漸く止まった。

 

 

「まだやるかい? 生憎と、相棒は動けないようだけどね」

 

「…………く、そっ!」

 

「アンタ、――アッシュは確かに動き、パワーは優秀だね。でもそれだけさ。無能なモンスターは狩れても、“戦士職”(アタシ達)の敵じゃあない」

 

 

パッパと、服に着いた土埃を軽く払うとアッシュへと近付き、顔を近付けて言う。

 

 

「アンタ程度、“英雄団”(うち)には腐るほどいるよ」

 

 

普段の明るい様相とは違い、冷酷に、淡々と事実を述べるその言葉を聞きながら、アッシュは意識を落とした。

 

 

 

 


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